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全研究総覧

水資源と水利用からみた中山間地域の再生・持続モデルについて-長野県飯田市遠山郷下栗の里を例として-―

はじめに

我が国の中山間地域では、過疎化、高齢化、耕作放棄、森林荒廃、自然災害、獣害などが同時多発的に発生し、住民の生活基盤のみならず地域古来の文化や伝統までもが失われようとしている。従来、中山間地域は貨幣換算では計り知れない価値を持つ森林を保全し、国土の清浄な環境を維持する重要な機能を果たしていた。しかし、現在、経済のグローバル化に伴って木材価格が極端に下落する中で、中山間地域は例外なく疲弊し、山村が放棄される事態に立ち至っている。
このような危機的状況なかで、深く静かに進行しているのがグローバル資本による森林の売買である。林業の将来見通しがたたない林地の所有者が安価で民間資本に土地を手放なす事例が国内各地で散見されるようになっているが、森林資源や水資源への投資目的の私有林の売買は、様々な公益的機能を持つ基本インフラを著しく損なうことにもなりかねない。
森林は二酸化炭素を吸収し、地球温暖化防止に重要な役割を果たしているだけでなく、洪水防止や水資源の安定供給にとっても不可欠の存在である。特に、地球温暖化により水資源の偏在化が地球規模で深刻化している現在、清浄な水はブルーゴールドの呼ばれるまでに希少価値を高めている。森林はまさにブルーゴールド製造装置であることを再認識したい。
本研究では、長野県飯田市上村下栗を対象地域として地域の水源の水質調査を実施し、その価値の検証を行った。以下にその概要を報告する。

方法(調査地)

調査地域である長野県飯田市上村下栗(図1参照)は、「天空の郷」、「日本のチロル」、「原風景が残る場所」、「霜月祭り」、「下栗芋」、「日本の里山100 選(2009 年朝日新聞社)」などでもよく知られ、地域社会、行政、研究機関等の協働で様々な取り組みがなされている。遠山郷とも呼ばれる上村"下栗の里"は、標高800m~1100m で、極めて過酷な条件の下で、高地の栽培に適した蕎麦、二度芋、トウモロコシ等などの栽培が行われ、60数世帯、150 人余り(2005 年時)の人々が自然と共生している。しかし、この里山は最大傾斜40度近くの急傾斜地にあり、農業を続けていく事は難しく、農地の耕作放棄や農業用施設などの管理放棄、里山の放置、国土保全機能の低下、そして土砂崩れなどの災害への懸念などに加え、集落の過疎・高齢化などと相まって、下栗地区は限界集落化し、消滅の危機にさらされている。本地域では既に多くの検討と事業が実施されているが、本研究では今までの取り組みになかった「極上の飲料水」という視点から、地域活性化・地域再生を探ってみる。
3ヶ所採水地点は図1(右図)に示す、下栗、須沢、上村一本木の3ヶ所である。写真1~3 に示すように、いずれも岩盤亀裂からの湧水である。下栗湧水は、集落の重要な水源になっており、下栗高原ロッジなどでも利用されている極めて上質な湧水である。須沢湧水は下栗より標高の低い地点で湧出している湧水で、山神命水と命名され、祠がまつられているところから、古くから地域の貴重な水源となってきたことが分かる。上村一本木の湧水は下栗とは反対側の西斜面道路脇で湧き出している湧水である。
測定した水質項目は、一般水質項目の電気伝導度(EC)、pH、温度、溶存酸素(DO)、酸化還元電位(ORP)、アルカリ度、フッ素(F)、塩化物(Cl)、重炭酸(HCO3)、硝酸(NO3)、硫酸(SO4)、カルシウム(Ca)、マグネシウム(Mg)、ナトリウム(Na)、カリウム(K)、および滞留年代調査のためのフロン類(CFC12,CFC11,CFC113)である。


図1 飯田市上村下栗の位置図と採水地点


写真1 下栗の水源湧水


写真2 須沢の山神命水


写真3 上村一本木の湧水

結果と考察

水質分析の結果、下栗湧水は塩化物濃度、硝酸濃度が極めて低く、飲料水としては極上の水質であることが確認された。CFCsによる湧水の年代測定では、24年前に雨水から涵養された地下水であると推定される。一方、須沢湧水は、電気伝導度、硝酸濃度、塩化物濃度が他の湧水と比べてやや高いことから、多少生活由来の物質の影響を受けているが、飲料水としては極めて良質であり、CFCsによる湧水の年代測定では、1996年に涵養した水(RT=14 年)とCFCの影響を受けていない古い水が各々、およそ85%,15%の割で混合した地下水であると推定される。上村一本木湧水は、塩化物イオンがやや多いものの、溶存イオンが3地点中最も少ない湧水で、CFCsによる湧水の年代測定では、1984 年に涵養した水とCFC フリーの古い水が各々、およそ50%, 50%の割で混合した水であると推定される。

図2はヘキサダイアグラムを用いて、各湧水の水質を示したものである。いずれも、カルシウム-重炭酸型の水質であり、雨水により涵養された地下水であるといえる。トリリニアダイアグラム作成用のデータ分析でも、各水質ともカルシウムとマグネシウムが約90%を占め、重炭酸も約80%を占めることから、この地下水は流動性の高いアルカリ土類炭酸塩を主とする地下水に属することが分かる。

今後の方針と計画

地域活性化に係わる「水」のあり方に「水」のブランド化が考えられる。南アルプスの西側に位置する下栗地区は、年間の降水量が2000~2500mmと想定され、南アルプスを水源とする良質で豊富な地下水資源が期待できる。そこで、「おいしくて良質な水」を使った特産品の展開が、地域再生の鍵になる可能性があると考えられる。
コカコーラ1やサントリー2のような清涼飲料を取り扱う会社では、近年積極的に水資源保護プロジェクトを推進しており、水源の水質水量を左右する森林保護の重要性を伝えるために植林や自然観察会などの活動を展開している。このような取り組みを地元の意識の高い企業を巻き込んで、地域社会が主体となり行うことも水ブランドの発信の仕組み作りに繋がるのではないだろうか。また、下栗を含む遠山郷は天竜川水系の水源地であり、水系下流域の磐田市や浜松市などは治水・利水の両面からその恩恵を受けているとも言える。
山間地農村の持続的な繁栄は、山地の荒廃を防ぎ緑のダムとしての機能を保持することになる。本研究が、森林の保全を担う中山間地域再生の一助となれば幸いである。

研究者プロフィール

藤縄 克之
教員氏名 藤縄 克之