松本キャンパス基盤研究支援センターオープンラボラトリーにて。(いなだ よういち)胞療法を研究レベルから薬事承認に持っていくまでには非常に高いハードルがあるということです。柳生社長は「当初、研究室で効果さえ実証すれば製薬会社が製品化してくれると思っていた。しかし実際には“ビジネスとして成立すること”が証明されなければ製薬会社は動かないという現実を強く突き付けられた」と語ります。CAR-T細胞療法は通常の医薬品とは異なり、患者さんの血液を原料に製剤します。これは製薬会社にとっては大きなリスクを負うものであり、製品化に取り組むうえでハードルが非常に高いというのが実情です。そのため、「大学病院と密接な関係を持ち、ある程度のリスクを取れるバイオベンチャー企業が主体になって研究開発を進め、ビジネスとして成立すると製薬会社が判断できるところまで持っていく必要があると、元大手製薬会社の医薬品開発の経歴を持つ、A-SEEDS研究開発部長の稲田洋一さんは話します。こうしたことから柳生社長と中沢教授は、PB法によるCAR-T細胞療法の実用化に向けて研究開発から治験まで行うA-SEEDSを2020年に設立しました。課題は「安定品質」と「量産化・コストダウン」、提携や海外展開で実用化へ道筋これまでA-SEEDSでは、固形がんを対象としたCAR-T細胞の実用化へ向けて研究開発に取り組んできましたが、研究室レベルで一定の効果が認められたことから、いよいよ治験に着手しています。これは実用化へ向けた大きな一歩ですが、「実はここからが大変」とA-SEEDS 研究員の鷲澤萌さんは話します。その理由は、大きく二つの課題があるためです。ひとつは「品質の安定化」。CAR-T細胞療法は患者さん一人ひとりに合わせたカスタムメイドであり、患者さんごとに細胞の状態が異なります。そのため、安定的に品質の良いCAR-T細胞を作ろうとすれば高い技術が求められるのです。ただし、鷲澤さんは「決して簡単ではないけれど、何とか品質が均一になるように努めていきたい」と熱意は十分です。もうひとつの課題は「量産化とコストダウン」。CAR-T細胞療法はカスタムメイドであることから一般的な薬のように工場での大量生産が難しく、結果的に製造コストも跳ね上がってしまいます。それでも柳生社長は「あらゆる効率化を図って、少しでも多く製造し、価格を抑えられるようにしていく」と意気込みます。取り組みの一貫として、2023年5月、米国の科学機器・試薬開発大手の日本法人であるサーモフィッシャーサイエンティフィック ジャパングループ ライフテクノロジーズジャパンと共同研究を開始。同社の機器を使って、より効率的で安価な製薬方法の確立を目指しています。また、市場拡大を通じて量産化とコストダウンを図るため、海外展開にも着手しており、既に中国やシンガポールの医療機関がグローバル治験に興味を持っています。取材したのはちょうど七夕の時期。竹がわりの観葉植物には「治験がうまくスタートできますように…」などの願いを込めた短冊が…。取材班も応援しています。柳生社長はA-SEEDSの社長に就任してから「意識が大きく変わった」と言います。少しでも早く、少しでも多くの難治性がん患者さんを救うために、“経営者目線を持つこと”の重要性を強く感じるようになったそうです。第一線に立つ研究者でありながら、経営者としての目線も持ち合わせている人物は稀有であると言えるでしょう。そのような柳生社長が率いるA-SEEDSであれば必ずや固形がんを対象としたCAR-T細胞療法を日本のみならず海外でも実用化に結び付け、多くの難治性がん患者さんに希望の光を与えることになるのではないでしょうか。今後の活躍から目が離せません。株式会社 A-SEEDS研究開発部長医学博士 薬剤師 臨床検査技師株式会社 A-SEEDS代表取締役社長医学博士08PROFILE(やぎゅう しげき)稲田 洋一さん柳生 茂希さん戦
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