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全研究総覧

菊イモ栽培支援による中山間地再生モデル構築の試み 【地域】 阿智村

はじめに

中山間地域では高齢化が進み,耕作放棄地や遊休荒廃地対策が急務の課題となっている。特に棚田では荒廃農地の拡大が深刻化しているとされる。そのような中で,農薬や肥料が必要なく,手入れもほとんどいらない北米原産の菊イモ栽培が注目されている。中山間地振興と地域再生のために,地域資源利用型農業の確立が求められており,栽培が容易な菊イモは高齢化が進んでいる中山間における棚田維持という側面から大きな期待が寄せられている。本研究では,菊イモに多く含まれている可溶性食物繊維のイヌリン及び機能性ポリフェノール化合物として注目されているサポニンに着目し,免疫賦活能や抗菌・抗ウィルス能などの生理機能を調べる。同時に芋表面が平滑で加工特性にすぐれた菊イモの育種を試みる。これまでに菊イモ栽培の実績がある長野県阿智村をモデル地域として,農商工・産学官連携による栽培支援,商品化及び特産化支援による介入実験を行い,中山間地再生,持続的地域発展のための方策を探る。
芋表面が平滑な菊イモの育種が完成すれば,地域ブランド化も可能であり,差別化を図ることが出来る。本研究では,菊イモの根茎部分の機能性食品として価値に加えて,野菜としての価値や花の花卉園芸的価値の活用の可能性についてもふれ,菊イモ導入の経済効果を総合的に評価し,持続的地域発展とはいかにあるべきかについて考察する。

方法(調査地)

(1)長野県下伊那郡阿智村における現地調査
 平成22年6月7日,教員2名学生5名の合計7名で阿智村役場を訪問し,岡庭一雄村長及び園原一吉ふるさと整備課長他5名の役場関係者と阿智村の農業の現状と課題に関する懇談会を開催し,その後,菊イモ栽培圃場及び加工場の見学を行った(補足資料1)。また,平成22年8月3日には村役場で開催された阿智村機能性食品推進協議会にて菊イモの高度有効利用に関する協議を行った。
(2)菊イモイヌリン及びサポニンの機能性試験
 まず,菊イモからイヌリン及びサポニンを迅速・簡易に分画する方法について検討し,次にこれらの成分の抗アレルギー性についての実験を行った。
(3)菊イモの栽培実験
 信州大学農学部構内ステーションの一画に種イモを植え付け生育観察を行った。また,単位面積当たりの収量を求めた(補足資料2)。並行して,加工特性に優れた菊イモの育種を目指して茎頂培養の手法を用いて,ウィルスフリー株の作成を試みた。

3.結果と考察
(1)現地調査結果
 村の総面積の約9割を山林が占める阿智村は,過疎化と少子高齢化によって耕作放棄地の増加が大きな問題となっている。村の統計によると,この15年間に農業従事者は21%,経営農地面積は40%減少したとされている。遊休荒廃農地は184haに及び,その内2/3は復旧不可能と判断されているが,それらを何とか復活させ地域産業や観光と結びつけようとして,村は菊イモの植栽を奨励するとともに平成18年度には「地域再生担い手等育成支援事業」(国土交通省)支援を受け加工処理場を整備した(補足資料1)。
(2)イヌリン及びサポニンの分画について
これまでに,菊イモからイヌリン及びサポニンを選択的に抽出し,分離精製する方法を確立した。イヌリンは水溶性多糖類に属することから冷水抽出とアルコール沈殿法を併用することによって容易に精製することができることが分かった。一方,サポニンについては70%エタノール抽出とイン交換樹脂(アンバーライトXAD)によって分離精製が可能であることが明らかにされた。この結果を異なる視点で見ると,図1に示すように,不快臭がなく褐変しない菊イモ食材の開発に繋がることが期待される。
(3)菊イモイヌリン及びサポニンの機能性について
図2に示すように,スギ花粉抗原cry j1を繰り返し鼻腔内に暴露することによって花粉症モデルマウスを作製し,このアレルギーマウスに対して菊イモイヌリン及びサポニンを含む食事を自由摂取させた。定期的(34~83週)に血液を採取してIgEの変化を追跡した。その結果,未処置のものに比べて明らかなアレルギー症状の低減化効果が認められた。今後,この現象の再現性についての検証を進め,同時にメカニズムの解明に迫りたい。菊イモイヌリン及びサポニンの機能性については,アレルギー改善効果の他にも抗菌・抗ウィルス能などを示す可能性も掴んでおり,この点については次年度以降の検討課題としたい。
(4)菊イモ栽培について
農学部構内ステーションの一画において,菊イモを栽培し,①植え付け密度と収量との関係及び②管理下栽培に関する検討を行った。その結果,“一株”から平均して2.6kgの菊イモ生産物を得ることができた。種イモの大小と収量との間には相関関係はないこと,断片やかけらでも一旦植物体となれば一株の菊イモとしての収量が確保できることが明らかになった。ただし,密植度合いが過ぎると収量は減少する傾向にあることが示された。菊イモは一旦植えつけるとコントロールを外れて勝手に繁茂してしまうのではないかとの懸念がある。その一方では,菊イモは,湿気に弱く生育を律速する土壌成分があることから無暗やたらには蔓延らないことも知られている。そのような視点で,現在,管理下に栽培するための条件設定を行っているところである。この点は今後の継続課題である。
(5)加工特性に優れた菊イモの育種について
 菊イモは表面が粗造であり,加工する際の大きな障害となっている。そこで本研究では,右図に示すような茎頂培養の手法を用いて,ウィルスフリー株を作成することを試みた。その結果,いくつかの茎頂培養体を得ることに成功したが,その後の管理が不十分でコンタミネーションが発生してしまい,現時点で植物体となったものを得るに至っていないのが現状である。この点についても今後の継続課題としたい。

結果と考察

図1 イヌリン及びサポニンの分画図1 イヌリン及びサポニンの分画 図2 アレルギー実験方法図2 アレルギー実験方法

菊イモはイヌリンやサポニンといった機能性成分を多く含むことから潜在的に付加価値の高い農産物である。高イヌリン含有で多収量かつ芋表面が平滑で加工性に優れた菊イモの育種に成功すれば,差別化もはかられ,研究成果は,遊休荒廃地対策,耕作放棄地の有効活用につながることが期待される。今後はメインフィールドである長野県阿智村において収穫逓減(一定の土地で農業生産を行う場合,それに加えられる資本と労働力の増加に比例して生産量も増えるが,ある限界に達すると生産量の増え方が徐々に減って行くという現象)率の試算も行う。菊イモの黄色い花はそれだけで見栄えがよくなり,観光資源としての付加評価もある。次年度以降には,長野県の典型的な中山間地である長野県阿智村において,菊イモ栽培による地域再生のための介入実験(実証的研究)を行いたい。

研究者プロフィール

中村 宗一郎
教員氏名 中村 宗一郎
所属分野 農学部 応用生命科学科 応用生物化学分野
兼担研究科・学部 大学院総合工学系研究科
所属学会 日本農芸化学会
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