信州大学HOME 交通・キャンパス案内

  1. HOME
  2. 全研究総覧
  3. 中山間冷涼地域での有機肥料・減農薬による高品質水稲生産

全研究総覧

中山間冷涼地域での有機肥料・減農薬による高品質水稲生産 【地域】 長野市大岡

はじめに

本研究は、崩壊の危機の水際にある中山間地の小規模稲作を対象とし、以下のような展望で進めている。1) 有機稲作での高品質米生産を目指す農家グループの生産技術の分析を通じ、生産技術の向上を図るとともに、他地域にも適用可能な技術・経験を抽出する、2) 現状分析に基づく今後の展開の提言(1)と2)を総合して、地域再生のための生産技術のモデル化)、3) 農業水系の窒素やリン酸濃度、水温などの調査や地域内での有機物の移動など物質循環的側面の評価(=地域の持続モデル)、などを通じて、地域再生・持続モデルの構築につなげる。初年である本年は1) の段階で、栽培実態の把握を主目的とした。

方法(調査地)

【調査地】長野市大岡の「大岡安心でおいしい米作り研究会」の会員であるI氏、K氏、H氏の水田(以下、それぞれI水田、K水田、H水田と記す)で調査を行った。各水田は犀川に面する標高450 m~900 mの谷の西側斜面に位置し、その標高は500 m(I水田)、630 m(H水田)、750 m(K水田)である。いずれも減農薬・有機肥料でのコシヒカリ栽培を行っている。
【調 査】各水田で、気象環境として日射量、気温、水温を測定した。主要生育ステージ(最高分げつ期、幼穂形成期、出穂期、登熟期)にイネをサンプリング調査し、器官別乾物重と葉面積を求めた。収穫期に各水田で収量調査用株の刈取り(2反復)を行い、収量および収量構成要素を求めた。玄米の食味品質の調査として、タンパク質含量、アミロース含量、脂肪酸含量、食味評価値を求めた。また、玄米の外観品質も調査した。

結果と考察

収穫時までの積算日射量(MJ m-2)は、I水田2256、H水田2315、K水田2202で、日平均日射量(MJ m-2 d-1)は、I水田18.5、H水田18.7、K水田18.5であった。大岡の水田は中山間地に位置することから、アメダスデータによる長野市内での本年6月~8月の日平均日射量20.6 MJ m-2より10%弱少なく、水田間に日平均日射量の差はなかった。また、栽培期間中の平均気温と登熟期の平均気温(本年は6月7日測定開始)は、それぞれI水田24.4℃・25.8℃、H水田23.6℃・24.0℃、K水田22.7℃・23.4℃であった。アメダスデータによる長野市内(観測地の標高は418.2 m)での本年6月~8月の平均気温は24.4℃で、これを基準とすると、標高以外に各水田の気温に大きく影響する要因はないようであった。各水田での気温の平均日較差は、I水田15.6℃、H水田14.7℃、K水田12.6℃で、いずれも大きいが、低標高ほど大きかった。なお、良食味・高品質米の生産には登熟期間の平均気温は23~25℃が適しているとされるが(美味しい米 農林水産技術情報協会 1997)、いずれの水田もこの条件を満たしていた。
I水田とK水田では株当たり最高茎数が27本で、有効茎数が20本程度であったのに対し、H水田では最高茎数17本で有効茎数が15本程度で、有効茎数は他水田の75%と少なかった。H水田は他水田より栽植密度が高かったため、穂数(本m-2)は、I水田とK水田が同程度でそれぞれ342および358に対し、H水田では294で、85%程度となった。地上部乾物重(g m-2)はI水田とK水田で同程度(それぞれ、1021、985)であったが、H水田(841)では低く、各水田の地上部乾物重は有効茎数とほぼ並行関係にあった。10aあたり収量はI水田が最も高く530.9 kgで、次いでK水田が479.5 kgでH水田は374.3 kgであり、収量差は最大で約160 kgと大きかった。各水田の収穫指数は、I水田0.520、K水田0.486、H水田0.445であった。収量は地上部全乾物重および収穫指数の両者と並行関係にあり、両者の影響を受けていた。
各水田での生育期間中の全天日射量(MJ m-2)は2200程度で差がなく、水稲群落の反射日射量にも差はなかった。したがって、平均日較差以外の気象要因には3水田間に差がなかったといえる。一方、水稲群落の吸収日射量(MJ m-2)は、I水田1245、K水田867、H水田1289で、K水田では透過日射量が多かったため、吸収日射量が少なかった。このため、日射の吸収率(吸収日射量/積算日射量)はI水田とH水田では約55%であったが、K水田では39.4%と低かった。日射の収量への転換効率(収量/吸収日射量(kg m-2 MJ-1))は、K水田0.552、I水田0.426、H水田0.290の順で、H水田での効率の低さが目立った。これらのことから、H水田は気象環境的には他水田並みの収量を上げうるとみられるが、低収であったのは、日射の収量への転換効率が低かったことと収穫指数が低かったことの2つが原因とみられる。いずれも、群落構造との関係が深いので、草姿のコントロールに問題があったことが示唆される。H水田では地上部乾物重が最も小さかったことも低収の一因であり、群落構造の問題は登熟期のみならず、栄養生長期にもあったと考えられる。
食味評価値は、H水田は78.5で高く、I水田の76も比較的高い値であったのに対し、K水田は72.5とやや劣った。玄米タンパク質含量は、食味評価値が高かったI水田とH水田で低く、それぞれ5.9%および5.5%で、食味評価値が劣ったK水田では6.6%と高い値であった。整粒歩合はI水田70.0%、K水田64.1%、H水田70.9%で、I水田とH水田では白未熟粒、K水田では青米が多かった。K水田での青米の多発は早刈りが原因とみられる。白未熟粒発生要因の一つに高夜温が挙げられている。調査地は気温日較差が大きく、夜温が低くなるため、全国的に白未熟粒が多発した本年のような高温年には有利な気象環境であると期待されたが、3水田での結果だけをみる限り、日較差が最も大きかったI水田でも未熟粒割合が高く、白未熟粒発生の抑制に特に有利とは認められなかった。
I水田は慣行栽培法と同等の収量で食味も比較的高く、日射の吸収率が高く、環境を効率的に利用していたことから、栽培技術的にみて3水田で最も優れていた。収穫時期の適正化により一層の品質向上が見込める。一方、H水田は食味は最高であったが栽培技術的には改善の余地が大きく、当該地域での栽培技術の平準化に当たってI水田とH水田の詳細な比較が重要になると考えられる。

今後の方針と計画

H水田で気象環境を活かし切れていなかった原因を、I水田との比較を中心に、施肥管理の違いや水稲の初期生育の違いに注目して解析を進める。また、調査地と同程度の標高である信大農学部水田での水稲生育および収量・食味との比較・検討も行う。土壌要因として土壌の化学分析も進め、調査地の水稲栽培の特性を栽培技術要因、気象要因、土壌要因の3側面から解析していく予定である。
成果の公表はまだ行っておりません。

研究者プロフィール

萩原 素之
教員氏名 萩原 素之
所属分野 農学部 食料生産科学科 植物資源生産学
兼担研究科・学部 大学院総合工学系研究科
所属学会 根研究会、ファイトテクノロジー研究会、日本作物学会、日本作物学会北陸支部・北陸育種談話会、International Buckwheat Research Association
SOAR 研究者総覧(SOAR)を見る