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全研究総覧

音響、特に超高周波音を利用した野生動物の行動把握と獣害対策への応用に関する研究 【地域】 飯田市上村下栗地区

はじめに

中山間地域では高齢化と過疎化が進行し、その結果として、耕作放棄地の増加、鳥獣害の発生など深刻な事態が生じている。特に鹿や猪をはじめとする野生動物による獣害被害が深刻であり、中山間地域の狭い田畑を電気柵などの防護柵で防御して、細々と耕作している。度重なる獣害により耕作を放棄せざるを得ないなど、中山間地域での獣害対策は急務である。
野生動物による獣害被害は太古の昔から存在することであるが、近年の獣害は中山間地域の過疎化に伴い、野生動物の生息する森林地域と中山間地域との境界が曖昧になり、野生動物が容易に耕作地へ侵入できるようになったことが要因の一つであり、獣害被害は拡大傾向にある。獣害対策として、鹿や猪などの野生動物の狩猟圧(捕獲圧)を高め、個体数を減らす努力は必要である。がしかし、駆除だけで個体数を制限することは困難である。また、捕獲ばかりに力点を置き、加害する野生動物を捕獲したとしても、加害する野生動物を作り出しながら捕獲するという悪循環になるだけである。したがって中山間地域での獣害対策には、野生動物の生息域を制限することが重要で、耕作地に侵入できない環境を作る必要がある。
我々人間が生活する空間には人から無数の様々な音が発せられている。野生動物はこの人から発せられる音を注意深く聴きながら、人との出会いを避けながらひっそりと生息している。人の聴力は野生動物をはじめ他の動物種に比べ著しく劣っている。例えば犬は、高い音や小さな音を聞き分ける能力が、人間よりもはるかに優れている。人間が知覚できる音の周波数(可聴域)は20Hzから20kHzまでであるのに対して、犬は40Hzから65kHzと超音波域までを聞き分けることができる。昔の中山間地域では犬が放し飼いにされ、犬は野生動物の動きを聴覚により把握し、野生動物の侵入を阻止していた。少なくとも犬が聴覚を利用して野生動物の動きを把握できることから、野生動物から発せられる超音波域を含む音響を利用して野生動物の動きをモニタできるものと考えられる。
野生動物の動きを、音を利用して監視することができれば、耕作地への野生動物の接近を感知して、野生動物に適時に加害することができ、侵入の阻止とともに野生動物に負の学習効果を与え、獣害を抑制できると期待される。そこで本研究では、音響とくに超音波を利用して野生動物の行動を監視する手法を検討するとともに、野生動物の耕作地への侵入阻止に同手法を応用することを目的とする。まず初年度において、1.野外での音のモニタリング、2.野外での超音波のモニタリング、3.高性能マイクと録音機器を用いた野外での音のモニタリング、の3つの項目についてそれぞれ検討を行った。

方法(調査地)

(1)野外での音のモニタリング:マイクとアンプによる簡易な聴音装置を用いて野外の音を増幅して直接耳によるモニタリングを行った。
(2)野外での超音波のモニタリング:超音波域の音は人間の耳では直接聞くことが出来ない。そこで超音波の音を可聴域にリアルタイムで変換する超音波検知器(Petterson社Ultrasound Detector D230)を用いて、野外環境での超音波のモニタリングをリアルタイムで行った。
(3)超高性能マイクと録音機器を用いた野外での音のモニタリング:超音波を含めて野外の音を録音するには、超高周波音を含む広帯域を集音できる超高性能マイクと、高いサンプリングレートで記録できる録音機が必須である。そこで50kHzまで集音できるマイク(Earthworks社、M50)およびプリアンプ(Lunatec社、V3)、さらにデジタル録音機(Teac社、TASCAM HD-P2)を用いて、超音波を含めた野外の音を、サンプリングレート192kHzでwav形式の音声ファイルで録音した。さらに音声ファイルをオーディオ解析ソフト(Sony社、Sound Forge Pro10)を用いて再生および解析を行った。また、パラボラ集音器(Sony社、PBR-330)の有無により音の指向性の違いについても検討した。

結果と考察

(1)野外での音のモニタリング:簡易聴音装置を使用することにより、耳だけでは聞こえない微かな様々な音を聞くことができた。すなわち、遠く離れた場所での車や人の作業音や、キツネや野鳥の鳴き声など、日頃の生活では全く気がつかないような実に様々な音が野外には存在していることがわかった。
(2)野外での超音波のモニタリング:特定周波数の超音波を可聴域にリアルタイムで変換しながら野外の超音波を聴音した結果、野外環境において実に様々な高周波音が存在することがわかった。地面の枯れ草や落ち葉を踏みしめた時に、人間の耳では全く聴くことのできない約30kHzの高周波音が非常に強く発せられていた。また、雪上を移動した場合に約40kHzに強い音響が認められた。風による木々の音などとは別に人や動物の移動に伴って様々な高周波音が発せられていた。これらのことから、高周波音を利用して動物の動きをモニタできる可能性が示唆された。しかしながら、集音性能や変換周波数の設定、周波数間隔や感度および雑音への対応など、多くの改良・工夫が必要であることが明らかになった。さらに目的の音を的確に捉える手法の開発などさらなる改良が必要であった。
(3)超高性能マイクと録音機器を用いた野外での音のモニタリング:野外録音について検討したところ、耳で実際にリアルタイムに聞いている音よりも臨場感あふれる音が録音され、人間の耳では聴こえていない数多くの音を記録することができた。またオーディオ解析ソフト上で再生とともに、音の解析および編集が可能となった。またパラボラ集音器を利用することにより、より指向性を強くして集音が可能となった。しかしながら、超音波域のある特定の周波数の音のみを抽出し、その音を可聴域に変換するなどのような高度の編集は今回利用してソフトでは不可能であった。今後、目的の編集が可能なソフトの検索やソフトの自作など検討を加える必要がある。

今後の方針と計画

以上、本研究により可聴域から超音波域までの音をモニタすることにより、動物の動きを検出できる可能性が示された。今後は実際に野外にて野生の鹿や猪など野生動物の音を録音し、その音を解析する予定である。そのためには野外での自動監視・録音システムを構築する必要がある。また、特定周波数の音のみの抽出や音の解析を進めて、音のパターン化を図ることにより、ある特定の音パターンにより動物の動きを検出できるよう詳細な解析を行う必要がある。また、野外環境での検出のためには、雨や風による気候変動の影響などについても検討が必要になるものと思われる。今後さらに本研究を進展させることにより、獣害対策に応用できるものと期待される。

成果

現在まで本研究内容に関する論文あるいは学会発表による成果報告は行っていない。

研究者プロフィール

高木 優二
教員氏名 高木 優二
所属分野 農学部 応用生命科学科 生物資源開発学
兼担研究科・学部 大学院総合工学系研究科
所属学会 日本畜産学会、日本繁殖生物学会、日本哺乳動物卵子学会、International Embryo Transfer Society、Society for the Study of Reproduction
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