伊東研究室では、有機半導体やナノシート、量子ドットなど厚さや大きさがナノメートル(10億分の1メートル)サイズの新材料を組合わせて太陽電池や有機EL・量子ドット発光ダイオード、コンデンサ、次世代のメモリーデバイスやセンサー等の高性能化と動作のしくみを調べる研究をしています。 工夫次第で桁違いの時短と簡便さで製膜できる塗布 (=ウェットプロセス)技術と真空プロセスを組合わせて驚異的な性能と新機能を発現する次世代デバイスの実現を目指して、新機能の発現や高性能化のしくみを調べながら自身も含めメンバー全員の成長を目指しています。


  1980年代までの長い間、有機材料は主として電気絶縁材料として用いられてきました。現在でも、電力ケーブルの絶縁技術や、集積回路の基盤としてあるいは層間絶縁層には誘電率が低く絶縁性能の優れた高分子(樹脂系)の絶縁材料が使われています。1980年代後半に有機半導体を用いた薄膜太陽電池やトランジスタ、発光デバイス(有機EL (または通称 OLED(OはOrganic=有機))が提案され有機エレクトロニクスという研究分野がスタートしました。
 実用面でも1990年代頃より、液晶デバイスがディスプレイの主役となり、さらに2010年代末には有機ELがディスプレイの双璧となり、今やテレビやスマートフォンなどのディスプレイの殆どが有機デバイスと薄膜トランジスタで作られています。 これらの発展は、従来のSiの概念を踏襲しつつも、無機材料には無かった有機分子ならではの基礎的物性の解明や新規の高性能材料の開発によるものであり、材料のさらなる発展とその機能を最大限応用するための自由なアイデアが道を拓くと考えられます。

 有機材料だけではいろんな夢の実現は難しいけども、厚さや太さがナノメートルオーダーの炭素材料や金属・酸化物・量子ドットと呼ばれる化合物半導体と有機材料を低温技術で組み合わせるナノハイブリッド技術の発展により、ウルトラ軽量でフレキシブルなディスプレイや発電装置やセンサシステムなどが現実のものとなる時代にいままさに突入しようとしています。また、半導体集積回路のロードマップを参考にするとあと10年もすれば分子1個分の大きさにメモリーや演算能力を搭載させたデバイスが必要になる時代が到来しそうです。

以下にいくつかトピックを紹介します。クリックすると、詳細を御覧いただけます。

 有機半導体や新しいナノ材料を用いれば薄膜作製に必要な温度や時間を桁違いに減らして製造エネルギーが1/10以下になり環境にも優しいモノづくりが実現可能です。
例えば、最近の研究では、自己組織化単分子膜と呼ばれるわずか2~3 nmの厚さの極薄膜を深紫外光(VUV光:172nm)をパターン照射した後、半導体と絶縁体(高分子)の混合溶液をゆっくりと加熱しながら塗布することで、厚さ10nm以下の極薄の絶縁層と有機半導体分子膜の2層膜が自発的に、VUV光を照射したところだけに形成されることを見出しました。従来、絶縁層を塗布して不溶化したあとで半導体層を製膜・熱処理していたのですが、この工程に3~4時間を要していたのが、新手法によりわずか5分以内で完了します。しかも、デバイス性能は従来素子を上回ります(低電圧動作&高移動度を実現)。加えて、従来は不溶化処理に200℃を超えるプロセスを要したため、フィルム上への製造に難点がありましたが、新手法では100℃以下で製造することも可能となりました。

このような製膜技術を使ってガラス板のような硬いものに加えて、サランラップやPETフィルム、あるいは薄い紙のような柔らかい物の上に自在に有機トランジスタ、メモリ、発光デバイス、センサなどに作製できるようになれば・・・
次世代のエネルギーハーベスティングやディスプレイ、電子装置、さらには、身体に貼り付けて動作する医療デバイスの可能性が大きく広がると考えられます。

