教室概要
2023年
最近の教室の概要です(2020年12月~2023年9月)。
2023年3月に竹下は定年となり、現在は特任教授として医学部講義を担当しています。 2021年3月の卒業生は夏山君です。もちろん、無事国試に合格し研修医をされています。2022年3月は卒業生がいない年でした。そして、2023年3月、私の定年の時でもありますが、 卒業生は金澤君、武田君、内海君の3名でした。3名とも国試合格で、金澤君は同時にアメリカの国試も合格、5月末にアメリカの研修医として渡米しました。 9月に助教の天野先生がピップエレキバンの会社に移動され、この教室も随分、寂しくなりました。現在、教室には6年生の濱田さん、渡辺さん、手計君が居ります。この3名が教室の最後の学生さんです。 無事卒業してくれれば、私の肩の荷も降ります。定年と共に、色々なことが終了に近づいていると感慨深く思います。現在、微生物学の新たな教授の選考が始まっています。新たな教授にバトンタッチです。ありがとうございました。2023年3月はまだコロナが5類に移行しておらず、定年時の医学部全体での定年の記念会はありませんでした。ただし、定年時の最終講義はあり、 臨床の定年教授2名と基礎の定年教授3名の最終講義はZoom配信も含めて無事終了しました(医学部の講演会場は学内の方に限定)。
当然ですが、定年で様々な事の整理や片付けを致しました。その中で、1つ気になる事があり、これは報告した方が皆のためになると考え、PDFファイルで文章を残します。 内容を手短に述べると、アメリカの新聞を2つWeb購読しており、その購読のキャンセルで、1つの地方新聞がキャンセル出来ない、と言う事態になりました。 New York TimesはもちろんWeb上で簡単にキャンセル出来たのですが、Philadelphia inquirerが出来なかったのです。 Philadelphia inquirerはフィラデルフィアの古い新聞でアメリカでは3番目に古くから創刊されている新聞です。 由緒ある新聞社でもこの様なことがあるのですね。興味ある方は、この上にあるPDFファイル(Report on subscription and cancellation issues of Philadelphia inquirer)をご覧ください。
△目次へ△2020年
最近の教室の概要です(2019年4月~2020年11月)。
2020年は何処もそうでしょうが、新型コロナウイルスで大学もロックダウン状態となりました。2020年3月の卒業生は中條薫子さんと小川薫さんです。 中條さんは2019年の9月に田舎に帰り国試勉強、それに替わって10月から小川さんが教室に参加しました。両名とも無事国試に合格です。教室は6年生の夏山君、4年生は金澤君、武田君、濱田さん、3年生の手計君、渡辺瑞紀さんが勉学に励んでいます。
2019年12月に助教の吉野先生(2009年4月~2019年12月)が退職、臨床検査などで知られているBMLに移られました。吉野先生は10年間、免疫・微生物学教室に居られたことになります。 吉野先生の送別会は、まだ、コロナ自粛が始まってない時期でしたので(2019年12月)、行うことが出来ました。例年行っている教室送別会は3月ですが、こちらはコロナ自粛の真っ最中で中止となりました。吉野先生には学生さんたちの面倒を良く見てもらいました。ありがとうございました。今年は3月の卒業式は医学部は代表の数名のみの参加と大学本部が決定し、また、医学科卒業生謝恩会は中止でした。たぶん来年も無いことが予測されます。ワクチンが供給されるまで無いでしょう。4月は大学への学生入構禁止により対面の講義が無くなりました。ネット講義がはじまり、Zoomという会議システムで初めて講義しました。私の講義は後期なのですが、前期の解剖学実習が対面であるために後期に移動し、急遽、細菌学・ウイルス学講義は前期に移りました。
今年のホームページは昨年度のものと同じです。コロナで春のお花見も取りやめたため、例年、お花見の時撮る写真を今年は撮ることが出来ませんでした。ただ、教室写真はこの常念岳をバックにこれからも写す予定です。
△目次へ△過去の教室概要
2019年
最近の教室の概要です(2018年4月~2019年3月)。
2019年3月の卒業生は諸岡君、小澤君、荻原さんの3名です。諸岡君は名古屋で、小澤君と荻原さんは長野で研修中です。教室は5年生の夏山君、3年生は金澤君、手計君、武田君、濱田さんが勉学に励んでいます。3年生の卒業と私の定年退職とが同じになる年となりました。
