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第5回ワークショップ

持続可能な環境教育と教職の専門性

パネラーに、三輪信哉(大阪学院大学国際学部教授)、石川直彦(東京都練馬区立高松小学校教諭)の両先生と、菊地翠さん(信州大学教育学部4年生、国際理解教育分野)をむかえ、8月11日午前、セミナーを行いました。その概要を報告します。
まず司会役の私が、導入として、環境教育の新たな段階について触れました。「新たな」というのは、日本では従来環境教育といえば公害教育とか自然保護教育のことだったが、今や《持続可能な社会》の実現に向け《貧困》《人口》《人権》などの社会科的課題を大きく扱う環境教育が強調されることになってきた、という意味です。

1)菊地翠さんには、自分が構想する卒業研究について語ってもらいました。


菊地さんの発表前のコメント: 「国際観豊かな英語教師になりたい!」こんな思いで、故郷の岩手を離れ信州大学教育学部に入学しました。 3 年半の大学生活を経た現在は、開発教育に非常に興味があり、卒業研究は「英語教育における視聴覚メディアを用いた開発教育」というテーマで取り組んでいます。今回のセミナーでは、英語の授業の中に「環境」の視点から開発教育をどのように取り入れていったらよいかについて考えたいと思います。



菊地さんは、セミナーで、以下のような趣旨の発表を行いました。真の国際人とは、正義・公平を尊重し、国境を越えた相互依存の意識をもった人であるはずなのに、国際理解教育といっても、日本の高校教育の現状は、英語教育を重視しすぎで、西欧文化中心の偏った国際感覚を身につけさせているとの懸念がある。自分の卒業研究では、現状を打破するような国際理解教育を高校英語教育に取り入れる工夫としての《視聴覚メディアを利用した開発教育》について考えてみたい。そして、開発教育の具体的目標のひとつは、開発問題と地球環境問題との密接な関連を理解することなので、この関連をテーマとした教育を実践すれば、正義・公平を尊重する心を養うことに資することができると思われる。

2)次いで、石川先生には、環境教育や開発教育に関わる論点をご自身の実践をもとに語ってもらうと同時に、《教師に求められる専門性》を指摘してもらいました。


石川先生の発表前のコメント:平成 14 年度から 4 年間、資源エネルギー庁の教育支援事業「エネルギー教育実践校」を受けて、「豊かな心の育成―知る・感じる・行動する―」を勤務校で実践してきました。 16 年度にはその実践が認められ、勤務校が地球温暖化防止活動環境大臣表彰を受けました。環境教育の実践をその活動を目的化させるのではなく、持続可能な社会づくりに向かうプロセスとして考えていきたい。そういう意味で、今回のセミナーでは開発教育と重ね合わせて考えていきたいと思っています。



石川先生は、開発教育授業の特徴が参加型学習と問題提起型の授業にあり、開発教育と 環境教育とを結びつける接点は、感受性の涵養にあると論述しました。環境教育では《自然への畏敬》を、開発教育では《弱者への共感》を培うことが大事と思われるので感性に関わるところが接点になるというわけです。さらに、石川先生は自身の体験を含めた環境教育の実践例を紹介しながら、持続可能な社会の実現を念頭においた場合、「教職の専門性」は、コーディーネーターであるところやファシリテーターであるところで発揮され、こうした専門性の基盤には、「ひとりひとりの個性の違いを認めて必要に応じて協力し合う学級づくりや、問題が生じたときに議論を通して解決することができる集団づくり」を行う学級経営能力がなければならないと論じました。

3)三輪先生には、環境教育や開発教育に関わる論点を、学校教育の場の外に身をおく立場から指摘してもらいました。


三輪先生の発表前のコメント:現在、大学では国際開発論、エコロジー政策論などを教えております。今から 30 年前に環境工学を学び、その後、沖縄の大学で 10 年間奉職、沖縄やハワイなどを対象に、フィールドワークを中心に島の環境容量のなかでの持続可能な環境社会の仕組みを考えることを続けてきました。つねに地域の環境や開発に関心を持ち続けています。今は地元の自治体で、環境計画や廃棄物処理計画などの策定に関わりつつ、三者協働のローカルアジェンダ組織の代表をさせていただいています。「環境にやさしいまちづくり」が研究の対象であり、趣味でもあり、また夢でもあります。