 【実は1gあたりでは高い高性能有機半導体や半導体量子ドットを薄く無駄なく活用する。ペロブスカイトのPbやCdなどの消費量を極限まで減らす。】
高効率な有機太陽電池や発光素子の材料は1gあたり数10万円なんてものが多くあります。
(注;これは研究開発用の材料の話ですので、実用化段階では量産することで1/10位になりそうですが、それでも 1g 数万円はしそうです。)
 例えば、比重が水と同じ1として1g の材料から厚さ1μm(=1000nm)の膜を製膜すると材料を100%利用したとしても、1m2にしかなりません。AgやAuのように比重が10を超えるような重い無機物質であればA4用紙1枚分の面積くらいにしかならないため非常に高くなります。スピンコート法では、これほど高い材料を9割以上捨ててしまうので、大変もったいない事態になりますね。おそらく、普通の人には手が出ません。
 けれども、10nmの厚さで無駄なく半分以上をデバイスに活用すれば、たった1gから畳50個分くらいの面積に広げられ、畳やふとん1枚の面積で数1000円で済みます。
(注:実用段階で材料を量産すれば、数100円で済むかもしれませんので、そうなると大変安くなり手軽に利用できたり、ビニールハウスや窓、壁、鞄や衣類など身の回りの様々なものに貼って使えるかもしれません。)
 このように、薄膜技術は低コスト化に大変重要です。また、ペロブスカイト太陽電池はPb(鉛)を使うことが環境問題として懸念されますが、研究室でよく使うスピンコート法は材料の9割以上を廃棄します。この他にも、身体によくないプロセスが含まれることから、製造時におけるPbなどの消費量と廃棄を1/10以下に減らし、時間も短縮、しかも高性能化すれば環境に大きく貢献できます。
伊東研ではより安心・安全、財布にも優しいデバイス製造技術の開発と高性能化を同時遂行して、環境問題に貢献します(目標)。

研究概要の図
 太陽電池やマイクロ発電分野において、塗布形成可能な有機材料やナノハイブリッド材料に注目が集まっている。 1980年代まで 1 %にも達しなかった有機系薄膜太陽電池の電力変換効率は、色素増感型太陽電池、バルクヘテロ接合型有機薄膜太陽電池、ペロブスカイト太陽電池の登場と、 特に2010年以降の材料・デバイス技術の発展により、有機薄膜太陽電池とペロブスカイト太陽電池では20%を超える例が次々と出ており Siと双璧をなすまでになりつつある。 これら有機系薄膜太陽電池ならではの低温・塗布プロセスや、柔軟なフィルム基材上の作製と実用化が進むことで様々な応用展開が期待される。

有機薄膜太陽電池
 伊東研では、逆構造のバルクヘテロ接合型有機薄膜太陽電池の研究を進めています。
少し、ややこしいのですが、発電層や発光層といった「活性層」に有機半導体を用いる場合は、下部電極(通常はここに透明電極が配置される)から正孔を選択的に出し入れするための正孔バッファー層を形成し、その上に活性層、そして上から電子を選択的に出し入れするための電子バッファー層、最後に金属膜などからなる上部電極を配置した構造を「順構造」と呼びます。これに対して、「逆構造」は、下部電極上に電子バッファー層を配置し、活性層、正孔バッファー層、上部電極の順に積層した構造となります。
 「順構造」では電子を取り出しやすいように仕事関数が小さな金属(例えば、Al、Mg、Caなど)を上部電極に使いますが、大気中の水や酸素とすぐに反応して電気を流さなくなるため寿命が短く、これを防ぐために、ガラス板や吸湿剤を組み合わせてデバイスを覆う必要があり軽量化や低コスト化の弊害となります。有機デバイスならではの特徴である、フィルム上に作製していろんなところに貼って使う特徴を活かせなくなります。
 一方で、「逆構造」は上部電極にAgやAu(Auはちょっと高いので実用化に難がありますが・・・)など安定な金属を配置することで、大気安定性が増します。細かいことをいうと、Agは大気中で少し酸化するのですが、AgOxはAgよりも仕事関数が増大するため、電子よりも正孔を選択的に取り出すことに適しており、むしろ好都合となりますので酸化は問題でなくなるわけです。

