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全研究総覧

中山間地域におけるソーシャル・キャピタルの把握と生活環境評価に関する研究

はじめに

「ソーシャル・キャピタル(Social Capital)」という概念が,近年,関心を集めている。この概念は,「協調的行動を容易にすることにより社会の効率を改善しうる信頼,規範,ネットワークのような社会的組織の特徴」であるとされている。中山間地域において,住民活動の活性化におけるソーシャル・キャピタル培養の重要性や,農業・農村振興政策の効率的・効果的な実施のために,ソーシャル・キャピタルを維持・再生する政策の必要性などに目が向けられ始めている。ソーシャル・キャピタルは地域社会にプラスの影響をもたらし,地域社会における様々な問題を軽減,解決できる手段になると考えられる。
このような中で,近年,中山間地域では,人口減少,高齢化,過疎化などによる地域コミュニティの希薄化が著しく,農業生産活動,伝統文化活動,集落共同活動などにおける活力低下を招いている。また,都市縁辺部の農村地域では,住民の地域活動への不参加による地域コミュニティの機能低下が問題視されている。こうした地域コミュニティなどの社会的組織の特徴を表す概念として,ソーシャル・キャピタルを用いることができる。地域社会における様々な問題を,地域生活を把握する上で重要な要素となり得るソーシャル・キャピタルの観点から考察することが考えられる。
そこで,中山間地域の再生・持続モデル構築のため,本研究では,一般的なソーシャル・キャピタルの定義を示し,長野県長野市鬼無里地域,下水内郡栄村,安曇野市におけるアンケート調査からソーシャル・キャピタルの測定方法を検討した。さらに,これに基づき,ソーシャル・キャピタルの形成要因を地区活動の参加意識により分析した。また,ソーシャル・キャピタルが充実することで,その地域における生活が豊かになるというモデルの設定,検証を行った。さらに,その地域における住民の生活環境の評価意識とソーシャル・キャピタルとの関係をモデル化して検討を行った。

方法(調査地)

本研究では,長野県長野市鬼無里地域,下水内郡栄村,安曇野市の全地区を対象としてアンケート調査を行い,地域地区別の比較検討を試みた。鬼無里地域は全20地区,栄村は全32地区,安曇野市は全83地区である。長野市鬼無里地域と下水内郡栄村は共に中山間地域であるが,異なる道を歩み始めた。鬼無里地域は元上水内郡鬼無里村であったが,2005年に長野市に吸収合併された。栄村は合併せずに独自政策で自律の道を歩んでいる。一方,安曇野市は2005年に,豊科町・穂高町・三郷村・堀金村・明科町の5町村が対等合併して誕生した市であるが,その多くが中山間地域である。アンケート調査は,表に示すように,鬼無里地域と栄村では全世帯とし,回答者は世帯主あるいは地区活動について理解されている方とした。安曇野市では20歳以上の住民から住民基本台帳を用いて層化無作為抽出した3,000人を対象とした。調査票の配布方法は,鬼無里地域では,各地区区長さんを通じて全世帯に配布回収してもらった。栄村では,各地区区長さんを通じて全世帯に配布してもらい,郵送で回収した。安曇野市では,郵送による配布回収とした。

結果と考察

地区活動と地区生活について,鬼無里地域では,信頼がソーシャル・キャピタルに大きな影響を与え,さらに,ソーシャル・キャピタルが,地区生活における定住意向や新規住民の受け入れ,生活満足度につながっていることがわかった。したがって,ソーシャル・キャピタルにより,人口減少,過疎化などによる地域コミュニティの希薄化への対策を講じることができると考えられる。栄村では,外部とのつながりに対して積極的であるため,地区機能や地縁的なつながりの低下を補うことができる。これにより,地区が活性化し,栄村は合併せず独自の道を歩んでいくことが可能である。また,ソーシャル・キャピタルを構成する信頼が,定住意向や新規住民の受け入れに影響しており,人口減少,過疎化などによる地域コミュニティの希薄化を防ぎ,自律の道を歩んでいくことができると考えられる。安曇野市では,ソーシャル・キャピタルの醸成に深く関わっている地区活動への参加率が低い一方で,結合型ソーシャル・キャピタルを強化することが,地区活動への参加率維持について有効性が高く,今後は,この点を考慮したまちづくりに取り組むことが,地区活動への不参加などによる地域コミュニティの希薄化への対策として重要となると考えられる。
また,生活環境評価について,鬼無里地域では,生活環境評価は地域資源保全,生活利便性,社会基盤環境により構成され,社会基盤環境が良くなることはソーシャル・キャピタルにプラスの影響を及ぼしていることがわかった。今後,社会基盤環境を向上させるような政策がソーシャル・キャピタル増加に効果的であると推察される。栄村では,生活環境評価は社会基盤および福祉環境,地域資源保全,生活利便性により構成され,地域資源の保全はソーシャル・キャピタルにプラスの影響を及ぼすが,生活利便性の向上は必ずしもソーシャル・キャピタルにプラスの影響を及ぼすとは言えないことがわかった。したがって,生活利便性の向上などの都市化を促す現象が,人間関係の希薄化や地域コミュニティの弱体化につながり,ソーシャル・キャピタルを減少させる側面も持つと解釈できる。安曇野市では,生活環境評価は利便性,環境性,安心・安全性,快適・保健性により構成され,快適・保健性の向上はソーシャル・キャピタルにプラスの影響を及ぼし,さらに,利便性,環境性,安心・安全性が互いに高めあい良くなることで,快適・保健性も高まることがわかった。したがって,地区での生活環境,とくに,快適性や保健性が高まれば,ソーシャル・キャピタルを培養できると考えることができる。

今後の方針と計画

今後,上記の基礎的な知見に基づいて,さらなる中山間地域の再生・持続について具体的な実証を行う予定である。

成果

現在,論文および学会発表に向けて準備中である。

研究者プロフィール

藤居 良夫
教員氏名 藤居 良夫
所属分野 工学部 土木工学科
所属学会 日本都市計画学会、日本造園学会、環境情報科学センター、農業農村工学会、農村計画学会、土木学会、日本建築学会、地理情報システム学会、日本地域学会、日本景観生態学会、日本写真測量学会
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