2021_信州大学環境報告書
20/40

卒業論文理学部 理学科物質循環学コース 伊藤 拓生 針葉樹における細根の無機態 窒素吸収速度と根特性との関係 森林は多様な多面的機能を有するため、持続可能な開発に向けて重要な役割を持っている。このことは、SDGsが掲げる目標の水質浄化機能「安全な水とトイレを世界中に」や炭素の固定機能「気候変動に具体的な対策を」、生態系を保全する機能「陸の豊かさを守ろう」に寄与するものである。これら森林の多面的機能を発揮するためには、森林生態系における窒素や炭素といった物質循環の定性評価が欠かせない。本研究では、植物の養水分吸収を担う樹木根を対象に、窒素の動きを探索した。 樹木は土壌中のアンモニア態窒素と硝酸態窒素を根から吸収している。この吸収機能は土壌から植物への移動となるため、森林生態系における窒素循環の主要な駆動要因となる。さらに日本に多く優占する樹種の窒素吸収とその要因を評価することで、多様な生態系における窒素循環の理解に貢献できる。よって私は樹木根の窒素吸収機能を評価する手法を開発し、その樹種間差および根の構造との関係性を明らかにすることを目的とした。 調査地は長野県伊那市にある信州大学農学部手良沢山演習林とし、対象樹種は日本の人工林において高い割合を占めるカラマツ、アカマツ、ヒノキ、スギの4種の針葉樹とした。直径2 mm以下の根系を樹木につながったまま土壌から掘り出し、アンモニア態窒素と硝酸態窒素がともに含まれている溶液が入った容器に入れた。90分間静置後、溶液サンプルを採取し、アンモニア態および硝酸態窒素の吸収速度を求めた。根系サンプルは、根の長さや直径を表す形態特性が測定された。 樹木根による窒素吸収速度は、全樹種で硝酸態窒素吸収速度よりもアンモニア態窒素吸収速度の方が高くなった。その中でアンモニア態窒素吸収速度はカラマツで最も高く、硝酸態窒素吸収速度はヒノキ・スギの方がカラマツ・アカマツよりも高くなった。この樹種間差の結果は、樹木の窒素吸収は一様でなく、樹種ごとの窒素の動きが異なることを示唆するものである。また、アンモニア態窒素吸収速度は、細根の形態特性の変化と連動する関係が見られたのに対し、硝酸態窒素吸収速度は関係性が見られなかった。この結果から、樹木根の資源獲得のための構造は、アンモニア態窒素と硝酸態窒素によって異なり、物質によって栄養を吸収する仕組みが異なることが示された。本研究の樹木根による窒素吸収機能の研究は、森林生態系における物質循環を解明するうえで、各物質における樹種特有の資源吸収機能を考慮する必要性を提示するものである。卒業論文写真1. 調査地における窒素吸収測定。調査地で根系を樹木につながったまま掘り出し、アンモニア態窒素と硝酸態窒素が含まれている溶液を入れた容器に挿入して90分間吸収させた。そして吸収前後の溶液の濃度変化から吸収速度を求めた。図1. カラマツ、アカマツ、ヒノキ、スギの細根によるアンモニア態及び硝酸態窒素吸収速度(n = 16)。エラーバーは標準誤差を示す。この結果から、各物質において吸収速度に樹種間差が見られた。19

元のページ  ../index.html#20

このブックを見る