信州大学伝統対談 Vol.1 どくとるマンボウと信大生のDNA特別レポート

どくとるマンボウと信大生のDNA

 今年も信州大学の入学式で歌われた「春寂寥」は、大学の前身校のひとつ、旧制松本高等学校思誠寮の寮歌。この旧制松本高校ご出身の作家で、「どくとるマンボウ」シリーズで知られる北杜夫氏の長女である、エッセイストの斎藤由香さんをお迎えして、山沢清人学長との対談が実現しました。テーマは「信大生のDNA」。温故知新、時代を超えて受け継がれるものを探る楽しい対談となりました。

(司会・コーディネート笹本正治)
・・・・・ 信州大学広報誌「信大NOW」第93号(2015.5.29発行)より

山沢清人(やまさわ きよひと)

山沢清人(やまさわ きよひと)
1944年東京生まれ。東北大学工学部電気工学科卒業。同大学院工学研究科(電気及通信工学専攻)修士課程修了。1970年東北大学工学部助手。1979年信州大学工学部講師、1994年信州大学工学部教授。1998年共通教育センター研究開発部門長、2003年学長特別補佐(2005年6月10日まで)等を経て、2006年工学部長(2009年3月31日まで)。2009年10月信州大学長。

斎藤由香(さいとう ゆか)さん

斎藤由香(さいとう ゆか)さん
サントリー社員であり、エッセイスト。祖父は歌人・斎藤茂吉、父は作家・北杜夫。著書に、週刊新潮に連載したコラムをまとめた『窓際OL トホホな朝ウフフの夜』、『窓際OL 人事考課でガケっぷち』、斎藤茂吉の妻であり、祖母・輝子の生涯を描いた『猛女とよばれた淑女』、『パパは楽しい躁うつ病』などがある。

笹本 正治(ささもと しょうじ)

司会・コーディネーター
笹本 正治(ささもと しょうじ)
信州大学 副学長(広報、学術情報担当)・附属図書館長


信州という豊かな環境から独創性が育まれる?

笹本 今日はようこそ信州大学へお越しくださいました。信州の印象はいかがですか。

斎藤 今回お会いするにあたりまして、父が旧制松本高校時代を書いた『どくとるマンボウ青春記』を改めて読み返してみました。食べ物がない空腹の話が多いですが、松本を取り囲む信州の山々に触れている部分が多くあり、印象深いんです。本の中に、「こうして20年以上経っても鮮明に網膜に残っているのは、信州の冷えびえとした大気の中にひろがる美しい山脈である。殊にその秋の私の心象を映してか、夕暮の光景ばかり思い出される。西方のアルプスの彼方に日が落ち、松本平を薄もやがおおい、山々はうす蒼く寒々とした影となって連なっている。」とあります。今日、松本駅から信州大学に向かう途中も山々が見えて胸いっぱいになりました。

学長 北杜夫さんは、アルプスの常念岳をピラミッドに、美ヶ原の王ヶ鼻をスフィンクスに例えていますね。それらに挟まれて松本平が広がっているんですが、松本に限らず、信州大学の5つのキャンパスの自然環境は素晴らしいものです。信大生の7割は、他県からこの信州にやってくるんですよ。

斎藤 父は、信州には大らかな豊かさがあったとも述べています。若い時期の4年間を、親御さんから離れて、しかも都会からも離れて生活し、学ぶことが、どれほど有意義なものになるか、推して知るべしですね。

学長 そこが信州大学の強みの一つで、自分がやりたいことをやると考えるかどうかは自然環境でも左右される、とよく言っています。若者の多くは利便性を求めて都会に住みたがります。まだ若いのにわざわざ自分で忙しい環境をつくってしまい、挑戦する機会や時間を失っています。大学の4年間は、自分の学びを忙しくして欲しいんですね。


斎藤 キャンパスが、県内4地域にあるのもすごいことです。

学長 新幹線の駅がある長野に教育学部と工学部の2つ、また上田には日本で唯一の繊維学部があります。そして、松本には人文学部・経済学部・理学部・医学部、伊那地域には農学部があります。北の長野から南の伊那までは、だいたい120kmくらい離れています。学生は1年次生は全員松本キャンパスで学び、その後各学部のキャンパスに移ります。

