私が本学部に助手の職を得たとき,所属講座の教授は合成を得意とし,特殊なPVAの研究でその研究流儀を確立していた.そのPVAとは立体規則性に富むポリマーである.ポリプロピレンやポリメチルメタクリレートなどの汎用ポリマー,つまり実用化されているものの多くは,アタクチックということはむしろ少なく,アイソタクチックポリマーである.立体規則性に優れているからこそ,結晶性に富み材料として有益なわけである.このことは,ZieglerとNattaによる触媒発見によっていることは言うまでもないことである.PVAは対応するモノマーの重合により合成することはできないがために,たとえば酢酸ビニルを重合して得たポリ酢酸ビニルをケン化して目的のPVAにする側鎖置換型合成法がとられる.ところが,ポリ酢酸ビニルの重合においてはタクティシティをほぼ完全に制御できる合成法は編み出されていない.それで,たとえばシンディオタクティシティに富んだPVAを得るには,当研究室ではHaasらの開発したポリ(トリフルオロ酢酸ビニル)のケン化法を採用している.ところが,そのシンディオタクティシティの割合(s-diad mol%)は高々65%程度である.厳密な数値は言えないが,80〜90%以上のs-diad値を持つPVAはいまだだれも開発していない.これは単にそのような方法が難しくてなかなか考え出されないという単純なものでなく,理由はアタクチックなものでも充分な材料性能が得られるということのようである.アタクチックでも十分に結晶化するポリマーである.これは, PVAの側鎖の水酸基が水素とそれほど大きさ的に変わらないことによっている.つまり,主鎖が結晶では平面ジグザグ鎖をとるが,水酸基がどのように分子にくっついていても,その形態を変えてしまうほどの影響力を持たないことが理由である.PVAは水溶液にしてから繊維やフィルムに加工される.溶融成形は困難である.高温においておくと酸化して黄変しやすいからである.どうしても水溶液にしないと加工できない宿命を持っている.シンジオタクティシティーリッチなPVAは水に溶けにくい,高温で溶かしても室温においておくと,沈殿したり,ゲル化しやすい.このようなことも,「なにも,立体規則性に優れたPVAを合成しなくても」という心理が働く一因かもしれない.ここで述べた状況下では,当然シンディオタクティシティリッチ(s-)PVAの研究を行う人の数は多くなることはなかった.特に企業ではそうであったであろう.従って,当研究室がやってきたs-PVAを自前で合成しそれを研究する手法は充分,息の長い研究を保証し,実績も積み重ねることを可能にしてきた.すぐに,実用的なものに直結する研究ではなかったかもしれないが,PVAという物質をきわめるという点においては,s-PVAからPVA全体を眺めるというやり方はなかなかのものであったし,大学の研究にふさわしいものであったと思われる.
助手時代,教授の行うs-PVAの研究を横目で見ながら,PVAをじっくり観察できたと自負している.助手の前半期の10年近くは,全くと言っていいほどPVAを研究テーマにあげることはなかった.私には,後で述べるポリオルガノホスファゼンが教授から与えられた研究テーマであった.PVAをはじめて自分のテーマにしたのは,平成元年にM2の学生であった白井美充君(平成3年修士修了,ポリプラスチック(株)(静岡県富士市))と,「s-PVAとa-PVAの共結晶化」[1]という研究をしたときである.共結晶化(あるいは共晶化)なる言葉は知っていたが,まさかこんなに身近にあるものだとは夢にも思わなかった.共晶化するようなポリマー/ポリマーの組み合わせなどなかなかみつかるものではないと信じていたからである.しかも,本研究室の装置といえばDSC(示差走査熱量測定)しかなく,融点の変化からのみそれを言い当てるのだから,自分たち自身でも半信半疑であった.というよりは,何が起きているのか分かったのは,白井君が修士を修了してから1年ぐらい経ってからであった.「立体規則性がわずかに異なるPVA分子が同じ結晶格子に入ることができる.」は,「PVAはアタクチックでも結晶化できる.」を強く意識しておれば,当然のことと理解できて,むしろ自然であったのかもしれない.ブレンドを研究すればPVAそのものの特性が見えてくるという教訓をつかんだ.なお,白井君のs-PVAよりもさらに,s-diad %が大きなs-PVAとa-PVAのブレンドの研究は花谷浩君(平成4年修士修了,日本合成化学工業(株)(岡山県倉敷市))が行った[2].彼はアイソタクティシティ-リッチPVAとa-PVAのブンレンドも調べているが公表していない.その後,岩井信喜君(平成7年修士修了,トスコ(株)(大阪市))がa-PVA/s-PVAブレンドのゲルの物性を検討した.しかし,この他はブレンドの研究はあまり行っていない.
