信州大学 伝統対談Vol.5 世界へ、そして、ポケモンGOへ。特別レポート

世界へ、そして、ポケモンGOへ。

世界へ、そして、ポケモンGOへ。

学長と語る伝統対談Vol.5のお相手は、工学部の卒業生で「ポケモンGO」の開発者、野村達雄さん。

今年31歳を迎えた野村さんは、"デジタル・ネイティブ"とも呼ばれるミレニアル世代(新千年紀世代)の代表的存在です。現在、アメリカ在住の野村さんですが、年末年始に一時帰国された際、信州大学長野(工学)キャンパスを訪問。学長との対談のなかで語られたのは、学生時代にひとつのことを掘り下げて追究する楽しさと、社会に出てからは人や世の中の課題と向き合い、解決のために行動することの重要性。まさに、野村さんの魅力的な姿勢が浮き彫りになった対談でした。

(司会・コーディネーター藤島淳さん)

・・・・・ 信州大学広報誌「信大NOW」第104号(2017.3.31発行)より

濱田州博

信州大学長
濱田 州博(はまだ くにひろ)

1959年兵庫県生まれ。1982年東京工業大学工学部卒業。1987年同大学院博士課程修了。

1987年通商産業省工業技術院繊維高分子材料研究所研究員。1988年信州大学繊維学部助手。

1996年同助教授、2002年同教授、2010年繊維学部長、2012年副学長を経て、2015年10月より現職。著書に『繊維の高次機能加工』(シーエムシー出版)、『はじめて学ぶ繊維』(日刊工業新聞社)、『繊維の百科事典』(丸善出版)など。


野村達雄

ナイアンティック
ポケモン GO ディレクター
(工学部卒業生)
野村 達雄(のむら たつお)さん

1986年生まれ。2009年信州大学工学部情報工学科卒業。2011年東京工業大学大学院理工学研究科数理計算科学専攻修士課程修了。同年、Google Japan Inc.(現グーグル合同会社)入社。

Google Mapsのエンジニアを務めた後、2013年米Google Inc.へ転籍。2015年、当時Google社内ベンチャーであったNiantic Labsへ。同年、GoogleからNiantic, Inc.として独立した後は、2016年7月に配信された『Pokémon GO』のゲームディレクターとして参画。同作品は2016年7月の配信開始から約2カ月で、ダウンロード数が世界で5億回を超えた。


藤島淳

司会・コーディネーター
(信州大学広報スタッフ会議外部アドバイザー)
藤島 淳(ふじしま じゅん)さん

電通クリエーティブディレクター、上海電通赴任等を経て、2014年に電通退社。

ブランディングを主たる業務とする、ブランドア株式会社設立、代表取締役。上智大学講師(メディア・広告論)。

学生たちの熱意に応える信大の自由な学びの風土。

藤島淳さん(以下敬称略):2016年は、「ポケモンGO」が一種の社会現象になった年でした。その開発者である野村さんが、どんな学生時代を送られたのか、たいへん興味深いものがあります。

今日は、ご自身の大学生活を振り返りながら、存分に語っていただければと思います。

野村達雄さん(以下敬称略):子どものころからゲームが好きで、遊ぶだけではなく、ゲームが動く仕組みにも興味を持っていました。中学生のときにパソコンを買って、ある程度のプログラミングは独学で習得していたんですが、大学に入って2年生になったとき、井澤裕司先生の「論理回路」という授業に出て衝撃を受けました。コンピュータの中枢であるCPUがどうやって動いているのかという原理を初めて知ったのですが、その説明がとても分かりやすくて。そうしたことがきっかけでこの世界にのめりこみ、FPGA(集積回路のパッケージの一種)でファミコンを作ったり、ゲームに絡んだことばかりやっていました。その後グーグルに入ってエンジニアになったんですが、気がついたらまたゲームに戻っていた、という感じです。

藤島:学生時代からゲームを作っていらしたのですか。ポケモンGO開発の原点は、信州大学にあったわけですね。そんな自由な校風がこの大学にはあるのでしょうか。

濱田州博学長(以下学長):意識して自由な校風を作っているというよりは、自然にそんな風土が培われてきたのだと思います。信大の学生は約85%以上が実家を離れて一人暮らしをしています。通学時間が少ないということは、その分自分の好きなことに時間を使えるということなんです。都会の学生に比べて時間に余裕があることが、自由度を高めるひとつの要因になっているのではないでしょうか。

野村:たしかに、自由な時間は多かったと思います。当時の情報工学科には「エジソン・プロジェクト」というプログラムがあって、授業外で何でもいいので自分たちで研究課題を設定し、成果を出すと単位がもらえるというシステムでした。僕はそれを活用して結構単位を取りました。FPGAのファミコンも、そのエジソン・プロジェクトで発表したものです。

ひとつの授業が、学生生活を変えた!

