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全研究総覧

南フランスのオート=プロヴァンスで作家活動を行ったジャン・ジオノの研究 ―職人や農民の手仕事と自然環境を重視するジオノの小説から農山村の可能性を探る―

はじめに

フランスは、パリを除けば全土が地方と形容できる国である。国民の大多数が田舎に住んでいることになる。そうした状況のなかで、生涯南仏オート=プロヴァンスのマノスク(人口2万人)に住み続け、多数の傑作を産みだしたジャン・ジオノは、作品がその地方の自然や人間を活写していることもあり、多くのフランス人に愛読されている。国民的作家と形容できる。
ジオノの作品に描かれている南仏オート=プロヴァンスの町や村や人間を通して、まだまだ発掘されるにいたっていない日本の地方都市の可能性を考える。

方法(調査地)

南仏オート=プロヴァンスを訪問し、その土地のさまざまな住人たちから聞き取り調査を行い、彼らの価値観や生き甲斐などを調べるとともに、ジオノ作品に出てくる村や高原や廃墟などを訪ねることにより、この地方の生活環境の歴史を調査する。

結果と考察

人口が2万人の町といえば日本では小さな町だと思われるのが普通だが、フランスでは事情が異なっている。じつはジオノが生涯を過ごしたマノスクという町はオート=プロヴァンス県最大の〈大都会〉なのである。フランスでは村が合併するということはあまりなく、人口が100名もあれば、立派な村である。

ジオノは生きるために必要な水と空気と樹木(森林)を作品のなかに積極的に取り込んだ。同時に農民や職人のたゆまない労働に敬意を払い、自作のなかに彼らを登場させている。小説である以上、すべての物語がハッピーエンドを迎えるというわけにはいかないが、豊かであると同時に厳しさをもあわせ持っているオート=プロヴァンスの現実を描写することに成功した作家である。マノスクはジオノでもっていると言っても過言ではない。

私は木村先生とともに2010年の8月から9月にかけて当地を訪問し調査したが、その一端を紹介しておきたい。

マノスクの北北西約30キロに位置しているバノン(人口約千人)の5キロほど北にルドルチエという廃墟がある。1918年に最後の住人が死亡して以来、この村は廃墟になっている。当時からこの村を何度も訪れていたジオノは、この村の歴史や、廃墟になってしまった経緯について、彼の物語のなかで何度も言及している(『丘』、『二番草』、『木を植えた男』など)。さらにこの廃墟のすぐ北にある戸数が7から8の寒村ル・コンタドゥールの住人たちの生き甲斐についてもジオノは物語のなかで考えてきた。

こうした廃墟や寒村が再生するにはどうすればいいかといった可能性を探る長篇物語『喜びは永遠に残る』では、住人が自然に心を開くことにより豊かな自然の富を感じ取れるような感覚が研ぎ澄まされていき、隣人と協調して暮らしていくことによりお互いの生き甲斐を尊重することなどが可能になっていく様子が生き生きと描かれている。

『二番草』では、狩猟を生業にしていた主人公が、結婚すると同時に、平均した収穫が期待できる農業に目をひらいていくことによって、主人公夫婦は満ち足りた暮らしをすることができるようになっていく。彼らの収穫した小麦の素晴らしさを物産市で目にすることができたある男が、家族とともに主人公たちの近くに移住してくる。やがて、この土地で農業に精出す住民が増えていくだろうという希望が感じられる作品に仕上がっている。

こうしたジオノの物語の舞台を提供している村や高原などを訪ねると同時に、ジオノ協会の本部やサントル・ジャン・ジオノ(ジオノ・ジオノ・センター)を訪問して、ジオノの文学創造の源泉を探ろうと努めたのはもちろんのことだが、同時にこの土地の特産品であるラヴェンダーやオリーヴオイルなどの産地を調査し、販売状況なども見聞した。

オリーヴオイルの場合を簡単に紹介しておこう。

オリーヴオイルはこの土地の食生活に深く根ざしている。オリーヴの木を植林し育てることはこの土地の伝統を受け継ぎ、発展させていくことである。この土地で収穫されたオリーヴを一手に引き受けて、オイルを作り、販売している「ル・ムーラン・ド・ロリヴェット」の社長クリスチャン・テスタニエール氏を8月27日に訪問し、「オリーヴによる伝統の維持」に関しておおよそ次のような話を聞き取ることができた。

1)市民がオリーヴという伝統(食文化として、さらに火事から土地を守るということ)を維持するために、オリーヴの木を植え、育てている。農業の専門家ではなく、例えばゴルフをやる感覚で、楽しみながら木を育てている。自分は300本ほどのオリーヴの木を持っている。面積は1000平方メートル。所有者の平均は30本程度である。
2)農業の専門家ではないので、お互いに情報の交換をする。そうすることにより、伝統に対する意識の向上と、住民同士の交流が可能になっている。
3)オリーヴの生産は経済的にも利益をもたらしてくれる。収穫はそれぞれの家庭で行い、オリヴェットに運び込んでもらう。そしてオイルの生産・販売はオリヴェットが担当する。
4)フランスでのオリーヴ・オイルの生産は少なく、国内消費量のわずか5パーセントにすぎない。大部分をイタリアやスペインなど、外国からの輸入に頼っている。
5)オリーヴの木の敵は低い気温と火事である。マイナス10度から15度が限界である。マノスクの年間降水量は600から700ミリリットル。信州松本の雨量は約1000ミリリットルなので、そしてオート=プロヴァンスと同じく太陽光線にも恵まれているのでオリーヴの木の植林は、その樹種などを慎重に検討すれば、可能かもしれないと感じた。
いずれにしろ、食文化の伝統を維持するためにオリーヴを市民が育てるという考えは健全なものであるので、将来、大いに発展していく可能性が感じられた。日本の農山村でもこの考えは取り入れ、発展させていけるかもしれない。

今後の方針と計画

ジャン・ジオノの作品の研究を深めることにより、論文を書き、ジオノ作品の翻訳出版の可能性を探り、講演会などを積極的に受け入れ参加する。
可能なら、オート=プロヴァンスを再訪し、ジオノ作品に背景を提供している村や川を訪れ、現地のさまざまな生産物(ハチミツ、トリュッフ、ソーシッソンなど)の実情を視察する。

成果

☆論文
山本省、ジオノ文学における水の役割、信州大学人文社会科学研究、第5号、19-35頁、平成23年3月。

☆報告書
山本省、文学と山歩き―原始人のような体験について―、2010年度 人文社会科学分野G.E.プロジェクト―「環境」への人文・社会科学的アプローチ―、2011年3月、52-58頁。

☆エッセー
南仏プロヴァンスの旅(2010年夏)、クインテット、第30号、2010年11月、61-86頁。

☆講演会
1)山本省、ジャン・ジオノの世界―自然の生命が躍動する南仏プロヴァンス―、2010年11月14日、ビュフェ美術館(静岡県)。
2)山本省、文学作品から見た信州の自然とその魅力、2011年1月29日、烏川渓谷緑地。

研究者プロフィール

山本 省
教員氏名 山本 省
所属分野 全学教育機構 言語教育センター
所属学会 京都大学フランス語学フランス文学会、Association des amis de Jean Giono
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