これも,世の中でゲルの研究が盛んになってきた影響受けていると思われるかもしれない,そのようなころから始めた.しかし,私の所属した研究室ではPVAの研究を四半世紀にわたり行ってきており,その影響を受けたと言った方が正解に近い.すでに言ったように,PVAは高温での酸化分解性のために溶融成形は困難である.しかし,水溶液にできる大きな特徴を持っている.すると,自然に研究の矛先は溶液やゲルの研究に向いていく.特に,s-PVAの水溶液はa-PVAよりも濃度が薄くても,また,温度が高くてもゲル化しやすい.そのためこの研究を行ってきたようである.
私の所属した研究室の当時の助教授はジメチルスルホキシド(DMSO)と水の混合液を溶媒とするa-PVAの溶液から見事なゲルを作っていた.それで私もやってみたいと思い,平成2年頃,村瀬和宏君(平成5年修士修了,豊田合成(株)(愛知県稲沢市))と始めた.このゲルはDMSOという臭い溶媒を含んでいるので実用には向かない.当然,DMSOを抜くために水に漬けておかなければならない.そのときの温度ははじめから決めて行っていたが,取り出す日が変わるとどうも様子が違うと,相当初期に気づいていた.溶媒が水に置換するには1〜2日で充分であったし,それに伴う体積変化もすぐに収まってしまったが,これは何かあって当然だと思った.それには,研究室の過去の研究例の影響も受けている.昭和42年卒の小笠原健二氏(長野県立高校)の博士学位論文のなかにシネレシスに関する興味深い研究が載っていた.シネレシスというのはゲルを長期間おいておくと,溶媒を外へ排出してゲル自身の体積が収縮する現象である.ゲル表面からの溶媒の蒸発にともなう収縮ではない.駆動力はゲル内部での相分離や結晶化である.高分子ではこれらの速度がきわめて遅いので,とてつもなく長い時間をかけてゆっくりと進行する.時代はナノとかピコ秒のオーダーで進行する化学反応を追いかけるのが先端的な研究とされているが,シネレシスはおよそこれとは別次元である.仕事はその人の実力が当然その成否を左右していると一応言っておくが,研究費の多い少ないも大きく影響を与えることは常識であろう.しかも,研究費の配分は必ずしも公平ではないのもみんなが感じていることであろう.ところが,時間だけは万人に公平に分配されている.このことは,いくら立派な研究成果を残したひとでも等しく60〜65才で定年退職があるから,そんなにこの人たちをうらやむことはないと言っているのではない.だれもあくせく働き研究成果を上げるべく必死になっているので,長い時間をかけてゆっくりやるような余裕を持ち合わせていない.それで,数カ月とか数年かけてゆっくりと進むシネレシスの研究をやれば,みんなはあまりやっていないから研究になるのではないかと感じただけである.時間を利用しようという考えである(?!).運良く村瀬君が大学院に進んでくれたので,このシネレシスの実験は3年かけて追いかけることができた[3].シネレシスの追跡のために,ゲルのDSC(融点測定)とTMA(圧縮弾性率測定)を行ったが,これも,その年にマックサイエンス(株)の熱分析装置が研究室に入ったおかげである.それまでは試験管に封入したゲルを油浴に逆さまにつるして,昇温中にゲルが流れ落ちた温度をゲルの融点として,もっぱらこの測定に終始していた.この研究により,ゲルの構造形成は200日とか300日かけてゆっくりと進行することがはっきりと分かった.矛盾したことを言うかもしれないが,こんなに時間をかけるのは愚の骨頂なのかもしれない.温度や圧力を制御すれば,同じ変化がもっと短時間に終了するような条件を見いだせるかもしれない.特に圧力を何とかしたいと思いつつ,未だに何にもやっていない.
