自然体験による「刷り込み」

能勢 博(のせ ひろし)教授  医学系研究科 加齢適応医科学系専攻・スポーツ医科学分野  2009.01.28

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今年の夏は、ここ信州でも真夏日が続き、地球温暖化もここまできたか、と実感しています。 私が信州大学に赴任したのが14年前ですが、確かにその頃に比べても、格段の差です。
ところで、先日、環境省のお役人とお話しする機会がありました。そこで、地球温暖化、自然破壊の話題に続いて、「近頃の子供たちは自然と接する機会が少なくなった」ということから、「若い世代がもっと幼い時期に自然に馴染むことが、これらの問題を解決する第一歩だろう」と主張しました。まず、今の60代以上の世代が、幼児期に体験したような、五感を介しての自然による「刷込み」が泌要だというわけです。
そういえば、かつて、重いキスリングザックをかついで信州の山々の稜線を闊歩していた大学山岳部の連中を最近はほとんど見かけなくなりました。私は、昨年の夏、30年ぶりに上高地の前穂高岳に登ってきました。そこは、井上 靖の有名な小説「氷壁」の舞台になった岩登りの殿堂で、かつて、多くの若者がその岩壁に挑戦し、何人かが命を落とした場所です。しかし、今は訪れる人も少なくひっそりとしています。
私は、周囲の学生に、「今の日本の若者は、命を懸けて未知のものに挑戦する、という気概がなくなったのではないか」、「そんなことでは、この国の将来は危ないんじゃないか」と嫌味をいって煙たがられています。環境省の方の言葉を借りれば、きっと今の若い人たちは、幼い頃に自然体験による「刷り込み」が少なかったのかもしれません。
さて、私自身、日々、研究をしていく上で、この「刷り込み」を大切にしています。「何故、基礎医学を志したか」、「何を美しいと思うか」といった私の研究上の価値基準は、今になって思えば、幼児期の体験に基づく自然現象の捉え方、それは畏敬の念に近いのですが、それによって培われたように思えるのです。
私は、研究論文を読むとき、その行間に著者と私に共通する価値観を感じる場合があります。そのような時、その方と是非直接会ってみたい、と思うのは私だけでなないでしょう。

奥又白池から遠く富士山

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前穂高岳東壁群。下に見えるのが、
「氷壁」の小説に出てくるカンバの木

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奥又白池に映る前穂高岳東壁群

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