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32 まあ、そうですね。で、逆に日本に戻ってくると、今度は日本の文学とほかの国々の文学のかかわりも気になってくる。そして比較文学の研究者になった。 そうですね。国というのは国境に囲まれた範囲なのだろうけれど、その国境はたぶん二重にぼかしていけますよね。たとえばフランスとスペインの密接な関係を調べることによって、あるいは国境の内部の一枚岩ではない状態を明らかにすることで、フランス全体を取り囲んでいる国境の確かさというのは薄らいでいく。つまり、その人工性がばれてくる。今、メリメの『カルメン』を授業で取り上げているんですが、あれって誰もが胸ちぎられる男女の悲劇のようでいて、実はマイノリティ同士の特殊なドラマでもあるんですよ。主人公の男性はバスク地方の出身だし、女性はジプシー。あれはスペイン人一般の悲劇を描いたフランス文学ではありません。何にしろ調べてみると国境はほつれていくんですよ。ところで、あなたは何に興味があるの。 もちろん作品あればこそなんだけど、やはり作家名ぐらい覚えないとね。僕は評伝が好きなんですよ。ほかに還元し得ないその人の特殊性がどうにも気になって仕方ない。──今、先生がとくに関心をもっていることは何ですか? 日本の近代知識人がたくさんフランスに行っていますよね。金子光晴とか永井荷風とか、藤田嗣治とか。そんな人たちがフランスでどんなふうに暮らしたか、そしてその体験が彼らの作品にどんな影響を与えたかを研究しています。もう一つはエマニュエル・ボーヴという作家。フランス国籍の作家なんですが、ロシアからの移民の子なんですね。フランスで生まれたからフランス人なんだけど、その人の文学って、やっぱり親の文化を背負っているし、もちろん本人のフランスでの辛い経験も影を落としています。ボーヴというのも本名ではないんです。本当はボボヴニコフっていうんですね。そのロシア風の名前のせいで第一次世界大戦中にはスパイと間違えられて投獄されたりする。この人が僕はひたすら好き。──一つの国の中にも、いろいろな経験が混じり合っているということでしょうか。少しずれますけど、同じ国の中の地域ごとの違いも気になりますよね。同じ国とは思えなかったり……。──映画や写真です。作品を比べたり、その良し悪しを語ることはするんですが、なかなか作家名やタイトルといった固有名が入ってこないですね。──先生の講座で現代文学を研究することはできますか。自分の好きなことに出会うために 授業や教員を活用してほしい

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