信大NOW99号
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10天日乾燥と同様、柿をおろして柿もみ(粉だし)を行う。機械乾燥の製法の確立にかかった期間は約2年。「研究にどの位の時間がかかるか、自信もなかったが、何とかたどりつけた」と、糖組成分析を続けた日々を振り返る。機械乾燥した市田柿の品質を客観的に評価するため、消費者へモニター調査も行った結果、天日乾燥と比べて遜色ない品質であるとの結果も得られた。その後、実用化に当たり、乾燥工程を自動で行えるよう機械にプログラミング。こうして、高品質で省力・安定生産が可能な「市田柿」の機械乾燥法の実用化が実現した。平成23年度、1バッチ原料2.7トンを乾燥可能な実用機を1台、JAみなみ信州が導入し、実製造を開始した。平成24年度、同JAが同実用機を9台導入し、平成25年度には、同JA施設「市田柿工房」に合計10台の乾燥機を設置し、本格生産を開始した。平成27年度の生産量は35トンに達した。今後、さらなる増産だけでなく、他の果物などへの応用も目指していく。「地域を取り巻く状況が変化している中、伝統を後世につなげていくには、革新も必要」と語る松澤教授。一般には、「機械化」と「伝統」という言葉の間には、隔たりがあるようにも思われる。しかし、松澤教授の言葉からは、その隔たりを埋めようと尽くしてきた努力がにじむ。伝統は、今を生きる人々が未来に向けて継承していくからこそ成り立っていくものだ。だからこそ、現状に即した新たな技術の存在が必要なのだ。そうして生まれた技術は、地域の人々が誇る郷土の伝統を未来に受け継いでいくための、確かな足掛かりになるに違いない。なかった。そこで、雨や湿度変化などの自然条件を再現する「蒸らし(結露)」の工程をとりいれることにした。原料の「市田柿」(生果)に含まれる糖は、ショ糖、果糖、ブドウ糖の3つ。乾燥の過程で、柿中のショ糖にインベルターゼという酵素が作用し、果糖とブドウ糖に分解される。「市田柿」の最大のセールスポイントである、表面を美しく均一に覆う白い粉の正体は、α-D型のブドウ糖の結晶だ。ブドウ糖や果糖は、ショ糖に比べてさわやかな甘さを持つとされる。「市田柿」の姿かたち、上品な甘さは、この糖の組成に左右されるのだ。そこで、松澤教授は、乾燥工程中に、ショ糖を果糖とブドウ糖に完全に分解できるようにするため、インベルターゼの酵素活性が最も高まる45℃で乾燥することにした。こうして確立した方法は以下のようなものだ。皮をむいた柿を乾燥機に入れ、45℃の初期乾燥を行った後、庫内を密閉し蒸らす(結露)。それを重量比が35~37%になるまで数サイクル繰り返した後、再度45℃で最終乾燥を行う。その後は伝統製法のの味美味しい「市田柿」は糖組成で決まる高品質「市田柿」の最適機械乾燥法の確立「伝統」が未来に続くための革新を(写真左)丸山育男コーディネーター(長野担当)・(写真右)柏原秀雄技術職員(弁理士)導入された乾燥機内での市田柿の様子(写真上)。現在は計10台の乾燥機が稼働し、生産を行っている(写真下)「市田柿」の機械乾燥法に関する特許取得を担ったのは、信州大学学術研究・産学官連携推進機構知的財産室だ。同室に在籍する弁理士の柏原秀雄さんは、「知財は大学の『知的創造サイクル』を築き、大学の研究力強化を実現するために必要不可欠な存在」だと話す。今回の「市田柿」の製法特許のような、地域の課題を技術面から支え郷土の伝統に寄与する実例は、大学が地域の産業界と直結し、共に課題解決を図る好例として位置づく。また、大学研究が社会と結びつき、事業化されることで、大学の研究資金の基盤にもなる。それが新たな学術研究を生み、さらなる技術や製品の創出にもつながっていく。こうした「知的創造サイクル」を生み出し、大学の研究力強化につなげるためにも、知財の存在は欠かせない。現在、信州大学の特許出願数は、年間150件程。総合大学だからこその多様な研究、企業との共同研究の豊富さ、事業化に結び付く社会的研究の成果が、その数字に表れているといえる。大学だからこその知財活動を続け、地域と一体となった信州発の技術や製品の創出を担っていくことも、大学としての使命のひとつである。特許庁が発行する広報冊子「TokkyoWalker(特許ウォーカー)」にも信大の知財活動が取り上げられた大学の「知的創造サイクル」を築くために欠かせない知的財産

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