 そこで、伊東研究室では、「逆構造型」のバルクヘテロ接合型(bulk-hetero-junction: BHJ)の有機太陽電池に着目して研究開発を行っています。
 このバルクヘテロ接合型太陽電池は最初は真空蒸着膜を用いて平本先生らにより提案されましたが、その後、n型のフラーレン誘導体とp型高分子のポリチオフェン誘導体(主にPCBMとP3HT)をトルエンやクロロベンゼンに一緒に溶かして塗るだけで 3~4%の電力変換効率(PCE) が実現できるようになり、塗布型の太陽電池に注目が集まるようになりました(1990年代後半から2010年代)。いまでも、PCBMとP3HTはスタンダードな試験材料として活用されています。その後、新規のフラーレン誘導体やPTB7などのp型高分子からはじまり、赤から近赤外領域に吸収帯を持つドナー/アクセプタを合体させたバンドギャップの小さなp型半導体の登場でPCEが10%前後のBHJ太陽電池が登場し、2010年代末から2020年代には非フラーレン型のアクセプタ(n型半導体)(通称 NFA)が台頭し、p型にPM6を用い n型に代表的NFAであるY6等を用いてシングルセルで15~18%の太陽電池が登場しています。
伊東研でも、一時は諦めかけたBHJですが、再び注目しています。なお、これらの半導体は(あくまで割高の研究開発用ですが)100mgで10万円もするので前項の「環境と財布に優しい、低温・塗布形成の高性能デバイスの開発」が有効です。また、有機太陽電池の発電層は50nm~100nmと薄いため下部電極や下地の電子バッファー層の10nm程度の凹凸が問題になります。そこで、酸化チタンナノシートなど1nmの薄さで厚さ制御可能で、100℃以下で塗布プロセスで簡便に製膜可能かつ平坦な2次元半導体や、酸化亜鉛ナノ粒子+ナノ平坦化層を有する逆構造BHJ太陽電池の開発を進めています。

研究概要の図 ペロブスカイト太陽電池
 ペロブスカイト太陽電池は、日本の宮坂先生によって発明された太陽電池で、最初は色素増感型太陽電池の流れで(後に別物であることが判明しましたが)開発されました。(詳細は、宮坂先生の著書「大発見の舞台裏で!ペロブスカイト太陽電池誕生秘話」や論文をお読みください。) ペロブスカイト太陽電池は、今や塗って作れる簡単・大面積・低コストな技術でありながらも Siに負けない性能を実現しており、薄膜太陽電池業界の中心となっています。Si太陽電池と積層した「タンデム型」では30%を超える性能が得られており、この流れはゆるぎないものとなりつつあります。
少し、ややこしいのですが、色素増感型では耐熱性が高いフッ素ドープ酸化スズ(FTO)などの透明電極の上に電子バッファー層の酸化チタンナノ粒子を厚く塗って、500℃くらいの高温で焼いて、その上に光吸収のための分子を吸着させて、正孔(実際にはそれに相当するもの)を輸送する液体をしみこませて、上部電極を重ねて作製しています。これをベースとするため、いわゆる有機太陽電池でいうところの「逆構造」がペロブスカイトでは「順構造」になり、「有機の順構造」が「ペロブスカイトの逆構造」となります。