藤島:ポケモンというキャラクターに着目されたのはどうしてですか?

野村:僕らの世代は、ポケモンを見て育った世代なんです。ただのゲームというより、みんなが共有しているある種の文化で、誰もが自分をサトシというアニメの主人公に投影して、ピカチュウとの冒険を空想していたと思うんですね。たまたま僕の場合は、縁があってそれを形として表現することができたんです。

学長:世代によって共有した文化があって、それが共通言語になるんですね。我々の世代はウルトラマンでしたが、野村さん世代の場合、ポケモンだった。ただ、ポケモンGOでは、そのバーチャルな世界をリアルな世界と合体させましたね。

野村:僕は人を驚かせるのが好きなんです。グーグルにいたころ、毎年「エイプリルフール企画」というのがあり、そこで「ポケモンチャレンジ」というのを作りました。これは、4月1日にグーグルマップにポケモンが出てきて、それをつかまえる(笑)というゲームです。

藤島:野村さんのそういう柔らかな発想力や考える力は、どんなところから育まれたと思われますか?

野村:先ほど述べた「論理回路」の授業が大きな転機でした。それまで、コンピュータは動いて当たり前だと思っていましたが、内部にもっと分け入ってみると、ちゃんとした理由がある。そこまで仕組みがあるということを、どうしてそれまで考えなかったのだろうと思いました。それ以来、物事を深く掘り下げて考えるようになったと思います。

学長:ひとつの授業をきっかけに、興味のあるジャンルに深く入っていかれたということですね。大学生活の醍醐味は、自分なりに課題を深く追究できることです。そのための時間、そのための研究設備など、まさに野村さんのように、有効に活かしてもらいたいと願っています。

野村:当時、「論理回路」の授業があまりにも楽しかったので、一学期分の課題を週末に全部終えてしまったことがありました。井澤先生のところへ報告に行ったら、「あとは好きなことをやりなさい」と言ってくださり、自分が興味のあることについて研究することができました。先生がそれを全面的にサポートしてくださったのも、ありがたかったです。和崎克己先生の研究室に入ってからも、なんでも自由にやらせてくださったので、本当にたっぷりの時間を好きなことだけに費やせました。

学長:自ら積極的にアプローチする学生がいると、先生はうれしいと思いますよ。能動的に学ぶ学生には、みんな協力を惜しまないはずです。

若いうちに、もっと海外に出るべき。

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野村:コンピュータ・サイエンスを勉強していると、基本的に情報はすべて英語です。

英語で発信される最新情報に接していると、シリコンバレーへのあこがれ、海外へのあこがれは自然に生まれてきました。

学長:そのような動機で英語をマスターし、海外に出ていくのはまさに理想的です。ただ、グローバルというと、どうしても言葉の話が先に出てしまいがちですが、大事なことは、自分たちが今過ごしている空間とは違う空間に身を置いてみる、ということです。言い換えれば、異文化体験ですね。自分たちとは異なる文化に触れる体験は、その後の成長に必ずつながっていくと思います。

藤島:野村さんの最初のアメリカ体験は?

野村:大学院のときに学会でオレゴン州のポートランドに行ったのが最初です。レストランに入って注文ひとつするのでも、向こうの習慣を何も知らなかったので戸惑った経験があります。テレビや映画でアメリカを知っていると思っていても、実際に行ってみると知らないことがいっぱいあるものです。

学長:若いときにこそ、そういう経験をしてほしいですね。世界的に見れば、日本は恵まれている国です。外に出たくても出られないという人のほうが圧倒的に多いなかで、努力すれば出られるんですから。ぜひその恵まれた環境を生かしてほしいと思います。

多様性の中で花開いた、独創性。

藤島:信州大学は北海道から沖縄まで、あらゆるところから学生が集まっていて、多様性に触れる機会が多いですね。

学長:信州大学は、北は北海道から南は沖縄まで、全国各地から学生がやってきます。長野県は約26%で、関東が約24%、東海が約20%、近畿が約9%と、出身地域もバラエティに富んでいるんです。ですから、言葉や習慣が違うのはもちろん、ものの見方、考え方も異なります。多様な人とつきあっているうちに、さまざまな見方や考え方を知ったり身につけたりできる、そこがおもしろいところです。