今年は2012年から取り組んでいた川崎病の論文がようやくまとまり、出版までこぎ着けました。定年までに臨床に根ざした論文を一つは出したいと思っていましたので、一先ずは安堵しました。これからは定年を見据えて段取りをしてゆかなくてはなりません。月日の経つのは早いものです。
今年のホームページの写真は常念岳をバックに大きく取り入れました。昨年も常念岳をバックにしたのですが、小さかったので今年は桜より常念岳にこだわりました。お昼時の撮影でしたので、生憎、学生さんは授業中で、スタッフのみの撮影となりました。
2015年-2018年
最近の出来事(2015年1月~2018年)を簡単に報告します。しばらく教室の概要を書いておりませんでした。人の動きをまとめて書きますと、
2018年3月、教室の卒業生は丸山貴大君です。丸山君は長野県で研修医です。送別会には4月から3年生の手計君と6年生の荻原さんも参加してくれました。現在教室には先の2名の他に、6年生の小澤君、諸岡君、3年生の武田君、濱田さんが出入りをしています。
2017年3月、教室の卒業生は嶋尾君と黒田君です。送別会には昨年に引き続き東京から星君も来てくれました。嶋尾君は信大病院と上田の病院を1年ずつ、黒田君は新潟の病院で研修医です。
2016年3月、教室の卒業生は中村宏光君と比嘉君です。送別会では私とボルダリングをしていた田中宏和君も参加して3名の送別をしました。送別会には東京から星君も来てくれました。中村君は長野県に、比嘉君は地元の沖縄で、田中宏和君は信大病院で研修医です。鎌田先生は昨年、宮崎大学の生化学教室に移動されました。なお、偶然送別会の日に松本に来られたので、送別会に参加していただきました。出向して教室で研究をしていた的場君は感染病態解析学の高本先生の教室に移動となりました。 4月はあたら新メンバーはなく、静かな春でした。
2015年3月、1年生からお世話した星大輔君が卒業しました。星君は東京で病理医の研修と大学院を掛け持ちして、忙しくしているようです。実は星君のお父さんもいわゆる自主研究でお世話したので、親子2代お世話したことになります。 4月は大学院生として病理学から的場君が出向して来ました。また、生化学の特任教授、鎌田先生が教室に参加されることになりました。
2014年
最近の出来事(2014年1月~2014年7月)を簡単に報告します。この春は6年生の和泉君、松田君が卒業し、無事国試にも合格して研修生としてがんばっています。修士大学院生の塚田君も無事修了して社会人として活躍しています。薬学が6年生となり、全国で保健学科の修士課程が出来、そのような背景の中修士の大学院生は年々減少していき、それに合わせて定員も20名から12名と成りました。
当免疫・微生物学教室も塚田君で修士の大学院生は最後と成りました。一時期は1学年に4名も居たことが驚きです。空いた机は医学部生に現在解放しています。彼らの勉学の助けになり、また、基礎医学教室の雰囲気を知る良い機会になるでしょう。
研究の方は次世代シーケンサーを動かし、新たなテーマの設立に努力を払っています。一方、基礎医学教室では間もなく、生理学と生化学の新任教授が決まる予定です。これから三~四年の間に基礎の教授の顔ぶれも大きく変わるでしょう。
△目次へ△2013年
最近の出来事(2012年6月~2013年12月)を簡単に報告します。ホームページの更新が遅れて、早12月です。天野先生のJBCの続報が9月にBBRCに掲載され、私たちが見出したインターロイキン2受容体β鎖(IL-2Rβ)やインターロイキン4受容体α鎖(IL-4Rα)の小胞輸送シグナルが名実共に小胞輸送シグナルであることを確認しました。このことは8月イタリアの国際免疫学会でも報告しました。イタリアでは2度スリに狙われましたが、お財布は無事でした。イタリアは若者の失業率が高いと聞き、それも原因の大きな要素の様です。
基礎棟西側の耐震改修も終了して、見違えるようになりました。マイナス80℃のフリーザーを2台エアコンの効いた部屋に設置したのですが、去年、今年と2台とも壊れ、物いりな2年間でした。両方とも15年以上の品物でしたので、時期的には妥当と言えます。建物が新しくなりましたが、次は中身を新しくしなければならないのでしょう。
△目次へ△2012年
最近の出来事(2011年5月~2012年5月)を簡単に報告します。これまで毎年修士修了者を出していましたが、この春は修士の修了者が居ない初めての春です。今年の新入生は修士一年生の塚田龍太朗君です。昨年は東日本大震災がありましたが、あまりにも直近のことでしたので言及することなく、すませました。
