2022信大環境報告書
20/38

■ 研究の背景 生物種の分布域や分布パターンは、系統進化史や生理・生態的特性、環境要因との関連性や生物間相互作用など様々な要素の組み合わせで決定づけられています。様々な生態系を構成する生物が環境とどのような関係性をもっているのかを明らかにすることで、効果的かつ効率的な生態系管理、生物多様性の維持に貢献できます。多様な生態系の中でも、特に河川生態系は河川同士が「線」的に結びつくことで形成される樹状ネットワーク構造であるため、生物の分布地点の相対的な位置づけを数量的に評価しやすい特徴があります。これは生物種と環境要因の関係性を調べる上で大きなメリットとなります。河川に棲む生物種の中でも水生昆虫類の幼虫は、従来から川の健全度を知るための生物指標として活用されてきた背景があるように、周辺環境に対して敏感に反応し、その種にとって好適な棲息場所を選択します。また、「棲みわけ」現象のルーツも水生昆虫のカゲロウ類にあります。そのような水生昆虫類は「生物」と「環境」との関係を追究する上では至適な対象です。私は水生昆虫類(モンカゲロウ属3種:フタスジモンカゲロウ、モンカゲロウ、トウヨウモンカゲロウ)と環境との関係性を追究するため、全国スケールでの大規模なデータ解析や、単一水系内の地理的ファインスケールにおいて、対象としたモンカゲロウ類3種の分布域特性や棲息環境、他種との種間相互作用などを分析しました。環境への■結果・考察 全国スケールでの研究では、対象種群に関する大規模データ(国土交通省の「河川水辺の国勢調査」データと研究室に蓄積されたデータを基に構築)とGIS(地理情報システム)を駆使した解析を実施しました。「河川水辺の国勢調査」とは、画一化された手法によって全国109水系を対象に実施される、河川に棲息する動植物の総合調査で、そのデータの蓄積は30年以上にわたります。この大規模データによって、対象3種の分布域特性(フタスジモンカゲロウは上流域的な環境、トウヨウモンカゲロウは下流域的な環境に分布し、モンカゲロウは両種の中間に分布)がモンカゲロウ類3種の幼虫の代表的な棲息環境を示す. フタスジモンカゲロウ (A1), モンカゲロウ (A2), トウヨウモンカゲロウ (A3). ソフトウェア MaxEnt による2070年におけるモンカゲロウ類3種の棲息適地の推定結果を示す.フタスジモンカゲロウ (B1), モンカゲロウ (B2), トウヨウモンカゲロウ (B3). 女鳥羽川におけるモンカゲロウ類2種の定量調査の結果を示す. フタスジモンカゲロウ成虫とモンカゲロウ成虫の毎日の羽化期間の調査結果 (C1), フタスジモンカゲロウ幼虫とモンカゲロウ幼虫の平均バイオマスの季節変動 (C2)明らかとなりました(図A1-3に代表的な環境を示す)。また、大規模データに基づき、将来(2070年)の気候変動下での各種の棲息適地を推定しました(図B1-3)。こうした気候変動下での生物種の分布域動態を把握し、多自然型川づくり等に活用していくことは、将来的な生物多様性の維持や、生態系サービスの向上に繋がるため、地球環境や人間環境にも良い効果があると期待されます。 地理的ファインスケールを対象とした研究では、水系内(松本市内の女鳥羽川など)を詳細に調査しました(図C1-2)。その結果、大規模データ解析からは検出されないような生物種間での微棲息場利用の違いや種間の関わり合いが浮き彫りとなりました。対象としたモンカゲロウ類3種は選好する環境が基本的に異なりますが、お互いのニッチが重複する場合も確認されました(図C2のSt. 4-6など)。季節ごとに棲息密度や現存量(バイオマス)を詳細に分析したところ、種間のニッチが重複する場では種間相互作用も検出されました。博士論文総合医理工学研究科 岡本 聖矢 水生昆虫の流程分布と 環境要因との関係性192-1 環境教育02取り組み博士・卒業論文・研究成果論文

元のページ  ../index.html#20

このブックを見る