1980年に国土庁が作成した4枚の紙の環境区分図を背に、アメリカのイアン・マクハーグの書籍『デザイン・ウィズ・ネイチャー』を手に持つ上原教授信州大学 学術研究院(農学系)上原 三知 教授Integrated Report 2025 Shinshu Universityデザイン・ウィズ・ネイチャーの手法は防災だけでなく、被災地の復興計画にも利活用することができます。東日本大震災で津波、地震、放射能汚染により被災した福島県新地町の復興計画に関わりました。先述の方法で、移転候補地の複合災害リスク評価を行ったことで、工事は迅速に進み、他地域より早く住民が新居に移ることができました。一方で他の被災地では、安全性を欠く土地を造成した結果、巨額の費用と長い時間が掛かり、人口減少を招く結果となっているところもあるようです。―この研究に取り組まれたきっかけは?防災・復興研究の原点は、2011年の東日本大震災です。津波で街が壊滅した被災地の実情を現地で目の当たりにした時、学んできた建築や都市計画の知識が無力に感じられ、この経験が大学で学んだ海外の計画 理 論を東 北の復興に役立てたいという気持ちにつながりました。その意味で私は「まちづくりの医師」になりたいと思っています。従来の防災や都市計画は、いわば「外科手術」に近いものでした。例えば、津波や洪水に備えて巨大な堤防を築くといった対策は、患部を切除して一時的に症状を抑える方法に似ています。しかし、それだけでは本来の生活環境や魅力は損なわれ、長期的に住み続けたいまちにはなりにくいのです。目の前に十数メートルもある堤防のある海辺の街に住む意味は何でしょうか?私が目指す「まちづくりの医師」としての姿は、より総合的で予防的な医療に近いものです。部分的な治療にとどまらず、全体のつながりを調整し、健康なバランスを取り戻す。東洋医学や統合医療のように、体全体を見渡しながら調子を整える発想に近いと言えます。今後は、まちづくりの医師として、東北以外の地域でも取り組んでいきたいと思っています。実際に山形・能登などで調査を行い、従来のハザードマップでは見落とされていた小規模河川や斜面での被害を的確に捉えられることが確認されつつあります。東北以外の複合災害に対しても有効性を発揮できることが示されつつあります。これからもデザイン・ウィズ・ネイチャーの手法を使って、日本防災・復興まちづくりにより一層貢献していきたいと思っています。上原教授の手法は、「災害予測」と「復興計画」の双方に応用可能です。被災前には危険地を避ける予防策に役立ち、被災後には住民の合意形成や復興の迅速化に貢献します。こうした点が総合的に災害対策を捉える研究として国内外で評価されており、例えば、上原教授が策定に関わった、東日本大震災で被災した福島県新地町の復興住宅計画がグッドデザイン賞(2021)を受賞しています。また、実践研究がランドスケープ・アーキテクチャー、計画、エンジニアリングなどの分野で貢献したアジア太平洋地域の傑出した個人を表彰する International Federation of Landscape Architects のAsia Pacific Luminary Award (2023)などを受賞しています。近年、日本では災害が激甚化、頻発化しています。その中で、自分たちの住む地域の災害リスクを適切に評価し、災害に遭わないようにするための防災や、仮に被災しても適切に復興することの重要性がますます増しています。この点に貢献する研究を行っているのが、信州大学 学術研究院(農学系)の上原 三知 教授です。ランドスケープ・アーキテクチャー分野の「デザイン・ウィズ・ネイチャー」理論を応用し、地形・地質・植生など複数の要素の異なる災害リスクを重ね合わせることで、一般的に防災で使われるハザードマップでは評価しきれない災害リスクを示すことができます。ハザードマップでは表現できない複合リスクを示す防災と復興計画両方に応用が可能―研究内容について教えてください。災害予測の手法としてハザードマップが広く採用されていますが、洪水や津波など個別の災害を対象とし、「色あり=危険」と単純に示すため、評価なしの土地が安全と誤解を招く可能性が高い。実際に東日本大震災で大きな被害が出た場所を見てみると、ハザードマップでは安全とされていた場所も多いのです。こうした中で、私は1969年にアメリカのイアン・マクハーグが提唱した「デザイン・ウィズ・ネイチャー」というランドスケープ・アーキテクチャーの理論を、日本の災害対策に応用する研究を行っています。具体的には、1980年に国土庁が作成した4枚の紙の環境区分図(植生・土地利用図、地質図、傾斜区分図、地形区分図)をデジタル化しその区分ごとの複合リスクを重ね合わせ、各地域の災害リスクを評価しています。この手法を使うと、相対的に「どこがより危険か・安全か」をグラデーションで示すことができ、より詳細で正確な災害リスクの評価が可能になります。東日本大震災の被災地の災害リスクを評価すると、実際の被災状況と高い精度で一致することが明らかになっています。18Shinshu University Integrated Report 2025INTERVIEWまちづくりの医師になりたい“本当に安全な場所”を探り出す防災・復興デザイン研究
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