斎藤 非常にスケール感のある大学であるのを実感します。

学長 だから、各学部の独立性も高く、つい最近までは、「信州大学の学生」ではなくて、「○○学部の学生」と言っていたんですよ。そうではなく「信大の学生」なんだ、と。信州大学というのは、キャンパスや学部を超えて一つである、ということを私は求めてきました。そのためには、旧制松本高校時代の文理融合の教育が必要かなとも思います。学問的な内容は今はずいぶん変わっていますけれど、僕は文系だから、私は理系だからお互いに関係ない、というのではなくて、違うからこそ違う人の考え方を知ろうとしてくれればいいと思っています。入学式などを機会として、全学部が一つになるようにと、一生懸命言っているんです。

斎藤 学部に関係なく自分たちが信州大学の誇りを持てる。そういう意味では新しい伝統をしっかり学び、育むことが大切なんですね。

笹本 信州大学が一つになるため、伝統を踏襲しつつも、伝統に加え新しさを、そこからさらに一歩踏み出そうと取り組んでいますので、本学はこれからもっともっと伸びていくと思います。

斎藤 そういう努力が認められて、企業が評価する大学ランキング「独創性」部門で全国1位に選ばれたそうですね。素晴らしいことだと思います。親御さんも嬉しいし、生徒さんも誇りに思うと思います。

笹本 日本経済新聞社が2014年に発表した「本当の就業力が育つ大学ランキング」の「独創性」の評価で、1位になりました。

学長 2位の京都大学を抑えて、1位なんですよ。まあ、変わった人も多いですね(笑)。ただ「知力・学力」の評価も上位ですから、ただ変わっているだけではないことはもちろんです。

斎藤 実は、父は「へんてこりん」なことが大好きで、「変わった人」という点をとても大切にしていました。父が同席していたら嬉しそうに頷いたと思います(笑)。もちろん学長がおっしゃる「変わった人」と、父が語るそれはイコールではないと思いますが。

学長 いえいえ、人間変わったところがどこに出てくるのか、という話ですから、重要なのは自分なりの考えで行動することです。自ら考えることにじっくり時間をかけること。そうすることで、結果として独創性が育まれるのではないでしょうか。そして信州は、「じっくり考える」のに相応しい環境が整っているんですね。

信大生のDNAとして受け継がれるもの

対談する山沢学長と斉藤由香さん

笹本 旧制松本高校の校舎は松本市の「あがたの森公園」にあって、国の重要文化財に指定されています。当時は非常にバンカラな気風で、今でも旧制高校の文化や気質を最も受け継いでいるのが、信州大学だと思います。お父様の本は、信大生、特に人文学部に入る者にとってはバイブルでした。

斎藤 ありがとうございます。父は信州が本当に大好きで、晩年、何度も上高地や松本、旧松本高等学校の校舎であった「あがたの森文化会館」を訪れております。父の本を読むと、旧制高校の先生は鷹揚で、その頃はどこの学校も大らかな時代だったのかもしれませんが、試験ができていないのに及第点をくれたり、今ならこんなこと書けない、というような先生がたくさんいらっしゃって…。でも「旧制高校の先生の良いところは生徒と一緒になって人生を語り、親身になって相談に乗ってくれるところであろう」と書いてあります。今は学校でも会社でも、親子ですら距離が遠いような気がするので、とても貴重なことです。

学長 信州大学は今でも距離が近いですよ。毎朝授業に行きますよね。すると生活圏が同じだから、たとえば地震の後「昨日どうだった?」「すごく揺れたよね」と情報共有できる。都会だと先生と学生が同じ街に住んでいることが少ないので、話が通じるようで通じませんね。

斎藤 先生と学生が住んでいるエリアが一緒なんですね。

学長 都会でない大学の良さがここにもあります。

笹本 近頃卒業生と会ったんですが、旦那さんを連れてきた人、奥さんを連れてきた人、赤ちゃんを連れてきた人、みんな友達感覚で集まれるんです。おそらくお父様が学んでいた時からの流れだと思います。伝統を積んで次のステップを、と学長が申し上げましたが、それは間違いなく受け継がれています。

