2019環境報告書
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33■どんな物質でも分離回収できる?!清野研究室では、高分子材料(プラスチックやゴムなど)でつくる高分子膜の研究に取り組んでいる。高分子膜の主な用途は、例えばコーヒーフィルターのようにろ過して、必要あるいは不要な物質を分離し、回収する「分離膜」。孔の大きさは10μmから1nm(100万分の1ミリ)ほどで「材料の選択や構造設計により様々なタイプの分離膜を創出できる。作製した分離膜と膜プロセス(分離工程)の組み合わせで、どんな物質でも分離回収できる可能性がある」という。研究室では食品の脱塩、工場廃液の有害物質の分離・回収、浄水処理など、多種多様な分離膜をつくってきた。研究室の最近のトピックスを2つ紹介する。■ 膜ろ過でインク廃液の再利用環境汚染を引き起こす恐れのある有機溶媒が含まれたインク廃液は、そのまま工場から排出することができないため、蒸留や活性炭を使う方法で分離回収されてきた。これらは熱源に高いエネルギーが必要だが、高分子膜を使ってろ過することができれば、省エネと装置の小型化が実現できる。すでに高分子膜を使った研究もあるが、より効率の良い分離膜を目指した。膜の素材には透過させる物質となじみやすい(親和性が高い)物質の方がスムーズに透過する。研究室では有機溶媒と親和性の高いシリコーンを使い、孔をつくる孔形成剤にプロピレングリコール(PG)とほか一種を添加した二種の膜の構造と性能を比較した。どちらも孔形成剤の添加に伴い孔が増えたが、PGを添加した膜は、孔が多い部分と孔のない緻密層の二層に分かれる予想外の結果に(写真1上)。実際にインク廃液を透過させるとこの緻密層がインクの顔料を排除して、無色に近い透過液となった。この状態であれば、有機溶媒を新しいインクの材料に、あるいは燃料としての再利用が可能になるという。偶然の結果は積み重ねた基礎物性研究の産物でもある。■ 炭素膜で海水から淡水をつくるもう一つは、炭素繊維による分離膜(炭素膜)の研究。青い水の惑星と言われる地球だが、利用できる淡水は0.8%で、世界中で深刻な水不足の危機が叫ばれている。海水の淡水化は必須の事業として多くの研究がなされ、膜分離による技術も実用化されている。ここに炭素膜を使い、工場などの排熱を利用できれば、極めて低エネルギーで淡水化が可能になるという。数年前、「膜素材として使えないか」と新潟県工業技術総合研究所から、絹、キュプラの炭化繊維を提供されたのが研究の始まり。織物とニットでそれぞれの特性を調べると非常に高い疎水性があることがわかった。繊維の孔の多さと疎水性は、膜蒸留というプロセスに適している。そこで准教授は炭素膜の膜蒸留による海水の淡水化を考案した。膜蒸留とは膜の片側に置いた液体から気化した水蒸気だけ膜を通過させる方法。60℃ほどに温めた海水を膜の上に流すだけで、水蒸気が通過して、きれいな淡水を得ることができる。通常膜蒸留に利用されるポリフッ化ビニリデン(PVDF)膜との比較実験を行うと、疎水性は抜群で、炭素膜の方がPVDFより水蒸気を透過させやすくニットの絹では5倍の回収量を得ることができた。実用化を考えるとさらに回収量を増やす必要があるが「繊維の種類、編み方など、今はまだ材質の選択の段階」と准教授。回収量を増やすことは十分に可能性がある。海水淡水化膜蒸留の分離膜として新しい素材、炭素繊維に期待が高まっている。清野 竜太郎1989年 信州大学大学院工学研究科修了1989年 信州大学工学部助手1997年 信州大学工学部助教授2007年 信州大学工学部准教授学術研究院(工学系)准教授清野 竜太郎[工学部 水環境・土木工学科]02環境への取り組み高分子膜の可能性を追究する2-2 環境研究写真2上:赤と青のインク廃液、中:PGを使用の膜を透過、下:PEG使用の膜を透過 写真3炭素化したニットの絹。右はSEM画像写真1シリコーンの膜。上:PGを使用。上部に薄い緻密層がある。下:ほか(ポリエチレングリコール:PEG使用)

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