長野県のがん診療の中核 信州がんセンターの試み特別レポート

分野を超えた包括的診療でがん診療の未来を開拓

信州がんセンターの試み

信州がんセンター

 信州大学医学部では、がん専門医育成の教育基盤を作る目的で、平成24年から、「包括的がん治療学教室」を開設した。そしてこの機に、医学部における教育部門と附属病院におけるがん診療とを一体化させ、翌年4月、従来の「がん総合医療センター」を発展的に解消し、「信州がんセンター」を設置した。
 本センターは、診療部門の中枢となる「集学的がん治療部」、患者や患者家族の心身のケアを担う「がん医療支援部」、患者のがん情報を蓄積・分析する「がん情報部」の3部門から構成される。都道府県がん診療連携拠点病院として、県内の地域がん診療連携拠点病院との結びつきを強化し、長野県全体のがん医療水準向上を目指す。
 センター開設以来、患者数は着実に増加しており、入院病床の稼働率は常時100%を超える。本誌では、長野県におけるがん医療の中核施設として、県内外から期待と注目を集める信州がんセンターにスポットを当てた。

(文・鹿野 なつ樹、奥田 悠史)
・・・・・ 信州大学広報誌「信大NOW」第91号(2015.1.30発行)より

分野を超えた教育でがん治療のプロフェッショナルを育てる〝包括的がん治療学教室〟

信州がんセンター組織図

 「従来、医学教育は臓器別に行なわれるのが一般的でした。肺がんならば呼吸器内科、卵巣がんならば婦人科で学ぶ、というように。しかし、がん治療の進歩は著しく、各臓器ごとに勉強していたのでは、日々発展する治療技術を習得しきれないという現実がありました」。小泉知展信州がんセンター長はそう語る。
 そこで、それぞれの臓器部門を横断的に教育し、がん診療の専門医を育てる目的で平成24年からスタートしたのが、「包括的がん治療学教室」だ。文部科学省の「がんプロフェッショナル養成基盤推進プラン」に採択されたプログラムの一環として開設された。
 これに伴い附属病院でも、それまで臓器部門ごとに行われていた診療を改変し、部門の枠組みを超えた診療体制を作ろうと、信州がんセンターが開設された。
 センターには、化学療法や放射線治療、疼痛緩和など、それぞれの分野の専門スタッフが配置され、そのスタッフが教室での指導・教育を行っている。これらの治療法を分野ごとに別々の教室で学ぶのではなく、1つの教室で包括的に学ぶことのできる教育課程は他大学でも類を見ないという。「外科的手術以外の治療を総合的に学ぶことができるのが一番の強みです。本教室を通して若手のがん専門医を育てていきたい」。小泉センター長は力をこめた。
 センターへは、県内の他病院からもスタッフを受け入れており、当施設において総合的ながん診療を修学した後、従来勤務していた病院に戻って働く、というような人的交流も行っている。

がん発見時から始まる緩和ケア

ひまわりサロン

ひまわりサロン

 本センターは、がんに悩み苦しむ患者への緩和医療の提供にも力を入れている。
 「昔は緩和医療というと、病気が進行し、それ以上治療ができなくなった患者を看取る際の心のケアという考え方が一般的でした。しかし今では病気の進行度合いに関係なく、病気が見つかったその時から患者の心身に寄り添おうとする診療体制にシフトしています」。小泉センター長は話す。
 当施設では、集学的がん治療部内の疼痛緩和科とがん医療支援部とが連携協力し、緩和ケアセンターを構成する。身体症状担当医師、精神症状担当医師、薬剤師、認定看護師の他、支援センターのスタッフ等がチームを組み、患者や患者家族の苦痛を少しでも和らげようと注力している。
 また施設内には、患者が自由に出入りし、そこに常駐しているスタッフ(臨床心理士もしくは看護師が持ち回りで担当)に闘病生活の中で抱える悩みを自由に相談できるサロンも設けられている。
 「ひまわりサロン」と名づけられたこの部屋では月に1回、患者やその家族のための語らいの場を提供する。ここには現在治療中の患者やその家族をはじめ、かつて病気と闘い完治した元患者、さらには患者の遺族など、さまざまな立場の人が集まり、悩みや体験談などを自由に語り合うことができる。参加した患者からは「辛さを分かり合える仲間がいると思うと頑張れる」と、サロンの存在に力づけられたという声が数多くよせられるという。
 平成27年3月からは、当病院専属で緩和医療専門の教授が着任するという緩和ケアセンター。「人的にも増員をはかってさらなる診療体制の充実をはかりたい」と小泉センター長は力強く話した。

