
信州大学学術研究院教育学系 理科教育グループ 教授 | |
専門分野: | 核・放射化学 |
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研究テーマ: |
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広い意味での無機化学の中の「核化学・放射化学」が専門分野である。研究の中心は「原子核をプローブとした物質科学研究」であり、メスバウア分光法を利用した化合物中の鉄の存在状態の研究をしています。
小型冷凍機付クライオスタットを装備したメスバウア分光装置
これまでに、PVA(ポリビニルアルコール)中に分散したマグネタイト(Fe3O4)超微粒子、合成Fe置換フッ素雲母中の鉄、酢酸誘導体を架橋配位子とした三核鉄錯体、カーボンナノチューブに内包された鉄微粒子などを対象として57Feをプローブとしたメスバウア分光学的研究をしてきています。
57Fe以外にも、133Xeを種々の金属マトリックス中にイオン注入することによって133Csのメスバウア効果を測定し、同時に放出される電子内部転換の測定を結びつけて、原子核準位の電荷半径の精密測定も行ってきました。
最近の研究は、電磁波誘起透明化(Electromagnetically Induced Transparency; EITと略す)現象の実験的検証に重点を置き、メスバウア効果を利用しながら、原子核準位の交差(混合)によって生じる量子状態の重ね合わせと量子干渉によって、ガンマ線の共鳴吸収が欠損(透明化)する現象を詳細に調べています。
屋上に設置されたハイボリュームエアサンプラー(大気エアロゾル捕集装置)
自然界には時間とともに他の元素に変わってゆく(放射性崩壊)、いわゆる放射性同位元素がごく微量に存在しています。これらの中には、地球の年齢と同程度のウランやあるいはそれより長いトリウムといった非常に寿命の長いものから、これらの元素の崩壊によって生ずる元素(娘核種という)のように比較的短い寿命のものまであります。
また、宇宙線が高層大気中の窒素や酸素原子と核反応を起こして生成する放射性同位元素もあります。その他、過去に行われた大気圏での核実験によって大量に生成した放射性同位元素が地球的規模で拡散し、土壌、水、大気、及び生体中などに微量ながらに存在しています。存在量が極微量であることや放出される放射線がα線やβ線のみである場合があり、測定方法に工夫や特殊な計測装置が必要となることもあります。
現在、大気エアロゾルに付着した宇宙線生成核種7Be(半減期53日)の測定、樹木(けやき、アメリカニレ)の年輪に取り込まれた137Cs(半減期30年)の測定を中心に、γ線測定による定量とそれらの環境中での動態について研究しています。
遅延同時計数回路を利用した寿命測定装置
電子e―と陽電子e+(e―の反粒子)とがいっしょになるとポジトロニウム(positronium,Ps)という水素原子に似た複合体、すなわち水素原子の陽子が陽電子に置き換わったようなものができます。
ポジトロニウムには、e―とe+のスピンが互いに平行なオルト-ポジトロニウム(o-Ps)、スピンが反平行なパラ-ポジトロニウム(p-Ps)があり、寿命の長いほうのo-Psは真空中での平均寿命が~142nsで、3光子消滅によって消滅しますが、自由体積(free volume、0.5 nmの大きさの空間)では、周囲の物質のスピン平行なe―をピックオフ(pick-off)し、2光子消滅をします。
つまり、142nsという長い寿命を全うすることなく、それよりはるかにはやく消滅し、有機化合物中での平均寿命は1~3nsくらいになります。このピックオフ消滅の寿命と自由体積や空隙の大きさとの間にはある対応関係が知られているので、その寿命や生成量を調べることで、生成した場所の空間的な広がりや周囲の物質の電子密度など、他の分光法では得られないユニークな情報を得ることができます。
これまでに、有機や無機の高分子中でのo-Psの寿命やカーボンナノチューブ固相中での寿命を測定してきています。