2018環境報告書
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15私は、2008年に信州大学農学部森林科学科を卒業後、新潟県の製紙会社に勤務した後、2015年に伊那市役所に転職し、現在は林務担当職員として働いています。私は西日本の出身ですが、父親の影響で山が好きで、信州大学を選んだのは、「信州には山がたくさんありそうだから」という単純な考えからでした。入学し、特に伊那キャンパスへ移ってからは、雄大な南アルプスの景色に感動しながら農学部の3年間を過ごしました。ここでは、少ないながら、二つの違う立場で森林に関わってきた私の経験をご紹介したいと思います。製紙会社時代就職活動中、森林関係の就職先を探す中で、「川上(原料)から川下(製品)まで、一つの会社の中で関われる製紙業界は面白いよ。」と先輩からアドバイスをもらったことをきっかけに、製紙会社へ入社しました。入社後は工場勤務となり、工場の中では川上に当たる、原料木材チップの受入・品質管理などを担当しました。製紙会社で働く中では、環境問題や世界の資源の動向を意識させられる機会が多くありました。現在、製紙産業は原料木材の大部分を海外からの輸入で賄っており、リスク分散のため、複数の産地、樹種を扱う場合がほとんどです。昔は、海外での違法伐採など、課題も抱えていた業界ですが、現在は全て植林木を用い、むしろ世界の森林率を押し上げる方向で、貢献できる業態となっています。そんなささやかな誇りを胸に、日々、港に荷揚げされる大量の木材チップと格闘していました。工場勤務のため、普段は森林の中で生えている状態の木々と接することはほとんどなかったのですが、幸い、研修などで国内の伐採現場や、海外(ミャンマー)での資源調査に同行できる機会にも恵まれ、持続可能な資源利用の重要性について、一層強い気持ちが生まれました。現在の市役所勤務結婚し、子供が生まれたのを機に、生活の拠点を定めたいと思い、学生時代を過ごした信州に移住し、伊那市役所に転職しました。私は技術職ではなく、一般事務職での採用でしたが、幸いなことに、現在は林務担当として働いています。製紙会社時代は、海外から大量に買い付ける木材資源を工業的に使うばかりでしたが、今の仕事では、対象は地域の身近な森林となり、森林所有者ご本人と直接顔を合わせ、課題や悩みに対して提案をさせていただく場面も多くあります。そして、直接話を伺う中で、たくさんの課題と直面します。親から山を相続したけれど、そもそも場所すら分からない。先代が財産として残してくれた山の木を伐採して活用したいけれど、買取り価格が安く、木材として売っても赤字になってしまう。我が家の裏の松が松くい虫にやられてしまい、枯れて倒れたら住宅が壊れてしまう、等々…。前職とは全く違う、森林との関わり方です。その他にも課題は山積みで、林業従事者の高齢化などによる担い手不足や、社会全体の山への関心の低下、所有者不明森林の増加など、なかなかいいニュースがありません。伊那市では、そんな林業や森林の状況に危機感を持ち、50年後の伊那市の森林のあるべき姿を定め、目標を示した「伊那市50年の森林(もり)ビジョン」を策定しました。現在、私も担当として関わっており、まずは、市内の森林の現状を見える化し、市民や森林所有者に、山への関心を取り戻してもらうため、市内全ての森林を機能や目的別に色分けした“ゾーニング”を実施しました。今後、このゾーニング案に基づき、森林整備などを進めていく予定です。森林には木材生産だけでなく、水源涵養、土砂災害の防止、レクリエーションの場など、様々な機能があります。そして何より、山国である信州では、生活・文化・景観などの根幹をなす、誇るべき要素です。知らず知らずのうちに私たちの生活に恩恵を与えてくれている森林を、少しでも良い形で次の世代に繋いでいくため、地域の森林を更に勉強し、一歩ずつ課題を解決していきたいです。地域の森林に、行政職員として関わってきて環境と生きる人づくり(OB・OGの環境活動)伊那市役所 三宅 慎平さん特 集三宅 慎平・みやけ しんぺい2004年 信州大学農学部 森林科学科 入学2008年 卒業同年 製紙会社入社2015年 伊那市役所 入庁 (耕地林務課)ミャンマーでのユーカリ植栽地南アルプス 仙丈ケ岳での防鹿柵設置作業

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