野村:そういえば、学生時代、僕のまわりにもいろんな地域の人がいました。

藤島:信州大学の場合、2年次以降は各学部でキャンパスが分かれますが、1年次は全員松本キャンパスで学びます。このねらいはどこにあるのでしょうか。

学長:新しい何かを生み出すには、別の何かと融合させることが必要です。だから、ひとつの専門性を追求するだけではなく、さまざまな人と接して多様な考え方を吸収してほしいんですね。
これからは深さだけでなく、横の広がりが必要な時代です。1年次には他学部の学生としっかり交流する。そのときの出会いが、その後の研究や人生に大きく影響したという人も少なくありませんよ。

藤島:野村さんも、工学的な専門性を追求しながら、ポケモンを遊びで使おうという文化的な発想もお持ちで、学びの多様性が生かされている気がします。

外に出る意識が地域貢献につながる。

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藤島:ポケモンGOは、スマホを持って家にこもっている人を外に引っ張り出したという、人とスマホの関係を変えた面も注目されました。

野村:それはナイアンティックという会社自体が持っていたビジョンです。ナイアンティックは、ジョン・ハンケという今のCEOが立ち上げた会社ですが、はじめから「人を外に連れ出したい」というビジョンを持っていました。僕もそれに共感して参画したんです。

学長:ナイアンティック社にはもともと地域貢献の理念があったわけですか。研究でも仕事でも、外に出ることは大切ですね。信大も、地場企業との結びつきを強化するなど、積極的に地元との交流を図っています。調査があると、信大はいつも大学の地域貢献度NO.1なんですよ。(※1)

野村:東北支援など地域と連携した活動は以前からしているんですが、ポケモンGOの場合、ポケモンをつかまえるためにいろんな地域に出かけるので、経済効果が高いとも言われています。

ゲームだけにとどまらず、ついでに観光したり、地元のおいしいものを食べたりなど、別の活動が伴うんですね。ポケモンGOをきっかけに、地方の魅力にも気づいてもらえるといいなと思います。

藤島:被災地の復興にも、ポケモンGOが一役買っているわけですね。今のお話は、信大が掲げる3Lのひとつ「ローカル」に関係するとともに、3Gのひとつである「ジェントル」ともかかわりが深そうです。

学長:ジェントルにはいろいろな意味があって、「人にやさしい」だけでなく、「社会にやさしい」「地域にやさしい」「環境にやさしい」など、多くの場でやさしさを発揮する学生になってほしいという願いを込めています。ポケモンGOは、これまで人が行かなかったところにまで人を引き寄せるようになったという意味で、地域への貢献度は大だったと感じています。

野村:長年、多くの人を惹きつけてきたポケモンのコンテンツ力は、ものすごく大きいと思います。それとナイアンティックのビジョンがうまく掛け合わされた結果、地域貢献にも結びつきました。ナイアンティックにとって、ゲームは目的ではなく、手段のひとつなんです。人を外に連れ出すことによって、健康になったり、コミュニケーションが深まったりする。それが本来の目的なんです。




※1 日本経済新聞社・産業地域研究所「大学の地域貢献度に関する全国調査」(2015)




時間は有限。自ら考える姿勢を。




藤島:学問を深めつつ、人や社会の課題・問題を自ら見つけて解決のための行動を起こすという姿勢は素晴らしいですね。

学長:学問も受け身ではなく、これからは能動になっていかなくちゃいけない。最近、「アクティブ・ラーニング」とよく言いますが、これはべつに部屋の中で活発に議論することだけではありません。本来のアクティブ・ラーニングとは、自ら動いて学ぶことです。大学も本来のアクティブ・ラーニングをめざしていく必要があります。

藤島:もし今18歳に戻れたとしたら、野村さんは何をされますか?

野村:もっと机に向かって勉強します(笑)。大学の4年間は、本当にあっという間。時間が足りなかったと痛切に思います。

社会に出ると、じっくりと腰を据えて勉強する時間は取れませんから、後輩の皆さんに声をかけるとすれば、「時間がある今のうちに、勉強しておくといいよ」と言いたいです。

学長:若いときから時間の使い方を意識することは大事です。40年前にはなかったものが今あるように、40年後には今ないものがあふれているでしょう。そのとき自分たちは何ができるのか、40年後の世界を自分たちはどう作り上げるのか、自ら考える姿勢を持ってほしいと思います。

【G3×L3】

信州大学が大学運営の基本方針として掲げるキーワード。Gは「Green」「Global」「Gentle」、Lには「Local」「Literacy」「Linkage」の意味が込められている。

【ナイアンティック】

スマートフォンなどの機器を用いた位置情報アプリや、ゲーム開発を行う米国企業。

2011年にGoogleの社内スタートアップとして設立され、2015年に独立。

【ポケモンGO】

ナイアンティックと株式会社ポケモンの協力により誕生したゲーム。位置情報と拡張現実(AR)を駆使し、ポケモンをつかまえたり、ジムでバトルをしたりする。

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