経法学部研究紹介_2020_2021_プレス品質
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12応用経済学科応用経済学科「風洞実験」とモデルの両輪で制度をデザインしていく観察できない健康水準を考慮しながら人々の受診行動を明らかにする 実験経済学というとみなさんは何を想像しますか。高校の物理学や化学の実験から連想しやすいよう例えてみましょう。航空会社は、新型の旅客機を開発するさい、先に模型を作り風の起こる部屋で離陸・着陸等がスムーズにできるかシミュレートします。同様に、経済学でも新たな取引の仕組みを開発したら、まずヒトを集めた模型の経済で、それがうまく機能するか検証・修正していくのが実験経済学です。一つの応用例として、防災対策や美しい景観など、誰もが同時に享受できる「公共財」があります。他人に「ただ乗り」する行為を防ぎ、うまく費用負担し合うための仕組みをモデルで考案し、実験をすることで、その性能や改善点を炙り出します。 専門は医療経済学です。私たちは病気になったとき、医療保険を使うことで安心して医療サービスを受けることができます。ところが保険は医療を必要とする人を、健康な人が支える仕組みですので、少子高齢化社会では健康な世代の負担が多くなるかもしれません。また保険は価格を下げる効果を持ちますので、悪用する人がいると支え手の負担は大きなものとなります。さらに治療結果は予測できず、医療専門職と患者さんの間には知識の差がありますので、これが悪用されると患者さんは大きな損をします。誰もが健康で幸せな生活を送り、真面目な医療専門職の努力が報われるために、医療制度の問題をデータを使って明らかにしたり、そのための分析方法の開発が必要で、そのための研究に従事しています。 長い間ミクロ経済学は人間を計算高い生き物とみなしてきましたが、近年、実験が盛んになってきたことで、従来の理論の見直しが迫られています。しかし、経済学での実験研究の歴史はまだ浅いほうなので、どんな行動モデルがよいか意見が割れているのが現状です。私は、このような中で、人間行動の特性に立脚した経済制度の構築を目指し、公共財供給をはじめとした問題に挑戦していきたいと思います。現在は、在外研究の経験を活かし、国内や欧米にいる研究者と協働しています。 学部ゼミでも、本格的な実験手法をとることを心掛けています。ゼミ生は、どうすれば意思決定の課題を参加者に明快に説明できるか、分析に適したデータを集められるか、などをグループで工夫し合い、実験を実施します。これまでの信州大学の実験経済学ゼミ生の進路は、民間企業・公務員就職、大学院進学など多方面です。実験経済学に興味を持たれた方はまずこの本を手に取ると良いでしょう:西條辰義編著(2007)「実験経済学への招待」、NTT出版株式会社。  人々が生まれてから亡くなるまでの医療費を追跡することができれば、生涯医療費の計算ができ、保険料を設定する材料となるでしょう。ところが、人が生まれてから亡くなるまでのデータは、なかなか手に入るものではありません。またいつ病気になり、いつ医療費をたくさん使うのか誰もわからず、確率的なものとなります。そこで、仮想的な個人を想定して、確率的な要素を入れながら、生涯医療費のシミュレーションを行うなどの方法が考えられます。数理的な道具を使って、現実の政策を考えることができるようになります。 また現在、子供医療費の無料化が多くの自治体で実施されています。少子化対策の一環としてなされたはずですが、果たして政策の効果を実現できたでしょうか?経済学では統計的な手法を使って、これを検証したりもします。人々の観察できない医療や生活データを取り入れながら、健康な人とそうでない人の行動パターンを分離して分析する方法も開発しており、これらの道具を使いながら、望ましい政策のあり方を考えることができます。・公共財供給:歴史的遺産を保護するため寄付金を集めるには、どのような方法が効果的だろうか?・オークション:最も将来性がある携帯電話事業者を見抜くための手段とは?・リスクと慎重さ:将来に向けて貯蓄できない人を見極め助けるにはどうすればよいか?・曖昧さへの態度:他者の行動など確率で表しにくい不確実性を人はどのように認識するか?・予測市場と集合知:大統領選や競馬ではみんなの予想は案外正しいのか? 誰もが受け入れる前提で生涯医療費をシミュレーションしたり、人々の観察できない健康水準(健康な人 vs そうでない人)を考慮した受診行動を探り、YesとNoのデータで2パターンの健康水準を識別できる条件を示しました。舛田 武仁 講師増原 宏明 准教授2014年に大阪大学で博士(経済学)を取得。高知工科大学で助手、その後京都大学で特定助教、大阪大学で講師を務める。その間アリゾナ大学にて1年間の在外研究を経験する。2020年4月に信州大学経法学部の講師として着任。1999年一橋大学経済学部卒業。一橋大学大学院経済学研究科を単位取得退学後、2005年より国立長寿医療研究センター、2009年より広島国際大学医療経営学部講師。2016年より信州大学経法学部准教授。専攻は医療経済学、応用計量経済学。研究の未来と卒業後の将来像研究の未来と卒業後の将来像主な研究事例主な研究事例高校で実験経済学の模擬講義をしたときのようす25~60歳までの医療費シミュレーション(左が年齢階級別、右が合計額)です。80%の人は400万円以内に収まります。医療費のシミュレーションでは乱数を使いますが、きれいな乱数でなく汚い乱数を使うための方法を提案しました。

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