2012環境報告書
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2-2 環境研究理学部生物科学科植物生態学高橋 耕一●1966年 宮城県生まれ●1991年 帯広畜産大学畜産学部卒業●1993年 同大学院修士課程修了●1996年 北海道大学大学院地球環境科学研究科博士課程修了●1998年 北海道大学低温科学研究所中核的研究機関研究員●2000年 日本学術振興会海外特別研究員 (Finnish Forest Research Institute) 信州大学理学部助手●2003年 同准教授 たかはし こういち准教授 森林の植生は緯度傾度によって変わる。たとえば日本では九州は照葉樹林、長野県なら落葉広葉樹林、北海道では針葉樹林と、南北で変化していく。緯度は標高傾度にも置き換えることができる。県内の低地では落葉広葉樹林が森をつくり、亜高山帯になると針葉樹林、さらに高くなるとハイマツ林となる。これは植生は主に温度条件に影響を受けるからだが、では、地球温暖化が進むと、高木限界、森林限界はより標高の高い地点、あるいは高緯度のエリアに移っていくのだろうか。高橋准教授はこういった地球環境の変化が森林に与える影響を研究している。地球温暖化は高山の森林生態系にどんな影響を与えるのか― 最初に1枚の写真を見せてくれた(左写真)。高橋准教授の研究フィールドである乗鞍岳の高木限界付近の写真である。山の稜線付近の緑がハイマツ、その下の茶色に枯れて見えるところがダケカンバ(落葉広葉樹)、さらに下の山荘付近の緑がオオシラビソ(常緑針葉樹)だ。ダケカンバとハイマツの境界、標高2500m付近が乗鞍の高木限界となる。 一般的には気温が上昇すれば、高木限界の標高は上がると思われている。標高が100m上がると気温は0.6℃下がるので、気温が2℃上がれば高木限界は約300m上がることになる。ハイマツが生きられるのは山頂の狭いエリアに限られることになる。 「ところが、単純にそうはならないんです」と高橋准教授。温度だけで植生が決まるなら、標高が高くなるにつれて成長が悪くなり、高木限界で成長が止まって植生が入れ替わることにな温度だけでは決まらない高木限界の標高るが、実際は標高が上がったからといって、成長が極端に落ちることはないというのだ。それにもかかわらず、高木限界を境にして、植生はオオシラビソやダケカンバからハイマツへと大きく変化する。 もう1枚の写真は、高木限界付近のオオシラビソの写真である(中央写真)。偏西風の影響で風上側には枝が成長しない旗型樹形で、さらに吹きつける雪のために樹皮が白く摩耗している。今にも朽ち果てようとしているようにも見えるが、その下にはオオシラビソに襲いかかるようにハイマツが匍匐している。 温度だけの問題ならオオシラビソは標高2500mでも生きられる。しかし強い風と雪のために枝や幹が折れてしまうので、結局この辺りが高木限界となる。ハイマツはちょうど積雪に覆われているため、冬の間は風の影響を受けずにすむ。雪の上に顔を出せば、ハイマツといえどもその部分は生きていられない(右写真)。 では、ここはこのままハイマツの森になるのか。じつはハイマツは日陰では生きられない。次のオオシラビソが成長してハイマツの上まで伸び、日陰をつくるようになると、その下のハイマツは枯死してしまう。高木限界付近では、そんな植物同士の過酷なせめぎ合いが展開されているのである。高木限界付近で展開される過酷なドラマ 高橋准教授の主なフィールドは、標高3026mの乗鞍岳である。その山麓1600m、1950m、2300m、2500m、2800mの地点に調査区(最大1ha)を設定し、区内の一本一本の木をナンバリングして、その成長度合などを調査している。 すでにこの研究に着手して10年を超える。木々が成長を始める前の4月から成長が止まる10月まではフィールドに張り付いてモニタリングし、冬の間は集めたデータを解析する。森林の成長量、木の成長の季節変化、標高に応じたCO2の固定量、土壌から出るCO2量など調査項目は多岐にわたる。形成層活動の季節変化に関する研究では、いつからその年の成長が始まったかまでほぼ特定できる。 「オオシラビソの寿命は約200年、ハイマツでも100年以上。木の一生を考えると研究は緒についたところです。森はすぐには変わらない。広い面積で長い時間をかけなければ見えてこない問題がたくさんあります。乗鞍の調査区についてもこれから100年、200年と継続して調査できる研究体制を築いていきたい」。 森が環境の変化をいち早くキャッチし、重要な警鐘を鳴らす役割を担うことになるかもしれない。そのためにも広いエリアで長い時間をかけた地道なモニタリングが重要になる。環境の変化を森が知らせてくる日のために秋の乗鞍の高木限界付近。稜線付近のハイマツとその下の落葉したダケカンバの境界が高木限界となる旗型樹形のオオシラビソ。下を覆う緑はハイマツ雪の上に顔を出したハイマツは枯れてしまうプロフィールChapter:0234
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