07多くの数学者が挑んできた「ポアンカレ(Poincare)予想」をG.Perelmanという数学者が解決したと発表したのは、2002年から2003年のことでした。1904年にフランスの数学者アンリ・ポアンカレによって提出されて以来、実に100年近くの時間を要したことになります。ポアンカレ予想における問題とは、「単連結な3次元閉多様体は3次元球面と同相といえるか?」というものでした。数学的に厳密ではありませんが、例えば、「長いロープを結んだロケットが、任意の点から宇宙を一周して戻ってきたとします。ロケットがどのような軌道を描いたとしてもロープの両端を引っ張ってロープを全て回収できた場合、宇宙の形は概ね球体(=ドーナツ型のような穴のある形、ではない)と言えるのか」という問題です。これが、「位相幾何学の究明が宇宙の形を知ることにつながる」所以です。境圭一准教授は、空間や次元の概念を通じて、図形の性質や姿を見て、分類したり、明らかにしたりする「幾何学的トポロジー」と呼ばれる分野が専門です。例えば、私たちが絵に描けるのは2次元まで。3次元空間における図形は、厳密には絵に描くことはできません。4次元、5次元とさらに高次元になっていけば、よりその姿を「見る」ことが難解になっていきます。物理学の世界では、我々がいる時空を「空間3次元・時間1次元」の4次元と捉えることがありますが、「位相幾何学」においては次元軸を定義づけることはしません。4次元空間は、ある一定の方向に伸びた座標軸が4つあるということ。さらに言えば、4つの実数の組全体がなす集合です。数式に表せば次のようなものになります。数式であればシンプルに表せても、今我々が生きている次元では描けないものを探求する…なんとも不思議な感覚になりますが、考え方を変えればちょっとロマンのある話ではないでしょうか。境准教授が研究テーマとするのが、「埋め込み」という理論。ある次元にある多様体を、もっと高い次元の空間内に実現することで、図形を「見る」ための手段のひとつです。「地球の表面だけを見て中身を考えなければ、地球は2次元球です。その2次元球の上に住んでいる私たちが、『地球は丸い』ことを知るためには、地球から離れて実際に見るのが手っ取り早い。より高次元である3次元空間(宇宙空間)に2次元球の地球が入っている=埋め込まれていることで、私たちは地球が球であることを見ることができるのです」(境准教授)「埋め込み」について、もう少し詳しくお聞きしました。「例えば、円形の紙(2次元)を2枚用意して、ふちに沿ってテープで張り合わせ膨らませると少ししわの寄った球になりますよね。これは平面的な紙(2次元の図形)でつくった『球面』という2次元図形が、私たちの住む3次元空間へ現れたことになります。これが2次元の3次元空間への『埋め込み』の一例です」(境准教授)位相幾何学で解明したものが、すぐに私たちの実生活につながる何かを教えてくれる訳ではありません。しかし位相幾何学で導き出された論理は、宇宙論や素粒子論、近年では「位相的データ解析」といったビックデータの解析にも、盛んに使われています。「応用なんて考えずにやっていた研究が、実は役に立っていることもある。多くの2次元で作った球面で知る多様体の「埋め込み」という理論・概念すでに解決した、という「ポアンカレ予想」からみる位相幾何学の奥深さ次元多様体のロマンnルネ・マグリットの「白紙委任状」という絵はご存知でしょうか。「馬に乗った女性が木々の間を通過しつつ木々を隠している絵」と言えば思い出される方も多いと思います。この見る者を戸惑わせる絵は「私たちの住む3次元空間では実現できない」と言われることがありますが、では仮に私たちが高次元の空間に住んでいて、例えば5番目の次元を利用できるなら実現が可能なのか…。大学などの高等教育の数学分野では、目に見えない次元にある図形について考える「位相幾何学」を真摯に探究する研究者がいらっしゃいます。「3次元空間に実現できない高次元の図形」なる言葉に惹かれ、信州大学理学部数学科の境圭一准教授にお話を伺ってきました。(文・柳澤 愛由)R4={(x1,x2,x3,x4)|xiは実数}
元のページ ../index.html#8