仙台には14年住みましたが、2011年5月21日に震災以来はじめて仙台入りしました。街中はほぼ復旧しており、普段と変わらないように見えました。仙台の自宅のお向かいさんに挨拶に行き、当時の模様を教えていただきました。電気は比較的早く復旧する一方、ガス水道は一ヶ月以上復旧せず不便をしましたが、海岸部の地域の人たちのことを思うと贅沢は言えません、と仰ってました。
松本も基礎棟の耐震改修が我々の居る東半分が昨年終了、今年は西半分がこの夏より着工となっています。私たちは昨年の5月より新居に移って来ました。これまで配水管の3分の1が使用できず、大変不便していましたが、空調も含めて研究環境は漸く整ったわけです。
△目次へ△2011年
最近の出来事(2010年6月~2011年4月)を簡単に報告します。この春は助教の山下先生(2008年4月~2011年3月)がトロントのOntario Cancer Instituteに留学されました。がん免疫の分野でご活躍される予定です。山下君は大学院の修士課程より在籍していましたから、大学院博士、助教と9年間この教室で研究しました。大学院博士の天野君は論文をJournal of Biological Chemistryに受理されて、この春より信州大学研究員、そして10月より助教採用の予定です。残念なことに修士の八島君は出身の信州大学繊維学部に戻られることになりました。繊維学部でご活躍されることをお祈り致します。今年の新入生は修士一年生の長田明紀菜さんです。
天野君のJBCでは、インターロイキン2受容体β鎖(IL-2Rβ)やインターロイキン4受容体α鎖(IL-4Rα)の細胞内領域に存在する疎水性アミノ酸のクラスターが、ユビキチン非依存の小胞輸送モチーフとして働いていることを明らかにしました。即ち、細胞膜上のサイトカイン受容体はリガンドを受け取った後、小胞輸送されてリソソーム分解されるのですが、そのルートは従来知られていたユビキチンを目印とするユビキチン依存性小胞輸送と今回私たちが明らかにしたユビキチン非依存の小胞輸送の2つのルートに大別できることが判りました。
待ちに待った耐震改修の引っ越しですが、5月の中旬に新居に移ることと為りました。部屋は既に完成しており、早い教室は5月の初旬に引っ越します。
△目次へ△2010年
この最近(2009年10月~2010年5月)の出来事を簡潔に報告します。この春は大学院修士の松崎君と李娜さんが無事修了致しました。松崎君は地元の大学院博士へ、李娜さんは東京の大学院博士へと進学致しました。2人ともがんばり屋さんなので良い研究を期待しています。今年の修士課程の新人は八島聖君です。また、秘書の富成さんが退職され(2008年1月~2010年3月)、新任の秘書として伊藤さんが2010年5月より採用されました。富成さんには2年3ヶ月、教室を支えていただきました。富成さんは歯科医師ですが、長きに亘り我々はお世話になりました。これから元の歯科医師としてご活躍されます。ありがとうございました。
今年は博士課程大学院生の天野君の最終学年です。我々が研究しているIL-2受容体からのシグナルは少なくとも、受容体の分解によって過剰なシグナルを阻止していますが、この分解異常は、がんの発生を含め生体恒常性の異常に繋がります。増殖因子受容体の分解は、ユビキチンが1個付く、モノユビキチンを目印として、分解過程を司る小胞輸送の分子群に認識されます。この様な背景から、助教の山下君が見出した、ユビキチンに非依存的なIL-2受容体の細胞内小胞輸送と分解は、ユニークな機構と捉えることが出来ますが、その詳細はわかっておりません。大学院生の天野君は山下君の跡を継ぎ、この機構の詳細の解明を行っています。どうやら新しい輸送機構の分子機序が見え始め、天野君の実験も佳境に入っています。
今年はここ医学部基礎棟の耐震改修です。私たちのいる東側が今年、西側が来年となっています。耐震改修の話はずいぶん昔からありましたが、ようやく着手されました。建物は老朽化しており、耐震以前に、どこもかしこも不具合があり、待ちに待った改修です。設計図もできあがり、私たちは取り敢えず、半年間他の場所に移動します。引っ越しの手間は大変ですが、新しくなる研究室を思い、今から心躍るこの頃です。予定では来年4月に新しくなった研究室に戻ります。
△目次へ△2009年
毎年のことですが、ホームページを改訂しようと思いつつ、いつの間にか時間が経っています。信州大学医学部免疫・微生物学講座のこの1年(2008年5月~2009年9月)を報告致します。この春は修士課程の宮薗君と服田さんが無事終了しました。宮薗君は企業に就職し、服田さんは薬剤師として活躍されています。修士の新人は残念なことにこの春の入学者はおりません。当教室では初めてのことです。来年春は1名入学予定です。助教の塚原先生(2003年4月~2009年3月)が4月に自治医科大学に移られました。6年間、信州の地で研究されたことになります。昨年と同じ文面になりますが、免疫・微生物学講座の経験を活かしてご活躍されることを祈っております。昨年移動された阿川先生は現在流行しつつあるインフルエンザワクチンに関わる仕事で多忙と伺っています。尚、塚原先生に代わって4月より九大から吉野先生が当教室に来られました。