三輪先生は、地元でのご自身の体験を踏まえて環境計画の策定と実行に生じる課題をいくつか指摘しました。特に、《持続可能な社会》の実現のためには、地域活動を支える人々の環境意識・実行力の総和である「地域環境力」を高めていくことが大切であり、そのためには《学校》が果たす役割は大きいと論じると同時に、現状では学校の参加は自分の期待するほどではないという感想を述べました。

4)3人の発表の後、質疑応答の時間を少しとりました。そして、最後に、教師がコーディーネーターの役に徹して「地域環境力」を大いに活かせた教育実践例「緑のカーテン」(地球温暖化防止活動環境大臣表彰)を、参加者のひとりである菊本るり子先生(東京都板橋区立板橋第7小学校教諭)に紹介してもらいました。住環境に関する知恵、ヒートアイランド、地球温暖化、水の循環などに関する事実的知識、多くの人々と関わることの重要さへの認識、生命への愛着の自覚など総合的学習の真価が看取できる成果を知って、セミナーに参加の学生は大いに環境教育に興味を覚えたように思われました。
質疑応答で私が注目したのは、学校外の人々と連携して授業を行うことに安全志向の同僚・上司から賛同や協力を得られにくいのではないかという論点でした。そして、このことに関連して企画者の私は、参加型学習や問題提起型の授業には決まった答えがあるわけではないだろうから、思惑通りに行かないことがあったとき、失敗もその後の肥やしと考える寛容さを周りがもってくれるかどうか、これがいわゆる教科の教育ではない環境教育や開発教育が成果を生むための条件の一つではないかという感想をもったのでした。

特別支援教育にみる教職の専門性

1. 特別支援教育の構造

特別支援教育について、これまで文部科学省から発行されてきた主な報告書や中央教育審議会の答申及び改正学校教育法等から、特 別支援教育の概要は次のように整理できます。

(1)特別支援学校について

1 ) 複数の障害及び重複化への対応
これまでの盲・聾・養護学校は、それぞれ障害種別に設置されていました。視覚障害は盲学校、聴覚障害は聾学校、知的障害、肢体不自由、病弱はそれぞれ独立して養護学校において教育が行われてきたわけですが、これが特別支援学校では、障害種を越えて、複数の障害種の対応することが可能な学校となります。これについては、異なる障害に対する複数の課程を一つの特別支援学校が持つことになるという解釈(地域の実情に応じて設置者が判断するとなっている)と、二つ以上の障害を併せ有する(重複障害)児童生徒への教育を拡充させていくという解釈が成り立つことになります。
2 ) センター的機能
特別支援学校のセンター的機能は、小・中学校等の通常の学級における特別支援教育の充実に向けての大きな要素として、これまでも報告書等(「特別支援教育の在り方に関する調査研究協力者会議」最終報告書、 2003 年 3 月)で説明されてきましたが、以下に示す第 71 条の三において規定されることになりました。
「特別支援学校においては、・・(略)・・幼稚園、小学校、中学校、高等学校又は中等教育学校の要請に応じて・・(略)・・児童生徒又は幼児の教育に関し必要な助言又は援助を行うよう努めるものとする。」
3 ) 特別支援学校教諭免許状
上記の特別支援学校の目的等を受け、教育職員免許法が改正されました。担当教員の基本的な資質能力を確保する免許制度は、障害の重複する児童生徒の教育を支える上でも重要な基盤として位置づけられています。


(2)小・中学校等について

1 ) 特別支援学級
学校教育法第 75 条の第1項に、教育上特別の支援を必要とする児童生徒等に対し、障害による学習上又は生活上の困難を克服するための教育を行うものとすること、また第2項においては、特別支援学級を置くことができると規定されました。

2 ) 通級による指導(特に、 LD ・ ADHD 等への対応)