私は1988-1989の1年間,米国オハイオ州アクロン市にあるアクロン大学(*)に留学し,指導教官Thein Kyu教授(先生には大変お世話になって感謝の気持ちでいっぱいであるが,発音はThank youではない.失礼)のもとで,高分子量ポリエチレンのゲルよりの高強度・高弾性率繊維(*)の研究をしており,その際,ゲルを圧縮成形することを体験してきていた[4].また,以前に奥田茂康君(昭和62年卒,トスコ(株)(東京都))とa-PVAの溶液からの沈殿物をプレス成形して繊維にした体験もあった[5].それで,何も深く考えずに,前出の村瀬君に『プレスでもするか』といって,ゲルの圧縮成形を始めた.これも彼のシネレシス研究の一環であるので,プレス成形したゲルシートを同じく,水に長時間浸漬しておくのである.これをエージングと呼ぶことにした.数カ月エージングして取り出したシート(この中ではエージングの際に結晶化が進行している)を木枠で固定して乾燥させた.そしてこのフィルムを延伸して繊維(本当は延伸テープ)を得た.エージングすると弾性率が上昇するという結果であった.そのときはエージングは魔法ののように思え,この方法をゲルエージング法と銘打って論文発表もした[6].この研究は村瀬君とそれを引き継いだ中島祐一君(平成6年卒,中島水道設備(株)(兵庫県小野市))と鈴木裕之君(平成8年修士修了,ダイニック(株)(埼玉県深谷市))の仕事である.なお,高強度・高弾性率といっても名前だけであり,実際はそれほど大きな物性値が得られたわけではなかった.公表された値のなかではやや高いという程度であった.ただエージングにより確実に数値が上がるので,これはいい方法だと自画自賛したということである.
このエージング法は実は大したことはないぞとわかったのは,村瀬君の研究を引き継いだ,鈴木裕之君(前出)の研究によってである[7].最適プレス温度を的確につかめば,最初から最高到達弾性率,強度を示し,エージング効果は現れないことが判明した.つまり,最適温度でプレスされていない場合は,そのプレス時に十分に結晶化が進まないので,それを補うためにエージングが必要であったという理由が明らかになった.恥ずかしい結果となった.こうなった原因は一番最初に,プレス温度を設定するための作業を怠ったことにある.でも怠ったことで,エージング効果が見つかったので満足している(!?).
(*)アクロン市というのは日本人のほんの少しのひとが知っていると思われるファイアストーンゴルフコースがある町で,毎年8月下旬に有名な大会が催される(私は全く興味がない).そのファイアストーンとは私が留学していた頃に日本のブリジストンに買収されたタイヤメーカーの老舗である.この町は世界一のゴムの町であった.そういうことで,この町では高分子の研究が盛んで,アクロン大学の高分子関連の学部もこの分野では全米屈指の名門である.高分子理論研究の父と称せられるフローリ博士(ノーベル化学賞受賞)も一時期,この地の企業に籍を置いて活動していた.なお,私の滞在した時期は日本経済がバブル真っ最中で日本人留学生は肩で風を切って歩いていた.1ドル80円時代の留学は大名気分である.
(**)高弾性率というのは大きな力でいくら引っ張ってもなかなか変形しないということであり,高強度というのは,それがいったん変形を開始しても相当力を加えないと破断しないという意味である.このような繊維を安価なポリマーで作ろうというのが現在研究者が注目しているテーマである.ところが,成功したのは一番単純なポリマーであるポリエチレンのみであり,なかなか次のポリマーが出てこないのが現状である.PVAも結構単純な分子構造をしているし,理論上ポリエチレンと同等の強度,弾性率が得られるはずであるから,これも高強度・高弾性率にしたいというのが人情である.なにがネックになっているかそれも答えが分かっている.分子間の水素結合が邪魔をしている.分かっていてもどうにもならないという感じは,ポリマーを扱っているとよく受ける.大学人の甘い考えではあるが,ポリマーをこのようにしようとは考えず,ポリマー自身の示す方向に沿って研究を進めていこうと常日頃考えている.したがって,PVAにはもう高強度・高弾性率を求めないことにした.
