2021_信州大学環境報告書
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笠原助教は、河川に生息する鳥の生態を研究対象としている。どこに巣を作り、何を好んで食べ、どのように子育てするのかといったことを、各地の河川で調査している。こうした研究が今、河川整備の分野でも役立っているという。助教が約20年前から研究を続ける千曲川での実例を挙げながらご紹介したい。■環境指標としての鳥かつての河川管理は、「治水」「利水」の2つの観点で語られてきた。つまりは、洪水から人の命を守ったり、人の暮らしに水を利用したりするための河川整備だったということだ。しかしながら、1997年の河川法の改正がきっかけとなり、河川整備の意識が大きく変わった。水質・景観・生態系など「河川環境」の整備と保全が河川管理の目的に加わり、環境保護の観点が明確に位置付けられたのだ。その背景には、世界規模での環境保護意識の芽生えがあった。失われた河川環境を取り戻そうとした時、一律の基準を設けて植栽や伐採を進めても、うまくはいかない。河川が位置する地域には、それぞれの気候・風土・文化があり、目指すべき形が異なるからだ。そこで、環境との調和が取れた河川整備の達成度を測る際の基準の一つとなるのが、その河川に生息する生き物たちだ。助教が研究対象とする鳥も、重要な環境指標となる。■千曲川の砂礫地を回復するひと口に鳥が生息する場所といっても、その環境はさまざまだ。たとえば、林や草原、砂礫(されき:砂や小石)地など。環境に応じた場所に、それを好む種類の鳥が生息している。長野県から新潟県を経て日本海に注ぐ千曲川(新潟県では信濃川)は、行政機関・学識者・地域住民との緊密な連携によって環境保全が行われる先進地だ。学生時代から千曲川を研究のフィールドとしている助教も、関係者たちでつくる「千曲川中流域砂礫河原保全再生検討会」に有識者として加わっている。千曲川では砂礫河原が減少。ハリエンジュやアレチウリといった外来種の繁茂が問題になっている。一般的に、緑豊かになると「自然が回復してきた」と捉えられがちだが、助教によると「そうでもない」と言う。千曲川では、砂礫地を営巣場所とするコチドリやイカルチドリといった鳥が生息している。鳥の巣というと、住宅の軒先や樹上にあるものを連想しがちだが、コチドリなどは河原の地上に浅いくぼみを掘って卵を産む。巣を作る環境は草や木のほとんど生えていない、開けた場所だ。つまり、河原に緑が広がることは、彼らの営巣場所を奪うことになってしまうのだ。■次は地域間の連携を千曲川では1990年代後半から河川生態系の解明が進められ、コチドリなど河川に特徴的な生き物に配慮した河川管理が定着しつつある。一方、鳥を巡る河川管理については、取り組むべき課題がまだ残されている。それは、地域をまたいだ河川間の連携だ。渡り鳥のコチドリはもちろん、年中同じ地域に留まるといわれてきたイカルチドリも、繁殖期が終わると越冬のために別の地域に移動する可能性が研究から見えてきたが、現状のフォロー体制は千曲川で完結している。今後は、「鳥の生態を踏まえた形での地域間の連携が必要になる」と助教は指摘している。笠原 里恵2002年 信州大学大学院教育学研究科修士課程修了2009年  東京大学大学院農学生命科学研究科     博士課程修了2010~13年 立教大学理学部博士研究員2013~15年 認定NPO法人バードリサーチ研究員2016~19年 弘前大学農学生命科学部研究機関       研究員理学部 附属湖沼高地教育研究センター 助教 笠原 里恵河川管理は自然環境と共に。鳥の生態に配慮した千曲川整備の実践2-2 環境研究02環境への取り組みコチドリイカルチドリ砂礫地にあるイカルチドリの巣と卵25

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