通級による指導の一層の弾力化を図る目的で、学校教育法施行規則が一部改正され、平成 18 年度より施行されている。その具体的内容は、「通級による指導の対象となる者」として、 LD および ADHD の児童生徒が加えられたこと、これまで「情緒障害」に含む扱いで規定していた「自閉症者」が、独立して分類されたこと、「自立活動」および「教科指導の補充」にかかる指導時間の枠が弾力化されたこと、担当する教員が有する専門性や指導方法の類似性等に応じて、他の障害の種類に該当する児童生徒を指導することが可能とされたこと、等になります。

2. 小・中学校等における特別支援教育の専門性の課題

今回新たに特別支援教育の対象となった LD 、 ADHD 等の教育対応の専門性の問題は、今後ますます重要性が増すと考えられます。例えば、 LD はかなり包括的な概念であり、多様な障害群であるという認識のもとに本来使用されるべき用語と言えます。 DSM- Ⅳでも「読み障害」「算数障害」「書字表出障害」「特定不能の学習障害」に分類され、それぞれの対応は、特化された専門的なものである必要があります。
特別支援教育において進められている、校内委員会と特別支援コーディネーターを中核とする支援システムは、初期段階の支援システムとして、きわめて重要なものでありますが、特化された専門的な支援がどの程度確保されるかについては、疑問の点も多いと思われます。特別支援教育の実際は、これまでに蓄積された資源の再資源化という戦略的側面が強く伺われますが、再資源化で対応できないより高度の専門性が、 LD 、 ADHD 、高機能自閉症等の教育対応では必要と考えられます。

3. 重複障害に対応する特別支援学校の専門性の課題

今回の学校教育法改正の一つの柱が特別支援学校への移行であり、その目的は、これまで十分とは言えなかった重複障害教育の充実にあると言えます。特に、教員の専門性という観点からこれまでの重複障害への教育対応を考えると、教員養成の段階から改善の余地があったと言えます。今回の免許法改定において、総合的な専門性、かつ重複障害の独自性に関する専門性を確保する目的があったことは、新たな免許法の科目の全体的な構造が、各障害についての科目を設定した上で、重複障害の独自性に対応した科目を位置づけている点からも明らかと言えます。しかしながら、免許制度において確保される専門性は、いわゆるミニマムエッセンスであり、実際には実践事例についての検討から得られる専門的な知識と方法の蓄積等が重複障害への教育の充実には不可欠と言えます。本来、免許制度に基づく専門性の確保が前提である限り、教員養成系大学等での養成において、この重複障害に関わる科目の更なる充実が期待されるところであるが、今後新たな免許制度のもとで教員養成が進み、これらの有資格者が重複障害児の教育対応において専門性を発揮するまでには、相当な時間を待たねばならないでしょう。したがって、免許制度により専門性の基礎的、基本的な部分を各教員に確保しつつ、より高度で実践的な専門性を重複障害児を担当する担任教員への支援として活用できるような新たな学校支援体制の検討が必要と考えられます。

地域に根ざす学校づくりと教職の専門性

○  分科会の趣旨
本分科会の趣旨は次の通りである。
「地域に根ざした学校づくり(あるいは広く教育づくり)」の取り組みや実践における、父母や住民と教師の具体の関わりを手がかりに、これからの時代の「教職の専門性」を探る。

このとき教職の専門性を、教科指導や生徒指導という区切られた範囲の高いスキルや知識を、個々人に焦点を当てて捉えるだけではなく、共創・共生の教育、人間形成・コミュニティ形成の担い手集団に目を向けたい。言い換えれば、子どもの育ちを中心において、教員は父母・住民とともに不断に専門性を高める存在(子の育ちとともに育つ存在)であることを確認しあいたい。

○  進行
分科会の進行は、1.司会者(山崎保寿(信州大学教育学部教授)、武者一弘(同助教授)及び報告者の紹介・趣旨説明、2.報告者からの報告、3.質疑応答とフロアーを交えた議論、4.報告者から教員の卵たちへのメッセージの順であった。以下、2.3.4.を簡潔に振り返りたい。

○  報告
[(1)高澤英明(信州大学教育学部4年)]
最初に、高澤さんから大学四年間の中で教育実習や教育現場の参観から学んだことや将来の抱負の報告があり、その後、学校と教育行政の現場から四つの報告が続いた。