(3-3),(3-4)の研究の共通点はPVAのDMSO/水混合溶媒のゲルを対象にしていることである.このゲルは溶液を冷やして作製した.そして最終的に溶媒を除去してフィルムにした.あるときどう思ったか,乾燥フィルムをこの混合溶媒に浸漬してゲルにしたら,もっと手っ取り早くゲルができていいのではないかと考えた.もちろん,スルメを戻しても元の生のイカになるわけないのといっしょで,溶液からのゲルとは構造が違うことは承知していた.たぶん,研究テーマがこれ以外浮かばなかったのかもしれない.これを4年生の矢野恵子君(平成5年卒,藤倉ゴム工業(株)(埼玉県岩槻市))にやってもらうことにした[8].今から思えば,最もお金をかけずに最大の成果を上げたと自負している.とにかく,かかったのは溶媒代と電気代くらいだけだろう.フィルムを溶媒につけて定期的に重量変化を見るだけだから,恒温水槽と天秤だけでできた実験だった.あとは根気だけである.最大の収穫は,Case 拡散といって,溶媒により膨潤した層と未膨潤層の間に明瞭な境界面がみられる拡散が発見できたことである.しかし,この理屈をこのCase という言葉で理解できたのは,彼女が卒業してから1年ぐらい経ってからである(私にはよくあるパターン).それで,ただその現象を,「ずいぶん時間が経ってから急に膨潤速度が大きくなる変な膨潤」としか理解していなかったのである.無知とはやはり恥ずかしいことである.しかし,こんな一般的なポリマーでもまだまだその特性は調べつくされていないものだという強い印象に打たれた.というわけで,予想外の展開を見せてしまった研究の一例である.当初は膨潤ゲルを変形させれば高強度・高弾性率材料への糸口でもみつかればよいのにという程度のもくろみであったのだが.
矢野君の実験を引き継いだのが,平成10年修士修了の山碕弘二君(テナック(株)(埼玉県川越市))である.彼の功績は,膨潤途中にあるPVAフィルム(DMSO/水混合溶媒中)の断面写真を撮影し,拡散フロントを実証したことである[9].たいへん器用な学生であった.
一般的にはPVAはポリ酢酸ビニル(PVAc)をケン化して作られる.そのケン化を部分的なものにし,酢酸基を意図的に残すことができる.すると,部分ケン化PVAが得られる.より正しい名称はポリ(ビニルアルコール-co-酢酸ビニル)となり,ビニルアルコールと酢酸ビニルの共重合体である.平成2〜4年頃,本研究室に所属した中国人留学生の朱林海氏(平成5年修士修了)がP`VAの溶融紡糸の研究を行っていた[10].PVAは高温で熱分解を起こしてしまうので溶融紡糸には不向きであるとされていた.それで,少しでも融点の低いPVAを使いたいということで市販の部分ケン化PVAを使っておられた(結論を言えばこれを使っても改善されることはない).非常に大量にあったのでこれを使わない手はないと,早速,修士2年の根本薫君(平成6年修士修了,東セロ(株)(茨城県総和町))に,『ブレンドをやろうよ.』と,持ちかけた[11].いつも始めるときは直感的に判断するだけである.なにも結果を予測しなかった.混ざり合うポリマーの組み合わせなど滅多にあるわけでなく,混ざらなければ大した研究にもならないということを十分承知していたつもりだが,まったく慎重さというものはなかった.ただ,私がはじめてブレンドの研究に手を染めたa-PVAとs-PVAのブレンドが共晶化を起こすまでの相溶性の良さを示したという経緯があったもので,かなり楽観的であった.しかも,全く異なるポリマーの組み合わせではない.似たもの同士の組み合わせである.根本君はケン化度が90〜100%の範囲で種々異なるPVA(Bo)とケン化度がほぼ100%のPVA(Ao)を混ぜた.その内のひとつの組み合わせがケン化度90%の電気化学工業(株)のデンカポバールB12F(Bo)と100%に近いゴセノールNH-26R(Ao,日本合成化学工業ご提供)である.案の定これらは混ざらなかった.しかし,Ao/Bo(wt/wt)=40/60の組成のブレンドには肉眼でもみれる大きな島(海島構造)が存在する相分離構造が出現した.これを示した顕微鏡写真1枚を見て,これは持続的なテーマになると直感した.相分離しているが海と島の接着性はよく,フィルムを延伸しても島が楕円形に変形するだけで剥離することはなかった.
部分ケン化PVAは共重合体であるが,二つの共重合成分はブロック的であった.それは製法によって決まるのである.小島利香子君(平成7年卒,ヤヨイ化学工業(株)(富山県福岡町))はPVAを出発物質にして,それらを平衡再酢酸化法で部分ケン化PVAを合成し,それらを使ったブレンドの研究を行った.これらはランダム共重合体である.彼女はブレンドの相分離構造に及ぼすブロック性の影響を考察した.また,岡本亜紀君(平成8年卒)はケン化度100%に近いPVAをアタクチックではなくシンジオタクティシティーリッチPVAを使って,同じくブレンドの研究を行い,立体規則性の効果を検討した.小島君と岡本君の2年間は見方を変えていろいろこのブレンドの特徴をつかもうと回り道をしてみたが,結局,結論には至らなかった.
