研究内容

蛍光スペクトル変化を利用した分子集合化過程の研究

 有機分子固体は太陽電池やディスプレイなどに利用される有機ELといった光電子材料に利用されている.これらの電荷輸送やエネルギー移動などの機能は,分子間相互作用と密接に関連しており,分子集合体の構造・サイズなどが重要な因子となる.有機結晶のような分子間力によって形成される分子集合体では,その集合形態・サイズなどによって発光などの光物理化学特性は大きく変化することが知られている.このことは蛍光スペクトルの変化から分子の集合形態を追跡できることを示唆している.そこで,本研究室では蛍光スペクトルを利用した分子集合化過程の研究を中心に据えて以下の観点から検討している.

高分子薄膜中での分子集合形態と蛍光スペクトル変化

高分子薄膜中での色素分散濃度に依存した蛍光スペクトル変化と分子集合化過程との相関について研究している.ペリレン誘導体を分散させた高分子薄膜の蛍光スペクトルを測定すると,色素分散濃度の増加とともにスペクトルは変化する.これは,分子集合化に起因する変化である.つまり,色素分散濃度を変化させた薄膜を作製することで,分子集合化過程を「静的」に観測することができる.我々はこの手法を「高分子マトリックス単離法」と命名し,大気下,常温・常圧におけるクラスターや分子集合化過程といったリアルな光物理化学現象の研究への展開を進めている.

溶媒蒸発に伴う蛍光スペクトル変化と結晶生成初期過程

分子集合化過程の実時間変化を追跡している.蛍光顕微鏡を用いて,溶媒蒸発過程における蛍光スペクトル変化から,高分子媒体中でのペリレン分子集合化過程の観測を行った.溶媒蒸発にともない蛍光スペクトルはモノマー由来からエキシマー由来へと変化した.蛍光顕微鏡像の示す蛍光色はモノマー由来の青色からエキシマー由来の黄緑色に変化し,結晶の生成が確認された.以上のことは,時々刻々と進行する集合化過程の「動的」な観測に対応している.現在,会合することによって顕著な発光増強を示す「会合誘起発光分子」,分子配列によって顕著な蛍光変化およびアモルファス状態において異なった蛍光を示す「蛍光性メカノクロミック分子」といった分子集合固有の蛍光特性を示す分子を適用し研究を進めている.

力学的作用に伴う蛍光スペクトル変化と相転移ダイナミクス

固体間の相転移ダイナミクスについて研究している.ジベンゾイルメタンホウ素錯体は摩砕によって蛍光色が青緑色から黄色に変化し,時間の経過とともに元の蛍光色へと戻る.これは,結晶-アモルファス間の相転移に起因するものであり,室温程度の熱エネルギーで起こる.この熱戻り反応速度の温度依存性および置換基効果の物理化学的な評価から,分子間相互作用の影響を検討し,熱戻り反応過程の遷移状態に至る熱力学パラメータを算出した.そこから熱戻り反応における水素結合形成の影響が示唆された.現在,相転移に伴う熱力学量について研究を進めている.

これまでの研究

研究イメージ

九州大学大学院
工学研究院応用化学部門 長村研究室での研究

 分子間における励起エネルギー(励起子)移動は光合成系や有機太陽電池・有機電界発光(EL)素子など分子性材料において重要な役割をもつ.たとえば,天然系の光合成は,クロロフィル分子が環状に集合して光捕集系を形成し光エネルギーを反応中心へ伝達する役割を担っている.この機能を発現させるためには,クロロフィル一分子だけでは不可能であり,数個の分子が集合化して構造を形成していることが必要である.また,有機分子を薄膜素子化した場合,局所的濃度の増大によるいわゆる濃度消光やエキシマー形成によって励起エネルギーの失活過程を促進することが多く,分子間相互作用を無視することはできない.一方写真増感剤として用いられているJ会合体のように強い相互作用系であるがゆえに達成される機能もある.より優れた機能を実現するためには,集合体の形状・サイズ・次元性(図)などを考慮した上で分子間相互作用などの特性を評価し,得られた知見に基づいた設計指針を与える必要がある.以上の観点から,高分子媒体中で形成された分子集合体の励起状態ダイナミクスとそれによって発現する光機能の研究を進めてきた.具体的には下記の項目である.