斎藤 たとえば卒業生が信州を離れて結婚し、家族旅行で再び信州を訪れたときに立ち寄れる気軽さが信州大学の良さでしょうか。

笹本 人のつながりの近さを強く感じられるのが信州大学の魅力です。

学長 北さんの「どくとるマンボウ」に代表される旧制松本高校の持っていた文化・気質が、大学全体の共有財産として脈々と伝わっていると思いますし、現在に生かされているんです。

斎藤 『どくとるマンボウ青春記』には、寮生活やコンパを自分たちで楽しんでいる様子が描かれていて、学生生活が凝縮されていると思いました。今の若い人たちはスマホやパソコンに時間を取られて、そういった時間が失われつつあると言われていますが。

学長 そう思いますね。信大には1年生が約2千人いるんですけれど、そのうち328名は1年生専用の「こまくさ寮」で暮らします。

斎藤 こまくさ寮は人気があるそうですね。

学長 だから多くの人が入れるように、もう少しキャパシティを増やしたいんですが、なかなか厳しいものがあります。寮生活というのはいいですよね。寮祭もありますし、その他いろいろなイベントも行われます。寮長は代々学生がやっているんです。特に学生の約7割は他県からやって来ますから、その学生が集まっていろいろ話をする。生活を一部でも共有するということが大切なんですよ。

斎藤 寮生活は人生において何度も体験できるものではないですよね。

学長 損得なしで、素晴らしい体験ができるでしょう。旧制松本高校は、その部分では十分に満たされたうらやましい環境だったと思います。

笹本 北杜夫さんの時代は四人部屋で畳でしたから、濃い人間関係が体験できたと思いますよ。こまくさ寮は二人部屋ですが、ここの卒業生は寮を“第二の故郷”と呼んでいるくらいです。

斎藤 寮に入ることによって、生涯を通じてプラスとなる経験がある。社会人になる前に集団生活を経験するのは非常に重要なことで一生の財産になると思います。そうして目に見えない信州大学のカラーに良い意味で染まっていくんですね。

学長 信大のDNAは、探せばあちこちに存在しているんですよ。生活の仕方や、考え方に始まって、もっと直接的には、北杜夫さんが蝶や昆虫を追いかけたときと同じように、現在でもその伝統を受け継ぎ、絶滅危惧種の蝶の研究で成果をあげている若き研究者がいます。かつての文化をきちんと受け継ぎながら、前に進めていこうとしているんですね。

信大でしかできない学びと体験を

斎藤 私がたまに仕事でお医者様とお会いすると、「北さんの『どくとるマンボウ青春記』を読んで信州にあこがれて、松本の信州大学の医学部に行きました」と言われることが多いです。

学長 北杜夫さんが愛した松本や旧制松本高校の魅力が、現在も力を持って伝わっている証拠ですね。

笹本 先ほど信州の環境がいいという話題が出ましたが、信大ではさらに一歩踏み込んだ教育を志しているんですよ。

学長 恵まれた自然環境を守れる学生を育てようと、全キャンパスで環境マネジメントの国際規格ISO14001認証を取得しました。特に教育学部は、長野県の教員の6~7割を輩出しているんです。ですから、ここでちゃんと環境教育を行うと4年後あるいは6年後に一斉に県内に広がっていく。きちんとした考えに基づいて子どもたちに教えられるんです。

斎藤 環境に対するスキルと意識を持たせるのは大切なことですね。

学長 意識を持たせることは大切です。この4月、工学キャンパスに国家プロジェクトである水の浄化システムの研究拠点、アクア・イノベーション拠点が出来たんです。水は日本では潤沢に使えますが、世界の人々にとっては貴重なんですね。そういう方々に、安くて安全な水をきちんと届けられるシステムを作ろうと、取り組みを開始しました。最初、文部科学省に申請した際に聞かれたのは、「通常、海水淡水化は考えられますが、どうして山の中の大学が?」と。そこで、「信大が得意とするカーボン・ナノチューブという将来性のある炭素材料を使い、廉価で強固な水浄化システムが実現出来そうだ」と回答しました。山の源流域に住んで、環境教育を受け、水のきれいさ、大切さを知っている我々だからこそ、世界の人々にきれいな水を届ける、という想いで取り組むのだと。