 伊東研究室では「全塗布型の逆構造のペロブスカイト太陽電池」の研究を行っています。
順構造ではまず、酸化チタンや酸化スズを塗布→数100℃で焼成して結晶化→発電層(ペロブスカイト層)→正孔輸送層→(必要により正孔バッファー層)→上部電極の順に製膜します。酸化チタンと発電層の界面の欠陥がヒステリシスや不安定化の温床になることや、正孔輸送層の多くが導電性が不十分で Liイオンなどをドープするため耐久性に影響する点や、上部電極に高いAuを用いることが多く、コストや安定性、低温プロセス(フレキシブル化)の弊害となります。
 一方、伊東研が注目する逆構造では、まず ITOなどの透明電極に正孔を選択的に取り出す自己組織化単分子膜を形成します。厚さは分子1個分で非常に薄いのでドープ不要で欠陥も無くせるためヒステリシスも抑制します。しかも100℃以下で製膜可能です。その上に、発電層のペロブスカイト層を製膜し、電子輸送層や電子バッファー層を製膜し、上部電極を形成します。
 また、肝心のペロブスカイト層の製膜の際に問題となっているのが、Pbの飛散(スピンコートでは溶液の9割近くが飛散し、その際のPb化合物の粉塵が健康上の問題となる)や、再現性には有効とされるアンチソルベント法です。アンチソルベント法では、ペロブスカイト前駆体を製膜(スピンコート)している間に、2cm角程度のガラス基板に対して、0.1 ml~ 1 ml 近い量のクロロベンゼン(CB)やDEEなどの有機溶媒を滴下して飛ばして結晶化を促進し、100度程度の温度で熱処理して製膜するため、有害なCBを大量に使う点やスピンコートで回転して飛ばす工程が大面積化や実用化の弊害となります。
この他、発電層であるペロブスカイト層と上部電極などが直接接触しないように、BHJセルで実績のあるフラーレン誘導体のPCBMと酸化亜鉛ナノ粒子層を順に積層しますが、PCBMは相対的に高額であり、ZnOナノ粒子はアルコールから塗布するため、アルコールや塗布後に行う熱処理(アニール)がペロブスカイト層を分解・劣化させるなど課題を多く含みます。
以上の背景から、伊東研では下記に着目して研究を進めています。
・電子輸送層や電子バッファー層の材料利用率を高める、これらの製膜時の溶媒や加熱処理がペロブスカイト層に与える影響を無くす新手法を開発し、従来と同等以上の性能を実現しています。 材料を効率よく活用し、製造に必要な時間とエネルギーを1/10近くに削減することで環境とコストに優しい全塗布型の太陽電池を実現する。
・ペロブスカイト層製膜時のPbの飛散を極限まで減らした新規製膜法の開発、CBの消費量をまずは1/10に減らし、次の段階ではゼロにする工程の開発により、環境に優しい太陽電池を実現する。
研究概要の図
 有機EL(OLED)の実用化が進むなかで、少し前の有機ELディスプレイの消費電力が液晶よりも大きい点が指摘されたが、最近は同等となり画像も高速できれいだが、消費電力をさらに半分以下にしたい。
