信州大学 繊維学部技術データベース

Research Seeds

PDF 小学校児童の体力づくりの研究 ―現場の実践的研究に基づいて―

【大分類:7. デサントスポーツ科学 小分類:7.2 Vol.2

 序論

 体育は,人間が健康で社会的行動力のある体力を持ち,生涯を通して心身豊かな生活を営むため,人間にとって運動とは何かを,実践を通して学習する教科である.
 最近,子どもを取り巻く生活環境の変化が,体力の低下や疾病,運動不足,非行,自殺など種々の問題を提起している.
 また,現代社会では,仕事第一主義の産業社会から,脱産業社会への移行をもたらし,労働条件の変化,余暇の増大などによって,人間の基本的欲求の多面化や,人間生活におけるさまざまな必要性の充足に基づく,新しい暖境条件を生み出そうとしている.それらの1つに,運動需要や,余暇における運動文化への追求が考えられている.
 運動需要や運動文化への追求は,健康維持や増進,体力向上,運動不足,運動の楽しさ,運動による人間性の開発,生きがいなど,国民の多くが自発的に参加している運動に見られるように(スポーツの大衆化傾向),運動実践者が,運動を文化的機能(個人または社会に対して)として観念的にとらえているからである.
 学習指導要領もこれらの問題に対処して,健康で体力を高め,明るい豊かな生活を進めていくため,適切な運動の実践によって,運動の本質的な楽しさやおもしろさを学習させながら,生涯を通して運動に親しみ実践する子どもの育成を願っている.また,健康や体力の向上を図るとともに,家庭や学校生活など子どもの身近な生活における健康安全の問題について理解させることを明確にしている.
 このような社会的要請に基づいて学校体育を見直してみると,第1に,体育の学習を楽しいものにし,運動の日常化,生活化,生涯の運動実践につなぐ基本的原理を追求しなければならない.
 従来,運動を教育の目標を達成するための手段とし,運動を構造的にとらえ,主として教師の立場から,内容や方法を具体化しながら,その結果を期待する教育に重点が置かれていた.しかし,学習は子どもがするのであるから,楽しい学習のためには,子どもの欲求が充足されることが望ましいので,運動の特性を子どもの立場から見直すことが大切になる.子どもは,その運動が人間の心情をかりたてる原動力となっているような運動の本質的なものに対する欲求を持っている.
 子どもが自発的に運動を実践し,運動を生活の中に定着させるような教育は,運動を機能的にとらえ,(子どもの立場から)運動の本質的なおもしろさ,楽しさへの学習をさせることによって,欲求が充足される.このことは,運動を手段化から目的化への転換を意味することになるので,生涯スポーツにつながることになる.
 第2の問題は,子どもの心身の発達的特性や運動の特性との関連を考慮して,合理的な運動実践によって,望ましい発達,健康増進,体力の向上をねらいとしなければならない.従来,運動はからだの発達に刺激を与えるものとして,子どもの発育に適応する合理的な刺激の与え方を中心課題としながら,目標の設定,指導の重点をそこに置いた.したがって,生理学・解剖学などの基礎科学のもとに,体力づくりの必要性や方法化が研究されている.しかし,教育の効果は学習者の実態に合った(欲求や目当て)課題と学習が基本的条件であるから,教師の側から体力づくりを強調したり,特定の運動をセットして果たせても,子どもがその必要性を認識しないかぎり,持続性がない場合が多い.
 健康の増進や体力向上を目指す教育は,運動に対する興味や関心を深め,意欲的に実践する態度の育成が大切である.健康増進や体力の向上に運動の効果が強く影響することや,自己の心身の状況に応じた運動の必要性を理解させることは,健康や体力に関心を持ち,積極的に運動を実践することになる.
 自己のからだの現状に基づいて,健康的生活,健康増進,体力向上のためにどうすればよいかといった基本的な問題を実践する学習が中心になる.そのことは,教科体育だけでなく,学校教育全般にわたる教育的課題であるとともに,子どもの生活背景全般にかかわる問題でもあるので,家庭生活,地域社会での問題とも関与する.
 本研究が,小学校における体力づくりの必要性に基づいて,学校教育を中心とした実践的研究を対象とするのもこの点にある.
 このような視点から,本研究の中核は,学習によって運動の楽しさを身につけさせ,運動の生活化を生涯スポーツ活動につなぐとともに,健康増進や体力向上のための運動の自発的実践を学習に位置づけ,生涯の健康や体力の問題を積極的に促進しようとする能力や態度の育成を設定する教育的研究課題に取り組もうとするものである.

「デサントスポーツ科学」第2巻/公益財団法人 石本記念 デサントスポーツ科学振興財団
研究者名 矢野久秀*1, 丹羽昇*1, 阿部正臣*2
大学・機関名 *1 東京学芸大学, *2 文京大学

キーワード

学校体育体力向上健康増進小学校児童