[(2)日岐正昭(長野県立辰野高校教頭)]
日岐教頭からは、「開かれた学校づくりを目指す『三者協議会』『辰高フォーラム』の取り組みについて」と題した報告があった。 1997 年 12 月 20 日に発足した「生徒・父母・教職員の三者協議会」は、生徒・父母・教職員の三者が主体的に学校づくりに参加し協力していく場であり、これまで校則、授業改善、学校目標、施設改善、環境美化、文化祭、コース制導入などについて話し合ってきた。一方、「辰高フォーラム」は、 1997 年に始まり、より良い学校づくりを目指して、辰野高校の教育に関する問題や課題を、地域住民や企業、町、教職員、生徒、保護者、同窓会員等が集まって意見を交わすために、年一回開催されている。昨年度は全体会では、学校からの報告(学校自己評価、創意ある学校経営支援事業、高校改革プラン)と生徒会活動報告(辰野病院移転問題)の二本の報告があり、分科会では、福祉国際、生活環境、産業振興と進路指導、地域文化と特別活動、地域活性化と高校の五分科会に分かれて話し合いを行った。

これら取り組みの成果と課題を、三者別に整理すると次の通りである。教職員については、保護者、地域住民、生徒から様々な質問や意見が出され、教育活動の情報公開の場として accountability (説明責任)の力が向上し、日々の教育実践が協働の論理によって成り立つことの意味が実感できた。一方で、協働で検討すべき課題の絞り込みに工夫の必要が感じられた。次に生徒については、教職員、保護者、地域住民など異世代間の話し合いを通じて、社会的存在である自分に気づき、自分の意見を多様な人の集う場で発表できるようになり、他者からの批判や要望を受け止めてそれに応えようとする能力が育ってきた。他方で、検討課題について生徒自ら積極的に掘り起こす能動的な態度を育成することが課題となっている。最後に保護者については、保護者としての教育権の自覚が芽生え、積極的に子どもや学校と関わるようになったが、今後はより多くの保護者が出席できるような取り組みをつくり出すことと生徒を育てる立場からの発言が求められる。

[(3)土屋彰(佐久市立中佐都小学校校長)]
「地域と共に子育てを!」と題して、土屋校長からの報告があった。主に報告者の教育観とそれを培った教師経験が語られた。
現在校長として、子どもにとって行きたい・学びたい楽しい学校、親にとって通わせたい・学ばせたい学校、教職員にとってやる気になると同時にわが子を通わせたいと思える学校づくりを目指しているが、そのとき学校の主役は「学ぶ子どもたちであり、その親たちである」と考えている。学校の主役を大事にするには、学校として、また教師として何ができるのか、しなければならないのか、が課題である。

報告者自身の教育観に多大な影響を与えたのは、上田市第六中学校での教師経験であった。上田六中は地域性と校風の異なる二校の統合中学校として発足した当初から激しく荒れた。試行錯誤の中で学校を立て直す過程で、 1996 年9年に学校開放・学校自由参観が始まった。子どもたちの生の姿を保護者・住民が自分の目で見て、一緒に子育てをしていきましょう、というスタンスで始めたところ、次第に教師と地域の方々や保護者との風通しがよくなり、協力体制がみられるようになってきた。 1998 年2月の「いじめ等対策委員会」をきっかけに、生徒が自分たちの学校をどう考えているのかを教師・住民・保護者がしっかりと受け止め、共に学校づくりに参画していくことの重要性に気づいた。いじめ等対策委員会は地域の教育関係諸団体代表、PTA、教職員の生徒指導委員会で構成されていたのだが、このときは生徒会役員会が同席し意見交流した。生徒たちから率直に、人権意識や大人社会への不満などが出され、出席した委員には非常に好評で、またこうした会をもちたいとの声が多かった。そこで同年7月に、保護者・生徒・教職員の「意見交流会」が各学年生徒会とPTA学級部の運営で学年ごとに開催された。土曜日の午後であったが生徒約110名、保護者・地域住民約40名が参加し、校則や授業・教師の指導について本音の議論がなされた。こうした取り組みを発展させる形で、 1999 年2月に「上田六中の学校づくりを考える生徒・保護者・地域・教職員の四者会議」が発足し、以降年3回の会議を開催している。これまで話し合われた主なテーマは、部活動の時間・顧問の姿勢、授業の進め方、学習指導、学校施設設備の改善・充実、校則、服装、日常生活などであり、話し合いの中で四者それぞれの考え方の理解が進み、あるものについては合意を得て改善につながり、あるものは共同の課題として引き受けるなどした。上田西小の教頭時代の子どもたちによる授業評価や公民館との連携などの取り組み、中佐都小の校長になってからの五者連絡会、保護者による学校評価、教職員による学校経営診断などの取り組みは、上田六中の経験がベースとなっていた。