逆構造の有機発光ダイオード
 有機ELがテレビやスマートフォンのディスプレイ素子として主流になってきています。たまに、当初有機ELディスプレイは速い・きれい(特に黒)・液晶よりも消費電力が少ないと言われているのに実際には消費電力が大きく電池の消耗が激しいという指摘もあります。この大きな原因として、青色(または白色)のOLEDの光をカラーフィルターなどで赤や緑に変換して、赤・緑・青の三原色を得ている点や、駆動電圧が高い、元となる青色OLEDの外部量子効率(EQE)が緑などよりも低い点が挙げられます。省エネ化には、赤、緑、青の発光素子をそれぞれ高効率に発光させる技術や、特に青色発光素子の消費電力を小さくする(動作電圧を下げる&量子効率を改善する)ための作製・評価技術の開発がポイントとなりそうです。
 このためには、インクジェット法や転写法のように(人間の目にとっては)高い分解能でパターン化したり、3色の発光層を塗り分ける技術の開発や、特に青色発光素子の性能を引き上げて、少ない電圧と電流で発光させる技術の開発が必要になります。
 また、有機薄膜太陽電池のところでも述べた、「順構造」は不安定な上部電極を用いるが、特に発光デバイスの低電圧動作にはCaなどの不安定な電極が有効だったため、太陽電池よりもさらに10倍程高度な封止(バリア)技術が要求されることが低コスト化、耐久性、フレキシブル化の大きな弊害となります。これに対して、有効なのが「逆構造」でNHK技研のグループなどを中心に検討が進められていますが、伊東研でも「逆構造」に注目しています。上部電極をAgなどに置き換えることで、簡便な封止でも寿命が延びることで、フレキシブルなディスプレイがNHKのグループにより実証されています。
伊東研は逆構造のOLEDに着目。課題は、低電圧動作(電子注入の改善)と効率向上です。
逆構造のOLEDでは、仕事関数が大きな透明電極の上に、電子注入層などを製膜し、その上に電子輸送層や発光層を製膜するが、多くの有機半導体のLUMO準位(伝導帯に相当)が無機半導体などと比べるとエネルギー的に 1 eV近く高い位置にあり、青色発光材料はさらに高い位置にあるため、いかにして電子を発光層まで運び込むかが重要です。
そこで、伊東研では「塗って(低温で)製膜出来て、発光層も塗り重ねOKな電子注入層の開発と、低電圧で明るく動作する逆構造OLEDの開発」を進めています。
 全塗布型で積層構造を得るのも、それで発光効率を得るのも最初は簡単ではありませんでした。少しずつ改良を重ねて最初は 10 V を超えていた動作電圧を 6 V さらに 4 V 程度まで低減しており、EQEも10倍近く向上して用いた発光材料の理論限界に近づきつつあります。今後は、3 V 前後(市販の青色LEDと同様)で光る逆構造、しかも低温・塗布プロセスで作製可能でもっともっと高効率で明るい青色および白色OLEDの実現を目指してます。

