平成28年度 信州大学教育学部附属松本中学校 外2校(園)研究開発実施報告書(第1年次)
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- 17 - ライブ当日。そこには,楽曲『SUN』(星野源)を激しく踊るクラスの男子と一緒に,拳を空高く突き上げながら,飛び跳ねて歌っているY君がいた。前日までは,かろうじて手拍子をしながら歌う程度だったことから,教師は目を疑った。教室へ戻ると,めずらしいことに,「ハアハア」と息を切らして興奮気味のY君がいた。教師に「楽しかったね!」と声をかけられると,「うん!うん!」と力強く頷いた。気付くと,Y君の周りには自然とたくさんの友達が集まっていた。 さらにその日の休み時間のことだ。その日の昼に,学級で飼育している合鴨の小屋の引っ越しについて,他クラスへ相談に行く学級訪問が予定されていた。教師は,休み時間のうちに,各担任の先生に予約を取っておくことを指示した。しかし,休み時間が終わっても,Y君だけからは予約が取れた報告がなく,行った素振りもなかった。心配になった教師に「5東は大丈夫?」と尋ねられると,Y君は大きな声で「うん!」と頷いた。その「うん!」の声のトーンや仕草に,教師はいつもとは違う雰囲気を感じた。「もしかして一人で行ったの?」と聞かれると,また大きな声で「行ったよ!」とY君は答えた。 2年間暮らした友達と会話することすらままならなかったY君。そのY君が,馴染みのない他学年の教師のもとへ一人で出向き,受け答えをし,予約を取ってきた。教師は心から感動し,迷わず“音楽の総合力だ”と感じた。 Y君と『SUN』との出会いは,ライブの2週間ほど前。6年西組全員が楽器を持って教室を訪れ,生演奏で歌って聞かせてくれたときだ。Y君は,奏でられる音にじっと耳を傾けながらも,目をまん丸くして軽快なリズムを刻む打楽器を見ていた。Y君の他にも,多くの子どもたちが,初めて『SUN』に出会った時,“どんな歌だろう”“なんだか楽しそうだな”と期待に胸を膨らませていただろう。その日から毎日『SUN』を歌ったり踊ったりするなかで,Y君は『SUN』の躍動感やワクワク感を体に取り込んでいった。そして当日,6年西組のワクワクするような生伴奏に合わせて,飛び跳ねて歌う友達の姿と歌声,太陽の下で歌う自由で開放的な空間がそこにあった。全てがY君の感性と響き合い,自分も友達と一緒に思いっきり飛び跳ねたり,歌ったりしたくなったのではないか。そして,飛び跳ねて歌っている中で,あの躍動感やワクワク感を改めて体全体で感じたことや,友達と共に表現していることが,Y君の喜びとなったのではないか。 Y君のように子どもたちが,体を思いっきり動かし,友達と共に自らを表現していくことは,自らの心を開き,他者とのつながりを自ら求めていく社会参画に関わる資質・能力を育むことにつながっていくのではないか。このY君のような姿を,新設「表現領域」で発揮する社会参画に関わる資質・能力の一つと捉える。 感性と体を働かせ,表現することの喜びを味わったY君。さらには,その喜びを他者へ発信し,他者とつながる喜びを感じていったY君。Y君には,音楽科,体育科,特別活動の一つひとつの教科・領域に細分化できない,低学年の子どもらしい学びの姿がある。ここに,新設「表現領域」の可能性を感じる。 4 本校園12年間で育成する資質・能力の設定 上記の事例をもとに,今ある本校園の子どものよさをさらに高め,「たくましく心豊かな地球市民」を具現するために,未来社会を生きる子どもたちにとって大切な資質・能力として,課題探究力・自己表現力・社会参画力を設定した。 さらに,2月の幼小中合同教員会では,課題探究力・自己表現力・社会参画力について,幼小中全職員が現時点でどのように捉えているかを共有するワークショップを開催した。そのときに共有されたものが,以下である。なお,各資質・能力の下に記述してある文言を下位要素として定義づけることは,現時点では行わない。平成29年度4月からの試行の参考とする程度にとどめる。

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