大阪・関西万博で起こったユスリカの大量発生を覚えているでしょうか?ニュースになったのは万博が始まって間もない初期の頃で、最近では発生量も減少しているため、すでにお忘れの方もいるかもしれません。しかし、実はこの問題を解決するために発足した対策本部の委員長を務めたのは、他でもない本学の平林公男副学長です。国内で数少ないユスリカの専門家であるため対策本部委員長に任命されたのです。大量発生の背景や、対策として講じられた手段など―華やかな万博開催の裏で起こっていたユスリカ対策について、平林副学長に聞きました。ユスリカの大量発生が報道され出したのは、ゴールデンウイークが明けた、5月初旬の頃でした。大屋根リングにびっしりと大量に張り付いた姿に驚いた方も多かったのではないでしょうか。夜の万博来場者を増やそうと、パビリオンのライトアップや噴水ショーなど夜間のメニューを増やしていたさなかに起こったユスリカの大量発生―。博覧会協会は頭を悩ませ、独自に調査も実施したそうですが、結局問題解決には至らず、翌月6月8日に、外部専門家6名からなる対策本部が立てられました。そこで委員長として招集されたのが、平林副学長です。大学院時代から、諏訪湖などでユスリカの研究を続けてきた平林副学長。防除や対策も研究対象としてきたそうですが、実は国内で同様の研究を行っている研究者はほとんどいないそうで、博覧会協会から白羽の矢が立てられたのです。ユスリカは、蚊とよく似た見た目ですが、人を刺すことはありません。川や湿った土など、水のあるところならば「日本全国どこでも見られるポピュラーな昆虫」だと平林副学長は話します。今回万博で発生したのは、ユスリカの中でも「シオユスリカ」という昆虫の一種です。世界的に見ても、大量発生に対し有効な防除を行ったという記録ユスリカ捕獲用トラップ(文・平尾 なつ樹)は少なく、「ユスリカのことを一般の方によく知ってもらうための良い機会だと思った」と振り返ります。対策本部がまず行ったのは、シオユスリカの被害範囲を特定すること。信州大学の研究室で使われていた機器を持ち込み、会場内5か所に設置して、どこでどれだけ飛来しているのかを調べたそうです。この結果、海から50メートル以内の範囲で多く飛来していることが明らかになったといいます。そしてこの調査と平行して調べたのが、シオユスリカがどのような光に誘引されるのかについて。過去の調査では、より強い光に誘引されるという論文があったといいますが、今回行った実験では、光の強さを変えても誘引される個体数には差がないという結果が出たそうです。一方で光の質を変えて調査したところ、比較的波長が短い光に誘引されることが判明。このため「(光の波長が短い)紫外線を出す殺虫機で防除すれば、有効な対策ができるのではないかと思っています」と、平林副学長。多くのユスリカは年に2回、春と秋に大量に発生する習性があるそうで、現在は発生量も少なく落ち着いている状況だといいます。ただ10月13日まで開催される万博期間の中で再び大量発生する可能性もあるため、博覧会協会からは「大量発生する時期を予測してほしい」との要望を受けているそうです。このため、会場内「つながりの海」で採取された泥を毎週1回、クール宅急便で本学まで郵送してもらい、その泥の中にいる幼虫・さなぎの数を平林副学長自ら調査しているとのこと。「現在は一定の数で安定していますが、さなぎの数が増えてきたらそこから近いうちに大量に成虫が発生するという予測が立てられます」と話します。その場合の対策として、前述した光による誘引のほか、薬剤を散布するという案も出ていたそうですが、「“いのち輝く未来社会のデザイン”をうたう、世界的イベントの大阪・関西万博で殺虫剤を撒くのは慎重にならなければならない」と、環境への影響について、十分な調査の必要性を訴えます。また、人を刺すことはないシオユスリカですが、体質によってはアレルギー症状の出る人もいるため、「大屋根リングの周囲を夜に歩く際は注意してほしい」と、博覧会協会からお客様へ呼びかけるそうです。閉幕までわずかとなった大阪・関西万博―開催期間中に再びシオユスリカ問題が起こるのかはわかりませんが、平林副学長らによる調査・対策が実を結び、速やかに収束となることを祈ります!©Expo 202507大量発生を受け6月に発足した対策本部被害範囲と誘引される光の質について調査平林 公男 副学長(入試担当)信州大学学術研究院(繊維学系)教授2024年10月より、2度目の副学長を務める。専門分野は、陸水生態学 (淡水生物学)、環境衛生学、衛生動物学。2024年から日本衛生動物学会の学会長を務める。生物指標を用いた水環境変動の解析を専門に行っており、水生昆虫類の分布パターンや生息密度の変化を調査することにより、生息場所としての水環境の変化を化学指標とともに明らかにしている。秋の大量発生に備えて対策を練るユスリカ大量発生問題解決へ信州大学がサポート
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