研究概要の図 逆構造の量子ドット発光ダイオード
 上記のように、逆構造のOLEDは電子注入が課題であるが、逆に発光材料を中央(Core)にCdSeやCdSあるいはZnSeを配置しその周り(Shell) ZnSなどのバンドギャップが大きな半導体で囲んだ半導体量子ドット(Quantum Dots: QD ) をOLEDの発光層に置き換えた場合は、伝導帯が深い位置にある(=電子親和力が高い)ため、電子を容易に注入出来て電子輸送性の方が高い、逆に正孔の注入と輸送が課題であるといった特徴があります。
 これは逆構造OLEDに相性が良いことから、伊東研では発光層を半導体量子ドット(QD) と高分子のブレンド膜とした逆構造のQLEDの研究を進めています。
現在、オレンジや緑色の発光素子では 2 V 程度で発光し、青色でも 3 Vを少し超えたくらいで発光する素子が得られていますが、大電流で効率が減少しない工夫(Roll-off問題)や、EQEのさらなる向上と全塗布で低電圧&高性能をスローガンに研究を進めています。QDをブレンドした発光素子の特徴は以下のようになります。
・〇色純度が高い:発光材料の中でQDは最も色純度が高く、理想的な色再現が可能となる。
・〇低電圧動作が可能:電子バッファー層や正孔輸送層、正孔注入層をうまく積層する必要がある。
・× 材料が極めて高額:有機発光材料と比べると桁違いに高いため、発光層を無駄なく、10 nm(Core-Shell型QDの直径程度)に薄く製膜する必要がある。→ 製膜・積層方法の開発が有効
・× 金属や酸化物から距離を空けないと効率よく光らない:積層構造を工夫して発光層の位置を制御する手法(逆構造OLEDの技術の発展版)が有効 研究概要の図
 近年、身の回りの様々なエネルギーを電気に変えて、電池やコンセントを使わずに動くシステムの研究に注目が集まっています。特に、IoT (Internet of Things=モノのインターネット)の発展は大きなトリガとなっています。
これらは環境発電デバイスあるいは、小型の発電という意味でマイクロ発電デバイスなどとよばれます。太陽電池もその一つで、例えば太陽光に比べると室内の蛍光灯やLEDの光の強さは1/100にも満たない可視光で構成されますが、有機太陽電池やペロブスカイト太陽電池は屋内光に対する効率が太陽光の1.5倍かそれ以上になるなど、こうした応用でさらなる真価を発揮します。ただし、太陽光が真昼の晴天時で100 mW/cm2 ですので、室内光は 1 mW/cm2 以下となるので、 1cm角程度の面積で発電する電力は高々 10-4W/cm2 しかありません。
 これと同程度か超えるエネルギーとなるのが、振動発電や摩擦発電になります。振動発電の例として圧電材料や磁歪材料が挙げられますが、セラミックの圧電体は衝撃に弱く飛んだり跳ねたりすると割れて壊れてしまう欠点があります。磁歪材料は大面積化やコスト面で課題があります。
 これに対して、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)に代表される強誘電性や圧電性を有する高分子(もちろん有機膜)、あるいは極性基を持つ高分子(ポリマー)に最初に少し温めて電圧を加えて分極処理を行うと、室温で分極状態が保持されます。材料によっては、製膜するだけで自発的に電位を形成して大きな電圧を発生する有機膜も存在します(Giant Surface Potential: GSP)。これらを、踏んでへこませたり、曲げて変形させたり、くねくねさせると電気エネルギーを発生します。
 高分子フィルムはμmオーダーの厚さでも、電圧を出力するため、何枚も重ねて変形することで、より大きな電力を発生し、衝撃に強く割れないので、大面積化することで大きな出力を得ることが可能です。 この他にも、フィルムの表面にナノ材料を配置して摩擦すると太陽電池に負けない出力が得られることも見出されています(通称 TENG)。ただし、固体のナノ材料の摩擦は摩耗し易いという欠点もあります。
 こうした中で、最近は、水滴発電デバイスなども注目されています。
  いわゆる雨滴(雨水:直径 1~6 mm 程度の水滴)をフッ素系高分子のPTFEや Cytopに滴下する際に、水とフッ素膜の間の摩擦帯電により水が正に帯電してフッ素膜が負に帯電しエレクトレットとなり、その後はさらに帯電が進むと同時に、帯電したフッ素による静電誘導で水中のイオンが分極(移動)して反対側のキャリアが電極から取り出されて発電します。 誘電体薄膜を改良すれば、さらなる高性能化が期待できるほか、雨水や海水は場所によっては無限に供給可能なエネルギー源となる可能性があります。

