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二村 竜佑

二村 竜佑

化学コース

講座:物理化学分野
略歴:
2012年3月信州大学総合工学系研究科博士課程修了後、信州大学エキゾチックナノカーボン研究拠点、環境・エネルギー材料科学研究所 博士研究員、特任助教(2018年度)を経て2019年4月より現職。専門分野は『ナノ空間科学』。
キーワード:ナノ空間科学
ホームページ:http://science.shinshu-u.ac.jp/~tiiyama/
SOARリンク:SOARを見る

微小空間を最大限に利用しよう!

皆さん「ナノ」という言葉を聞いたことがあるかもしれません。「小さい」と意味で、身近にある電化製品などでも名前として使われています。ナノは科学から一般に浸透した言葉で、10-9 (= 0.000000001; 0が9つ並ぶ)を表し、物理単位と一緒に出てきます。1ナノメートル(0.000000001 メートル)や1ナノ秒(0.000000001秒)というのは非常に小さなスケールの大きさや時間を表すのに便利な表現です。これから派生してナノは小さなものを表す象徴的な言葉として身近に定着しました。我々人間にとって1ナノメートルは目では捉えることができないほど非常に小さな大きさですが、化学の主役である分子たちにとって1ナノメートルは自分たちより少し大きなサイズになります。私たちはナノメートルサイズの空間に閉じ込められた分子集団の振る舞いについてX線散乱測定などの測定手段を用いて研究をしています。この「ナノ空間」で、分子たちは通常では見せてくれない顔を見せてくれます。最近の私たちの研究では「塩」の一種であるイオン液体をナノ空間に閉じ込めると、非常に興味深い性質を示すことがわかってきました。

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カーボンナノ空間では、プラスのイオンとマイナスのイオンからなるイオン液体のクーロン力による秩序構造が一部崩れた!


「塩」というと皆さんは食塩を思い浮かべるかもしれません。確かに食塩も「塩」の一種です。食塩は化学の言葉では塩化ナトリウムといい、塩化物イオンとナトリウムイオンが規則的に並んだ結晶構造を形成しています。この結晶構造は非常に強く温度が800℃でも液体にはなりません。これはイオン間に働く強い力(クーロン力)に由来します。皆さん、中学校の理科の時間を思い出してください。「プラスとマイナスの電荷は強く引き付け合い、プラスとプラスまたはマイナスとマイナスの電荷同士は強く反発し合う」というクーロンの法則を勉強したと思います。このクーロン力のため塩化ナトリウムはプラスのナトリウムイオンとマイナスの塩化物イオンが強く引き付けあい、交互に並んだ結晶構造を形成するのです。一般にイオン結晶(塩)は融点が高く、数百度に加熱しても結晶構造を保ちます。しかしながら近年、イオン結晶と同じようにプラスとマイナスのイオンのみから構成されていながら、室温でも液体である「イオン液体」という新しい物質が合成され、注目を集めています。これは食塩水とは異なり、水を加えていなくても液体なのです。つまり純粋に「イオンのみからなる液体」です。このイオン液体はイオンならではの特長を数多く有しています。例えばイオン液体は添加物なしでも電気を流すことができます。皆さん水は電気を流すと思っているかもしれませんが、実は水はイオンを溶かさないと電気を流しません。このような特長により、イオン液体は近年様々な応用分野から期待を集めています。

我々はこのイオン液体をナノ空間に閉じ込めることで、イオン液体の新たな側面を見ることに成功しました。壁がカーボンで形成されたナノ空間では、イオン液体のクーロン力による規則構造が崩れるのです。先に述べたようにクーロン力は非常に強い力であり、液体であるイオン液体でもプラスイオンの周りにマイナスイオンが近づいた規則構造を形成しています。それがナノ空間ではマイナスイオンの周りにマイナスイオンが近づけるのですから、いかにナノ空間が特殊な空間であるかということがわかるかと思います。このことはナノ空間の壁であるカーボンが持つ高い電気伝導性に由来しています。カーボン細孔壁がイオンの反対の電荷に帯電するために、同じ電荷のイオン間の反発力が弱められ、同種イオン同士が近づくことが可能になります。このように、研究では一見すると常識とは矛盾する現象が起こり我々科学者の頭を悩ませますが、なぜそのようなことが起こるのかを突き詰めて考えて理解するのが科学の醍醐味(だいごみ)だと思います。わからなかったことが理解できるようになると、他のことでは得られないような達成感が得られます。

我々の次の目標として、ナノ空間を持つ「多孔性材料」とそのナノ空間に「吸着した分子集団」が合わさることで初めて生じる新たな機能を見出し、有効に利用することを目指しています。多孔性材料、また吸着分子のみでは生じない機能を、ナノ空間と吸着分子のシナジー効果によって発現させるのです。そのためには、どんな機能が期待できるのかを考え、多孔性材料と吸着分子の種類などをよく考えて研究をスタートさせる必要があります。さらに、ナノ空間で吸着分子がどんな構造になるのか理解も必要でしょう。我々の研究はまだスタートしたばかりです。

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電場を印加した時のスーパーキャパシタ内部での分子集団の構造変化を捉えた(a)電場印加によるマイナスイオン周りの第一配位圏の各イオンの割合の変化(b)作成したin-situ X線散乱セル。スーパーキャパシタは多孔性材料である多孔性カーボンと吸着分子であるイオン液体により電気エネルギーを蓄えることができる。多孔性材料だけもしくはイオン液体だけではスーパーキャパシタにはならない。


高校生へのメッセージ

化学の道に進んだ理由
 私は記憶することが苦手です。高校や中学で習った歴史の年号は大半忘れてしまいました。元素記号やイオン化列などから化学は暗記科目と思う人もいるかもしれませんが、私はそうは思いません。というか、少なくとも私にとっては暗記科目ではありませんでした。高校化学では、過去の偉人たちが実験を繰り返し、得られたデータから導き出された数多くの法則などを勉強しているかと思います。化学では膨大なデータを1点1点覚える必要はないのです。つまり大きな枠である法則さえ理解できれば、あとはそれにあてはめさえすれば問題は解けてしまいます。元素表も法則性があって元素が配置されていることを理解すると、私にはすんなり覚えられました。今思うと私は膨大なデータから規則性を導き出した過去の偉人たちの観察眼に興味を持ち、化学の道に進もうと思ったのかもしれません。

大学進学に向けて
 高校卒業後就職するのも選択肢の一つだと思いますが、大学進学も1つの選択肢です。どちらが正解ということはありません。ただ大学教育に関わる者としていえることは、大学へ行くと自分でできることの可能性が広がります。それは勉強もそうですが、人とのつながりもそうです。大学に進学する人はまだ自分が何をしたいのかわからないという人もいるかと思いますが、私はそれでもいいと思っています。大学にいるうちに楽しいと思うことが出てくるかもしれません。その時に、自分が持っているスキルが足りなければ勉強し、自分を高めていく。それが高校までの教育とは異なる、大学教育なんだと思います。大学教員はそんな大学生をサポートする存在です。

私の授業の内容
 化学実験や物理化学実験を担当しています。座学と違って手を動かさなくてはなりませんが、手を動かすと頭が回ってきます。また実験でいろんな経験を積むことで、自分のできることが広がっていきます。学生の皆さんにはそんな実験の醍醐味を知ってもらいたいです。