報告者が今改めて思うのは、教育は環境であり、教育は人であるということである。将来教職を目指す学生には、労働者としての教員ではなく崇高な使命感と志をもった教師になってほしいと願っている。

[(4)龍野武利(信大附属松本小学校教頭)]
龍野教頭からは、国立大学法人立の小学校における地域の中での学校づくりの紹介があった。はじめに、「地域を持たない附属松本小学校」としばしばいわれてきた所以について、3つの説明があった。一つは、通学区域が広いため、町別ごと小学校を拠点とした取り組みがなかなか行われにくかったこと、二つ目は教育実習や教育研究を中心に特別な教育を行っている、と穿った見方も一部にあったこと、三つ目に教員が忙しく地域に出る機会が少ない(閉塞感があった)ことである。

一方で、附属松本小の指導で大事にしていることは、(1)学習・生活にかかわる基礎基本の習得、(2)児童一人一人の理解を深め、一人一人を支えること、(3)支え合い、鍛え合う学級集団の育成、(4)生きる力を育む教育活動の充実の四点である。また特色ある教育課程としては、(1)基礎基本の学力をつける授業日数と授業時間の確保、(2)一人一人の願いを大切にした音楽集会や秋の遠足、(3)附属幼稚園や附属中学校と連携した教育活動、(4)信大教育学部の学生と交流ができる教育実習、(5)授業改善の方向を示す公開研究会、(6)国際理解を進める英語活動、(7)個性を光らせるための伝統ある部活動、(8)子どもも保護者も楽しめる教育活動がある。 基礎基本として、特に大事にしているのは、(1)コミュニケーション能力の育成、(2)知・徳・体のバランスのとれた人間形成である。

附属小学校では、教師個々の実践の中に地域に目を向けた優れたものがある。3年生の社会科の授業では、小学校の屋上から写した一枚の写真を手がかりに、どんなことが見つかるかな?と児童になげかけ、地域の?さがしを行い、調べ学習を展開している。また、こまくさタイムでは、水汲地区の花いっぱい運動へ参加している。

最後に報告者は、地域を教材とした実践が、人、もの、ことへの出会いを作り出し、児童がそれを前向きに受け止め、そこから発見し、楽しさをみつけていったことを、授業者が認識していた事実を例に挙げながら、附属松本小学校も変化してきており、地域の中での役割を持ち、そして地域に根ざした学校づくりが進んでいるとした。加えて、生きる力は、学校現場だけでなく大学の教員養成課程においても育む必要があると感じていると述べた。

[(5)中原稻雄(駒ヶ根市教委教育長)]
中原教育長からは、主題を「人生の土台を培う 幼児教育への認識を」、副題を「子ども行政の一元化を図るため、市長部局の母子保健(保健師等担当)と児童福祉(保育士等担当)を教育委員会に加えて、学校教育と合わせて『子ども課』を設置」とする報告があった。報告の柱は次の七本であった。(1)幼児教育への思い、(2)子どもたちの問題・課題をどこに問うのか、(3)子ども行政の国と市町村における分掌の現状と駒ヶ根市の機構改革、(4)子ども課設置の動機、(5)教育委員会に子ども課設置の意義、(6)子育て環境の現状(傾向として)、(7)子ども課設置の目的と予想された効果である。