このように、ナノ材料や有機分子で表面をコントロールしたり、軽量化・柔軟性を持たせた、有機誘電体薄膜は軽量でしなやかで大面積化も容易な実用的で楽しい環境発電デバイス実現の可能性を秘めています。
伊東研では有機誘電体薄膜や酸化物の薄膜を組み合わせた、新しい発電デバイスの開発も手がけています。現状の性能はまだまだ大きな改良を必要としますがこれからの研究の一つの主役かもしれませんね。 
研究概要の図
光通信技術や光記録、バイオセンサやバイオチップ、ガス・イオンセンサ、有機膜センサやナノカーボンセンサなども近年、大きく進展している。
特に、IoTやAI技術の発展と連動してセンサはさまざまな機器やシステムに搭載され、年間1兆個のセンサが消費される時代が来ると推定されている(トリリオンセンサ)。そこで、重要なのが、小さくて高性能で、しかも安価なセンサである。

例えば、カーボンナノチューブやグラフェンと有機材料(主に高分子やゴム)を混合した複合材料を曲げたり引き伸ばすと、抵抗(R)や電気容量(C)が変化するので、動き(モーション)センサに活用できる。また、カーボンナノチューブ(CNT)はナノスケールの網目状構造を持つため、ガス透過性電極となる。そこで、水蒸気やガス状の化学物質によって電気的特性が変化する物質にCNTを電極として装着すると、高速・高感度なガスセンサの開発が可能となる。この他にも、グラフェンと有機機能材料を組み合わせた薄膜は高速な化学センサとなる。
伊東研究室では、耐熱性・化学的安定性に優れたポリイミドとCNT電極を組み合わせて、10msオーダーと従来の100倍高速な湿度センサや、グラフェン系薄膜(還元型酸化グラフェン/高分子ハイブリッド)のガスセンサ応用などの研究を行っています。
数10msで応答する湿度センサは、呼吸のモニタリングや人工呼吸器の高性能化にも有用で、動きに反応するセンサにも応用できることから、様々なシチュエーション(トレーニングや医療など)にも適用可能です。


研究概要の図
 半導体集積回路に用いるトランジスタのゲート長となるテクノロジーノードを「2 nm 」プロセスで製品化する動きはすでに始まっている。 しかし、従来のSiに代表されるSiなどの無機半導体を微細加工するトップダウンプロセスは半導体そのものに大きなダメージを与えます。近年注目が集まっているナノ材料の代表例にはMoS2やグラフェンなどの2次元物質もありますがを10nm以下に加工すると2次元材料としての機能を失う恐れも指摘されており、縦・横・鷹さ方向全てが数nm以下のサイズに設計された欠陥の無い分子材料に期待が高まっている。

 例えば、近年、目覚ましい性能向上を果たしてきた可溶性の有機半導体を例にとると、最初のFETの報告があった1980年代の10-6 cm2V-1s-1台だったものが、2020年代には 10~100 cm2V-1s-1までに向上している。この数値は、アモルファスSiをはるかに凌ぐが、結晶Siには及ばない。このため、マクロ(数μmを超えるサイズ)スケールで作製する場合は、速度面ではSi集積回路を超えることは難しく、有機材料ならではの超柔軟性を活かした応用を考えていくことが重要となる。
 しかし、有機半導体分子や、半導体量子ドットのようにナノスケールで設計可能なナノ分子材料は、数nmのノードサイズにおいてこそ大きな可能性が期待される。マクロなスケールでは分子と分子(または量子ドットの間)の電子移動が遅いために移動度がSiに及ばないが、可溶性有機半導体は導電性を有する 1 nm程の大きさのコアと、可溶性を有する長さ1~2 nm の側鎖からなり、側鎖の末端を分子修飾すれば金属や酸化物に安定に固定することができる。 コアの移動度はグラフェン並み、すなわち Siをはるかに凌駕する(100倍以上)可能性を秘めており、次世代 2 nmプロセスと組み合わせることで、2030年代にはこれまでよりも桁違いに速くて高集積度(密度)の半導体デバイスの実現に有望な材料となる可能性がある。

また、分子コアに導体・半導体部位を組み込んだ半導体デバイスの他に、いわゆる有機分子固有の分極性部位と絶縁体部位を融合した有機誘電体分子1個からなる分子メモリーの実現の可能性もある。
 このように有機電気電子材料に関する基礎科学的な研究、そこからもたらされる新しい応用の発想、概念は「分子エレクトロニクス」という究極的なエレクトロニクス技術の開拓に貢献し、電気電子工学・ 産業分野に画期的な飛躍をもたらすものとして期待される。
 伊東研では、横方向のサイズはまだまだマクロなサイズだが、厚さ方向には数nmの極薄の分子材料を用いたトランジスタやメモリーデバイスの研究を行っています。超微細なナノデバイスは単独の研究室では難しい課題ですが、コラボして近い将来、分子エレクトロニクスに貢献できる研究ができれば、面白いと思いますね。

研究概要の図
------------------------------------------------------------------