斎藤 自然の恵みや大切さを机上で学ぶのと違って、この環境が、信州の魅力であり、信州大学の魅力であり、信州大学での学びになるんですね。

学長 冬になり、山に雪が積もり、春になって雪が解けて、源流になるわけです。雪解けの時は水の量が違う。そして濁っていた水が澄んでいく。これらを目で見て肌で感じられるんですよね。これほど説得力に富む事例はないですし、間違いなくその学生の人生に生かされていきます。

斎藤 実際に、学生さんは、どんな理由で信州大学を選ばれているんでしょうか。

学長 成績などの他は、やはり自然環境です。意外に多いのは“一人暮らしをしたい”ということのようですね。

斎藤 マンションやアパート暮らしだとちょっとお金がかかりそうですが。

学長 国立大学ですので授業料はおさえられいて、奨学金だけではなく授業料免除制度などの充実にも力を注いでいます。そういう意味では、ここで学ぶ学生は学ぶことに時間をかけられます。

これからも、信大生に望むこと

山沢学長と斉藤由香さん

斎藤 卒業生で、お子さんにも同じ信大で学ばせたい親御さんも、いらっしゃるのではないですか?

学長 県内外を問わず、大勢いるようです。お父さんが信大生だったので薦められた、という方や、中には三世代信大生というご一家もいます。

斎藤 おじいさま、おばあさまが惚れ込んだ信大、息子や孫に行かせたい大学。信大には伝えたい伝統や文化があるとしか言いようがないですね。教育の現場にいらして今の若者たちについて、何かお気づきのことはありますか。

学長 自分が何か行動すると、良し悪しを含め周囲にいろいろな影響を及ぼしますよね。あえて挙げるなら、その行為の責任は自分にある、という認識が少し薄いような気がします。

斎藤 IT社会がますます発展していく現代で、人間関係が昔よりさらに大切になっています。今回、学長の入学式のお言葉で特に印象的だったのは、新入生に、「自分探しをするには若すぎる」と、きっぱりおっしゃられたことでした。また、養老孟司さんの言葉も引用され、「個性は徹底的に人のまねをすることから生まれる」とおっしゃられました。養老孟司さんは著書で、「他者と話が通じないのは、『バカの壁』が立ちはだかっているからで、それを自覚すれば世界の見方が変わってくる。個性を伸ばすより世間との折り合いをつけることの大切さを教えたほうが遥かにましだ」と説いています。今の子どもたちは、とかく“自分探し”を重要なものと考えがちですが、大学4年間は、しっかり世間との折り合い方を身につけることが大切なんですね。

学長 自分を成長させるのに、自分にばかり目が向き、小さな世界に籠もってはいけないと思います。他人であり、世間であり、住んでいる環境との関係性、といった自分の周りとの折り合いを、自分で考え見つけて欲しいんです。自分で考えると他人とは考えが違うことに気づき、それが個性につながり、創造性につながります。また、その際、安易に誰かに聞いたり、ネットで情報を拾うことは決してしないことです。自分で考えるという意味では、読書は有効ですのでもっともっと本を読んでほしいですね。

斎藤 父は信州大学や松本に格別の思いを持っておりました。母とも相談したのですが、もし、ご迷惑でなければ、父の蔵書などを少し寄贈させて頂ければと思いますが、よろしいでしょうか。

学長 そのお申し出は、大変嬉しい限りです。学生にもアピールしなければいけませんね。

斎藤 ありがとうございます、本日は貴重なお時間をありがとうございました。

笹本 北さんのコレクションをお預かりできれば、早速特設コーナーをつくらせていただきます。今年の開学記念日に図書館がリニューアルオープンしますので、記念イベントに使わせていただきます。本日はありがとうございました。


COLUMN 信大生のDNAを受け継ぐ歌、「信州大学こころの歌」

平成27年3月に販売されたCD「信州大学こころの歌」。 信州大学の前身校のひとつである旧制松本高等学校の校歌や、北杜夫氏ゆかりの思誠寮寮歌「春寂寥(はるせきりょう)」、信州大学設立後に歌われた学生歌「叡知みなぎる」など、当時の、バンカラで自由闊達な学生たちの思いが偲ばれる歌が収録されています。 この「春寂寥(はるせきりょう)」や「叡知みなぎる」は最近入学式で歌われており、ともに信州大学の歴史や伝統を受け継ぎ、信大生のこころの拠り所となる歌となっています。(信州大学生活協同組合売店で好評販売中) shindai-kokoronouta.jpg

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