色素/DNA複合体薄膜における励起エネルギー移動の研究

  高度な構造規則性を有する天然のDNAを色素分散の高分子媒体として利用することに着目した.DNAはポリアニオンであることからカチオン性有機色素分子と静電的相互作用によって,DNA表面上へカチオン色素集合体を形成できる.また,平面性の高い有機色素では塩基対間へインターカレーションする場合もあり,比較的規則性を有する集合体を形成できる可能性がある.インターカレーションによって,色素分子間距離をある程度離すことができれば,双極子−双極子相互作用によるエネルギー伝達(Forster型エネルギー移動)を効率よく進行させることができると考えられる.以上のような視点に立脚し,DNAの表面あるいは塩基対間にカチオン性色素が吸着・結合することによって形成される分子集合体の励起エネルギー移動過程について検討した.

DNA鎖を反応場とする近赤外蛍光増強の研究

 波長800 nm以上の近赤外波長領域での発光は,蛍光バイオイメージングやその光源などとして注目を集めている.近赤外蛍光色素の問題点として,(1)低蛍光量子収率(2)低安定性,低耐久性といったことが挙げられる.DNA鎖上にカチオン性ポルフィリン(TMPyP)とシアニン系近赤外蛍光色素(DTTCI)を吸着させた系における励起エネルギー移動を観測し,これを利用した近赤外蛍光増強について検討した.また,金属ナノ構造体を用いた近赤外蛍光増強についても検討中である. (九州大学大学院工学研究院応用化学部門 長村研究室との共同研究)

光機能性色素の光物理化学

蛍光プローブ分子・二光子吸収色素や光変調材料の励起状態ダイナミクスについての研究を行ってきた.
(九州大学大学院工学研究院応用化学部門 長村研究室での研究)

ペリレン誘導体過酸化物検出蛍光プローブの動的挙動の研究

蛍光プローブ分子・二光子吸収色素や光変調材料の励起状態ダイナミクスについての研究を行ってきた.
(九州大学大学院工学研究院応用化学部門 今任研究室との共同研究)

2-ピコリノイルピロールホウ素錯体の蛍光特性

分子内にピロール,ピリジン骨格を有する非対称構造の二座配位子ピコリノイルピロールのホウ素錯体は,可視光領域に蛍光を発しストークスシフトが非常に大きい分子である.この2-ピコリノイルピロールホウ素錯体(Boron Picolinoylpyrrole complex,BOPPY)の吸収・蛍光スペクトルの溶媒依存性および蛍光寿命測定から,光物理化学特性について検討した.大きなストークスシフトは励起状態における分子内電荷移動に基づくことを明らかにした.
(九州大学大学院工学研究院応用化学部門 古田研究室との共同研究)

ナフタロシアニン誘導体の励起状態緩和過程

急速な発展を遂げる光情報通信分野においてより大容量の情報を超高速で処理することは必須の課題であり,光変調材料・デバイスに関する多くの研究がなされている.長村研究室では,光通信波長領域で吸収変化を示す有機分子に着目し、その光応答性およびデバイス構築に関する研究を行っている.近赤外領域で吸収変化を示すバナジルオキソナフタロシアニン(VONc)に関する溶液および高分子薄膜中での励起状態緩和過程について検討した. 薄膜中におけるVONcの過渡吸収は,トルエン溶液中でのそれと比べ高速な減衰を示した. 過渡吸光度の励起光強度依存性と分散比依存性および吸収スペクトルの結果は,VONcの会合状態がその励起状態緩和過程に影響を与えていることを示唆している.VONcの会合状態および中心金属イオン(VO2+)は,一重項励起状態緩和の高速化に重要な因子であり,光変調材料に対する設計指針となることを示した.


過去の研究