大学院博士課程の山田さんの論文はなかなか難産でしたが、Retrovirologyに無事受理されました。この論文は先程も述べました様に難産でしたが、臍帯血より分離した血液幹細胞を用いることにより、質の大幅な向上が達成できました。少し詳しく述べると、レトロウイルスベクター遺伝子治療によって患者の方に白血病が発生しました。この原因は原がん遺伝子、LMO2近傍へのウイルスベクター組み込みによるinsertional mutagenesisです。私どもは遺伝子治療に用いられているヒト血液幹細胞にレトロウイルスベクターを導入し、原がん遺伝子、LMO2プロモーター領域に高頻度にウイルスベクターが組み込まれる領域があることを初めて報告致しました。Retrovirologyの論文はOpen accessですので誰でも自由に閲覧できます。興味のある方はご覧になって下さい。
毎年8月に教室で小旅行をしております。今年は飛騨高山でした。小旅行のその朝にRetrovirologyよりaccetableと連絡があり、手続きを済ませ、安堵して飛騨高山へドライブしました。このときの写真もホームページに載せる予定です。
△目次へ△2008年
このホームページの改訂の季節ですが、ゆっくり見直す時間がありませんので、2007年9月~2008年4月の近況だけ先ず、ご報告します。この春は修士課程の黒鳥君が無事修了し、松崎君と李娜さんが修士の新人です。秘書の内山真由美さん(2006年10月~2007年12月)には長く務めていただきたかったのですが、ご都合により退職され、代わって富成智枝さんが2008年1月より秘書に採用されました。博士課程修了の山下君は論文がJournal of Cell Scienceに受理され、4月より当教室の助教となりました。山田幸一郎君は、ただ今論文投稿中です。まもなく修了となるでしょう。また、助教の阿川先生(2005年4月~2008年3月)が4月に独立法人・医薬品医療機器総合機構に移られました。3年間、信州の地で研究されたことになります。免疫・微生物学講座の経験を活かしてご活躍されることを祈っております。
△目次へ△2007年
信州大学医学部免疫・微生物学教室のこの1年(2006年5月~2007年8月)の動きを紹介します。 この春は修士課程の松田さんが無事就職し、学部学生の上野君が国試をパスして臨床研修に入りました。この春の新人は修士に入学した宮薗君と服田さんです。新人と言ってよいのかどうか、嬉しい新入生は博士に入学した天野君です。彼は1年間企業勤めをした後に再び戻ってきてくれました。また、3年半秘書をしていただいた山田アカネさんが退職されました。アカネさんに我々はたいへんお世話になりました。代わって内山真由美さんが秘書に採用されました。ゆく人来る人感慨深い1年でした。さて、今年はこのホームページの改訂が遅れました。そのうちと思っていると、今週から9月です。その理由の1つは、今年が、山下、山田幸一郎両博士課程大学院生の最終学年の年であり、論文作成の大詰めを迎えたことにあります。尚、両君とも順調に進んでおります。
研究はIL-2レセプター小胞輸送が、従来とは異なる特異な輸送であることが明らかとなり(山下)、また、レトロウイルスベクターを用いた遺伝子治療により発生した白血病の発症機構の解析も進展しました(山田)。毎年同じ文になりますが、当研究室では、分子生物学的手法を用いて、細胞生物学的視点から見た免疫学と細胞増殖機構から見た発がんメカニズムを中心とした研究を行っております。これまで、T細胞の増殖因子であるインターロイキン2(IL-2)による増殖機構の解析を行い、IL-2レセプターのサブユニット構造を明らかにしてきました。私どもの研究目標はIL-2レセプターを中心に、サイトカイン下流のシグナル伝達メカニズムを解明して、その異常によって起こる細胞癌化、免疫疾患を明らかにすることです。現在進行中のテーマは、助手の塚原先生の指導の元、レトロウイルスベクターを用いた遺伝子治療により発生した白血病の発症機構の解析、助手の小嶋先生、阿川先生指導の元、我々が遺伝子単離した分子、STAMならびにHrsによるサイトカイン受容体の小胞輸送制御に重点を置き研究を進めています。
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