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06川﨑 紆余曲折を経て、大正8年、ナンバースクールではなく、松本高等学校として設立されることとなるんですよね。渡邉 はい。ナンバースクールにはなりませんでしたが、9番目に選ばれたという強い自負が、当時の松本高校にはありました。校章に9本の線が入っているのは、その表れです。ただし、当時の松高生には、「かっこ悪い」「車輪のようだ」と、かなり不評だったようですが(笑)。 また、結果的に松本高校は、全国に高等教育機関を増やしていくことを目指した、国が進める新しい高等教育施設の先駆けとなりました。旧制松本高校の校舎は、今は「あがたの森文化会館」として保存されていますが、実は、松高以降に全国でつくられた旧制高校の校舎は、これにそっくりなんです。川﨑 建物の面でも松本高校が新しい高等教育のモデルケースになった、ということですね。池上 それでは9番目ではなく、“一校”ですね?渡邉 そうですね。“新一校”と呼べそうです。川﨑 渡邉先生は旧制松高時代の「思誠寮」の研究もされていますよね。渡邉 現在の信州大学も県外出身者が多いのですが、松高時代も県内・県外出身者が約半々でした。ほとんどの学生が暮らしたのが「思誠寮」で、今に続く学生による自治寮です。現在の寮生にも根付く自治精神は、ここから始まりました。川﨑 小説家・北杜夫さんも「思誠寮」で暮らしたひとりですよね。エッセー『どくとるマンボウ青春記』の舞台でもあります。当時の「バンカラ」な気風と、現在にも受け継がれる自治精神は「思誠寮」の特徴ですよね。池上 『どくとるマンボウ青春記』、若い頃に読みましたが、「旧制高校はなんて学校なんだ」と思うような描写がある一方、「何だか楽しそうだな」と感じましたね。勉強の話なんて全く出てこない(笑)。川﨑 …と、思わせながら、実はこの時代の学生は、かなり勉強していたそうですね。渡邉 勉強するのが当たり前ですから、そういう話はあえてしなかったのだと思います。池上 いろいろな武勇伝が出てくるので、勉強なんていつしているんだろうと思っていましたが、そうではないんですねぇ。渡邉 そうではないと思います(笑)。彼らの中には、「いずれ自分たちが日本を背負っていくんだ」という強い自負がありました。専門分野の勉強は当然で、むしろ、文系・理系関わらず、哲学や文学などの教養を身に付け、話ができなければ相手にもされなかったようです。「話についていけないのが怖くて、とにかく時間のある時は図書室に行って全集などをひたすら読んでいた」というエピソードを話してくれた卒業生の方もいます。旧制高校が「教養主義」を重視していたことも背景にあっただろうと思います。川﨑 旧制高校を卒業するとおおよそ20歳。その位の世代が国を引っ張っていこうという強い思いを持っていたという事実は、現代に置き換えて考えるとすごいことですよね。池上 当時の“良き”エリート意識、といいますか、気概を感じますね。現代の学生たちも、「これからの信州を支えていくんだ」というような、“良き”エリート意識を、もっと持っていいように思いますね。渡邉 そう思います。当時は限られたエリートしか選挙権が持てませんでしたが、今は誰しもが選挙権を持つ時代です。ただ「すごいな」と感心するだけでなく、松高生から学ぶべきことが数多くあるのではないでしょうか。川﨑 最後に、未来の信州大学に期待することをお聞かせいただけますか。渡邉 今日は、100周年を迎えた旧制松本高校の歴史を中心に振り返ってきましたが、各キャンパスには、それぞれの地域の文化や歴史に根付く前身校があります。その文化や伝統を尊重し、敬愛しながら、ひとつにまとまってきた歴史が信州大学にはあります。そう考えると、信州大学は連邦国家のような場所だといえるかもしれません。その側面が、将来も、信州大学の独自性につながっていくように思います。池上 日本は都市部に学生が集中し過ぎているという、大きな課題がありますよね。日本全体がバランスの取れた成長をしていくには、若者たちが都会に集中している現状は、やはり問題があります。それを解決するためには、それぞれの都道府県に、しっかりとした高等教育機関―「知の拠点」があることが大切です。 渡邉先生がおっしゃる通り、長野県は地域ごと、独自の文化や伝統があります。信州大学は、そんな各地域に「学びの場」を持っている。その良さが、やはりあると思うんですよね。これまで先輩たちが築いてきた歴史を踏まえながら、「知の拠点」として、ここからさまざまなことを発信する。ぜひそんな大学になって欲しいと思います。川﨑 これまでの卒業生を数えれば約10万人。先輩方が築いてきたものを未来につないでいくことも、これからの信州大学に求められていることですね。 池上さん、渡邉先生、本日はどうもありがとうございました!信州大学には、長野県の「知の拠点」としてさまざまな発信を期待したい。(池上)幻のナンバースクール旧制松高は、国が進める新しい高等教育施設の先駆けに。(渡邉)ジャーナリスト 信州大学経法学部特任教授池上 彰 氏1950年長野県松本市生まれ。慶應大学経済学部卒業後、NHK入局。報道記者や番組キャスターなどを務め、2005年に独立。2009年信州大学特任教授に就任し、以降、信州大学で夏期集中講義を行っている。

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