蓄積された情報の解析によって明らかとされるがん罹患率・生存率

がんセンター(通院治療室)

がんセンター(通院治療室)

 信州がんセンターでは、病気の治療行為や緩和ケアに加え、患者のがん情報の登録や、疫学情報の分析・解析も行われている。これを進めるのが、がん情報部だ。
 都道府県がん診療連携拠点病院として、自施設の患者の情報を管理するだけでなく、県内に7箇所ある地域がん診療連携拠点病院の院内がん登録の情報も収集している。
 またそれとは別に、都道府県単位でがん患者の医療情報を収集、登録する地域がん登録も本センターで行われている。がんと診断された患者の情報を長野県下の各医療機関から収集、登録し、死亡診断書から得られる情報と照らし合わせて、患者の生存期間や、長野県におけるがんの罹患率を掌握するのだ。
 長野県では、10年連続で75歳未満のがんの死亡率が全国で最も低く、この理由はいまだに明らかとなっていない。「全国的にも注目されているこの事例を解明できる唯一の手段が、院内がん登録と地域がん登録によるデータの蓄積・解析です」と、小泉センター長は今後への期待を語った。
 「地域がん登録は始めてからまだ5年目。長い期間が経ってみないと本来のあるべき解析データは得られないので、着実に蓄積していくことが大事ですが、そのための基盤は作れたと自負しています」。胸を張ってそう話す。
 蓄積した疫学情報は、今後長野県民に公開するための準備が進められている。

臨床研究に重きを置き、未来を見据えた医療の進歩へ

小泉 知展 医学博士

小泉 知展 医学博士
信州大学学術研究院 教授(医学系)
医学部包括的がん治療学教室
医学部附属病院信州がんセンター長


1985年信州大学医学部卒業。同年信州大学第一内科入局。米国バンダービルト大学呼吸器センター研究員、信大附属病院臨床腫瘍部長等を経て、現在は信州がんセンター長を務める。研究内容は肺がんの化学療法、臨床腫瘍学の臨床研究、各種急性肺損傷時に対する治療法、高地医学等多岐にわたる。

 「がん治療の進歩に貢献するためには、自施設独自の臨床研究を行うと共に全国的な組織との多施設共同の臨床研究に参加することが、大学病院及びがん拠点病院としての果たすべき役割だと考えています」と小泉センター長は話す。
 同センターが現在力を入れている臨床研究の1つとして、「樹状細胞及び腫瘍抗原ペプチドを用いたがんワクチン療法」が挙げられる。この療法は、免疫細胞である樹状細胞のもとになる単球を体内から取り出し、培養・活性化させてワクチンとして投与し、がん細胞を攻撃するTリンパ球の働きを強化させる治療法だ。
 同療法は保険外診療だったが、信州がんセンターにおいては、厚生労働省より先進医療として認められ、乳がん、肺がん、胃がん、膵臓がん、大腸がんの5つを対象に保険診療が可能となり、平成26年10月末までに延べ121症例の治療を行ってきた。
 「このような先進的な臨床研究に力をいれていくことは信州がんセンターの理念です」。小泉センター長は力をこめる。「治療だけをするのではなく、臨床研究を通して有効な治療の評価や新しい治療法を開拓していきたい」と語った。
 長野県全体のがん医療をリードしながら、「がんと闘う希望・支援の提供」ができるセンターを目指し、分野にとらわれない発展的な試みでがん診療の未来を開拓していく。

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