環境報告書2015|信州大学
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緑のダム機能を明らかにする学術研究院(農学系)助教 小野 裕[農学部森林科学科] ■緑のダムの主役は、森林土壌 雨が降ると、水は森林の土壌に浸み込み、地中深く移動していく。水の一部は植物が吸い上げ、残りは地下水となって、長い間にゆっくりと河川へと流れ出していく。森林の持つこうした「水源涵養機能」は、洪水を防ぎ渇水を緩和し、「緑のダム」とも呼ばれている。 実は「緑のダム」という言葉は良く知られているが、定量的な評価はわからないことが多い。小野助教は、緑のダム機能を明らかにして、最大限発揮されるような森林管理方法の開発を目指している。最終的には森林から出される流量のコントロールも視野にいれ、流量を決定する要因について調査・研究をしている。 「緑のダム」というと、森林が主役のようだが、その本質は森林土壌にあるという。 森林土壌は団粒構造(写真)といって、柔らかくフカフカした感触がある。これは腐植という物質が土の粒子と粒子をくっつけて小さな土の塊になったもので、周りにはたくさんの隙間ができている。腐植は微生物や動物が落ちた枝葉を食べてできるものだ。 団粒構造では、隙間が水の通り道になって、地下の深いところまで水が浸み込んでいく。もし団粒構造がなければ、地表流が発生して、水は直接河川に流れ込み、洪水や土砂災害が起こりやすくなってしまう。森林土壌の団粒構造を良好な状態に保つことが、緑のダム機能を十分に発揮させることになる。■団粒構造はたった2~3年で破壊される 良好な団粒構造の土壌をつくるには長い年月が必要だが、壊れるのは早い。助教は、伊那市の信大演習林で、森林伐採後の影響を調査したことがある。しっかりした団粒構造は1年しか持たず、2~3年で崩れて次第に単粒構造に変わり、透水性は半分以下になった(図1)。伐採すると土壌に直射日光が差し、地温が上がり水分が蒸発して土が乾燥する。そこに雨が降って団粒の粒子が壊れ、単粒へと変わってしまったのだという。他説があったが、助教は実験で確認した。 また、松本市薄川上流の伐採後の観測では、水の出方、流量にも影響が現れた。伐採後は降雨時のピークの流量が大きく、水の出る時と出ない時の差が激しくなっていた。1日の中で1時間あたりの流量の大きい順にデータを並べたグラフを伐採前と伐採後で比較してわかったことだ。伐採前の流量は、伐採後より緩やかな曲線になっていた。■流量を決定する要因を探る 小野助教は、試験流域に観測施設を設けて流量を観測、同じ流域の土壌水分も観測し、気象データと合わせ20年間のデータを取集している。「流量は、観測当初の方が多かった」という印象があるが、流量を決める要因の特定は非常に難しい。最大の要因は降雨量だが、降雨量は一定ではなく、そこに間伐の影響や木の生育なども関わってくる。若齢林と壮齢林とでは水の消費量にも大きな差があり、助教の観測では、意外な結果も現れた。植林した木の根近くの土壌水分を深さ5~150cmまで観測していると、それまであまり変化のなかった150cmの深さで、17年目にして水が上向きに移動しているのが確認できたのだ。木の根の深さは、ほぼ1m以内で、150cmの深さには影響がでないと言われてきたのだが、育ちざかりの若い木は夏の少雨で上部の水分だけでは足りずに、下へ、下へと吸い上げる力を伸ばしていたのだった。 森林はさまざまな表情を見せるが、助教はそれらに丁寧に付き合い、途切れることなくデータを取り続け、読み取ってきた。手抜きも妥協もない。森林とうまく共存しながら持続可能な社会をつくるために、たとえ時間がかかろうとも欠かせない作業なのだ。 助教は「明らかにした土壌や土壌水分の変化が流量にどう影響していくのか、今後は20年のデータと森林施業の履歴などを突き合わせ、流量を決定する要因を探っていく。データをして語らしめる研究でありたいと思っています」という。小野 裕1962年 東京都生まれ1984年 信州大学農学部卒業1986年 信州大学大学院修士課程農学     研究科修了1989年 名古屋大学大学院博士後期課程     農学研究科単位取得退学1990年 信州大学農学部助手 図1:ヒノキ林伐採後の透水性の変化信州大学手良沢山演習林に試験流域として、流量観測施設を設置団粒構造は、単粒構造の土壌に比べて隙間が多い40

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