丸山信行君(平成9年卒,カネテック(株)(長野県上田市))は当初の根本君のブレンドに立ち返り,より基本的な実験に終始した.前出の海島構造が現れる組成中心に研究を進めた.ブレンドは溶液をシャーレにキャスティングしてから溶媒を自然蒸発させて乾燥してフィルムにする方法を採っていたが,彼は,蒸発速度を種々変化させると相分離の進行の度合いの異なるいろいろな相分離パターンを観察することができた.これを契機に島の大きさを制御したいという気持ちを強く持った.これは彼が行ったブレンドフィルムの膨潤実験(またもやDMSO/水混合溶媒中)の結果よりさらに強められた.外からフィルムに加えた引っ張り応力くらいでは,海と島の界面は剥離しないが,溶媒にさらすと島のみ選択的に溶出してしまい,簡単に孔空き膜ができるのである.
さらに,山碕弘二君(平成10年修士修了,テナック(株)(埼玉県川越市))は最も基本的なこと(当たり前の結果ではあるが)を調べた.本来ならば,4年前にやっておくべきことであった.先輩たちはブレンドの組成を,Ao/Bo(wt/wt)=20/80, 40/60, 60/40, 80/20と,20%刻みというおおまかな組成の振り方をしていたので当然細かい組成依存性は分かりようもなかった.しかし,光学顕微鏡で判別できる相分離構造は唯一40/60の組成のみに(その近傍のみに)現れるのであり,最初に調べた根本君が偶然にもこの組成を選んでいたことは非常にラッキーであった.そういうわけで,40/60近傍を数%刻みで組成制御して,それに伴う相分離構造変化を調べた.それによると,海島−海海−海島と変化した.海海とは2相がせめぎ合っている臨界の構造である.それよりAoリッチではAoが,それよりBoリッチではBoが,それぞれ海を支配する主成分となる.前者ではBoが島の支配者であるため,水に漬けるとその部分のみが溶けてしまうのである.この研究には,市川陽子君(平成10年卒,山洋電気(株)(東京都豊島区))も貢献した.このように島のサイズを制御するために最も重要となる因子はブレンド組成であることがおそまきながら理解できた.これからは,島部分のサイズが0.1〜1.0ミクロン程度の構造を実現し微多孔膜を目指したい.
第3節の関連論文
1. T. Tanigami, Y. Shirai, K. Yamaura, and S. Matsuzawa, Polymer, 35, 1970 (1994).
2. T. Tanigami, H. Hanatani, K. Yamaura, and S. Matsuzawa, European Polymer J., 35, No. 2, (1999) in press.
3. T. Tanigami, K. Murase, K. Yamaura, and S. Matsuzawa, Polymer, 35, 2573 (1994).
4. T. Tanigami, M. H. Cho, and T. Kyu, European Polymer J., 31, 671 (1995).
5. K. Yamaura, T. Tanigami, N. Hayashi, K. Kosuda, S. Okuda, Y. Takemura, M. Itoh, and S. Matsuzawa, J. Appl. Polymer Sci., 40, 905 (1990).
6. T. Tanigami, Y. Nakashima, K. Murase, H. Suzuki, K. Yamaura, and S. Matsuzawa, J. Materials Sci., 30, 5110 (1995).
7. T. Tanigami, H. Suzuki, K. Yamaura, and S. Matsuzawa, J. Materials Sci., 33, 2331 (1998).
8. T. Tanigami, K. Yano, K. Yamaura, and S. Matsuzawa, Polymer, 36, 2941(1995).
9. T. Tanigami, K. Yamazaki, K. Yano, K. Yamaura, and S. Matsuzawa, Sen'i Gakkaishi, 53, 211 (1997).
10. T. Tanigami, L. H. Zhu, Yamaura, and S. Matsuzawa, Sen'i Gakkaishi, 50, 53 (1994).
11. T. Tanigami, K. Nemoto, K. Yamazaki, N. Maruyama, K. Yamaura, and S. Matsuzawa, Sen'i Gakkaishi, 54, 311 (1998).
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