(1)では、幼児教育は家庭づくり、地域づくり、国づくりの基であること、乳幼児期は人生の土台を育むもので、全ての教育に優先されるべきこと、子どもたちの成長の段階に不可欠な、しかも一貫した理念で生き方の支援が可能な教育委員会のしくみが必要であること、時として行政が家庭教育の機能や責務を奪っていること、親世代の体験不足、社会教育の連携の不適切、子育て環境のしくみの変化等により、資質が十分でない親が増えていることが指摘された。

(2)では、子どもの問題について教師や家庭の教育力だけに因果関係を求めるのでは不十分であること、社会的存在がスタートする幼児期を中心に小中学生の育ちがおかしいこと(基本的な生活習慣、人間関係づくり、規範意識、運動能力、学ぶ意欲)、乳幼児期から発達段階の適時性と累加性のある、一貫した視野と理念に基づく教育の必要性、保健師、保育士、栄養士、教師、相談員、事務局それぞれの専門性の向上と連携が不可欠であること、そのため管制機能を有した「子ども課」を教育委員会に設置すべきであることが述べられた。

(3)では、子ども行政についての国と市町村の所管関係と駒ヶ根市の子ども行政一元化の前後の機構が説明された。駒ヶ根市では、補助執行、福祉行政部局と教育委員会事務局の職員の併任、構造改革特区の活用により、子ども行政の一元化を推進した。

(4)では、(1)(2)に挙げた指摘に加えて、日本では子どもの権利条約の批准( 1992 年)後も、育つ権利と守られる権利が見過されてきたこと、大人自身の劣化により市民意識のありようが課題となっていること、自分の子どものことだけを考える親の群から、子どもたちのことを考える社会づくりを意識した公共的思考のできる親の集団になって欲しいことが述べられた。

(5)では、(1)(2)(4)での指摘以外には、教育委員の意識が学校教育中心の視野にとどまっている限り、今日の教育課題の本質や実態に即した施策を考えることは難しいので、地方分権下で十分に機能する基礎的自治体としての教育行政の体制のあり方を求めていかねばならないこと、教育の課題は住民生活の全てにかかわる首長部局の施策を無視して考えられないことなどが主張された。

(6)は(1)(2)(4)(5)を整理したものであるのでここでは省略する。(7)では、子ども課は、母子保健、児童福祉、学校教育、社会教育における青少年育成等、それぞれの部署で行われている子どもに関する施策を一貫した視点でみようとするもので、子どもと親の人間形成、地域社会のひとづくりなど広い意味での教育という機能面から、領域を横断的に見るものであることが強調された。

○  議論
報告内容が盛りだくさんであったため、議論の時間は非常に限られたものとなってしまった。主な論点は(1)地域に根ざす学校づくりにおいて求められる教職の専門性とは何か、(2)前の学校段階とのカリキュラム上の接続の工夫はあるか、といった点であった。(1)については、地域からの提言を生徒が受け止め解決していくことを指導できる力量が大事であること、学校を飛び出し地域に入ること、先を見通したカリキュラムづくりができること、が示された。地域に根ざす学校づくりは、とかく世間知らずといわれがちの教師がそこから脱皮して育つ過程であるとの発言もあった。(2)については、報告に立った全ての学校で、幼保小中高の連携の取り組みが意識され、既に授業の相互参観など実質的な取り組みを行っているケースが多かった。子ども(の発達課題や発達の道筋)理解に有益との意見が目立った。その他、駒ヶ根市の取り組みを引き合いに出し、幼保から大学に至るまでの子どもカルテ(学びの履歴)をとることが大切であるとの発言が注目された。

○  若い教師と教師の卵へのメッセージ
最後に、あくまでも主体は子どもであること、人間的魅力をもつこと、十年後の子どもの姿をイメージし今教師としてどうするかを考えること、子ども一人一人をきちっとみることを通して仕事としての教育から生き甲斐としての教育へ変えていくこと、先に連携ありきでなく何のためにどんな軸を持って連携するかが大事であること、教科担任と人間担任の二つの力をつけること、子ども一人一人と同時に全体をみることなどが、教師の卵たちへアドバイスされた。

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