NOW140_web
5/20

04人間工学の観点で作る椅子は「長く座っていても疲れない、仕事がしやすい」ということが設計目標になります。 でも、椅子の価値ってそれだけじゃないですよね。購入する時には、色や形がインテリアに合っているものを選びたいし、素材にこだわる人もいる。要するに、“人の心理の部分”に関わるニーズがある。その点を満たせるかどうかが最終的に購入に結び付く分かれ目になります。感性工学はこの“人の―急速に変化する現代社会の中で感性工学を取り巻く状況も大きく変化しているのではないでしょうか。特に、超スマート社会Society5.0で求められるものはいかがでしょうか。金炅屋(キムキョンオク)准教授(以下役職略):私の研究分野である服づくりに関しては言えば、バーチャル空間を活用して服づくりをする「eファッション」がトレンドですね。 コロナ禍で外出制限が出されるなどして、こうした服づくりが困難な時期がありました。それで、必要に迫られて、関係者を遠隔でつないでバーチャル上での服づくりに取り組まざるを得なかったことがきっかけです。服づくりはデザイン画を描いて、パターンを作って、それに基づいて実物の服を作って、出来たものを見て評価するという段階があるんです。大手アパレルメーカーなどでは、今やこうした一連の過程をすべて3Dシミュレーターを使ってパソコン上で行い、「最終的な設計だけ実物(商品)にしましょう」という状況になっています。 服づくりは実物がないと生地の素材感やテイストといった感性に関わる部分が分からないじゃないですか。それで、これまでは実物での作業が重要視されてきたのですが、最近は生地の素材感やテイストといった感性に大きく関わる部分もデジタル上でだいぶ分かるようになってきています。高寺:服の購入という観点でのDX化の動向はどうですか?金:とても進んでいて、最近はウェブサイト上に実物の商品画像はなく、3Dシミュレーションで作った3D画像だけを載せているECサイトもあります。消費者の反応を見て、一定数の注文が入ったら生産を行うという狙いです。ただ、3Dシミュレーションはあくまで仮想現実ですので、もちろん実物の服と同じものではありません。ですから、実物が届いてから「思い描いていたものと違う」ということもあり得るわけです。―今回は奥が深そうな「感性工学」について、色々とお話しをお聞きしたいと思っています。まずは改めて“そもそも感性工学とは?”というところからお聞かせください。高寺政行教授(以下役職略):そこから、ということであれば信州大学繊維学部に日本初の感性工学科が創設された当時の、日本におけるモノづくりの状況から見ていく必要があります。当時、繊維製品などのあらゆる製品が生産体制を国内から海外へシフトしていこうとしていました。その大きな理由は“低価格を皆が求めていたから”ですね。 つまり、日本のモノづくりは「いかに価格が割安なものを大量に作るか」という方向に進んでいたんです。 一方で、これに反し「いかに付加価値の高いものを作るか」という視点に基づいたモノづくりに目を向ける必要があるのではないかと主張する人もいて、こうした潮流のなかから感性工学という学問が誕生しました。―よく聞かれるのが、「感性工学」と「人間工学」の違いです。両者はどのような点が異なるのでしょうか。高寺:人間工学は主に人間の“フィジカルの部分”を研究対象としていて、人がより効率よく疲れないで働けるようにすることを考える学問なんです。椅子を例にとると、工場・オフィスの椅子は「人間工学」で作れるが、ホテルの椅子は「感性工学」でないと作れない。(高寺)心理の部分”を研究する学問なんです。 ですから、工場やオフィスで使う椅子だったら人間工学に基づいて作れば良いけれど、ホテルの椅子は高級感や雰囲気などが重要で、感性工学に基づき設計しないと本当に満足度の高いものは作れないわけです。感性工学はデザインにも及びますので、まさに今のSTEAM教育の先取りともいえます。金井博幸教授(以下役職略):さらに感性工学のモノづくりは、これからの時代により一層重要になってくるのではないかと思います。例えば、自動車づくりでこれまで主に目指されてきたことは、ペダルの踏みやすさとかステアリングの扱いやすさといった「操作性の向上」で、これは人間工学の分野です。 でも、これから自動運転が普及してくると、人は運転することから解放され、車のなかで過ごす時間を持て余すことになる。そうなってくると、車に求められるものは、操作性よりも“ラグジュアリー感”とか“居心地の良さ”といった感性的な付加価値になってきます。DXは人が欲しいと思える服づくりを進化、加速させるでしょう。(金)そもそも「感性工学」とは?その学問の魅力Society5.0…この時代の「感性工学」とは

元のページ  ../index.html#5

このブックを見る