学長対談をきっかけに「人つながり」で信州の山間地に移住、ハワイ市場に向けた米づくりに挑戦中!信大的人物

学長対談をきっかけに"人つながり"で信州の山間地に移住、ハワイ市場に向けた米づくりに挑戦中!

学長対談をきっかけに

 「山間地の耕作放棄地で美味しい米をつくり、海外に輸出、世界で販売する」...こんな話を聞くと「夢物語だ」と感じる人が多いかもしれません。しかし、それを実践しようとしているのが、信州大学教育学部卒業生の出口友洋さんです。2016年2月発行の信大NOW99号で、濱田州博学長と対談を行っていただいた、あの方です。出口さんは現在、香港、台湾、ハワイなどに米の販売店を展開し、「三代目俵屋玄兵衛」というブランドで日本産米の輸出・販売を手掛ける(株)Wakka Japanの若手経営者です。
 出口さんは濱田学長との対談の後、信州大学関係者のネットワークを通じて、自社農園用の農地を確保、2017年4月に長野県伊那市に農業生産法人Wakka Agriを設立して、現在、山間地の伊那市長谷地区で新しい米づくりに挑んでいます。

(文・毛賀澤 明宏)
・・・・・ 信州大学広報誌「信大NOW」第106号(2017.7.28発行)より

信州大学発の“人つながり”で伊那市長谷に移住

 これまでもWakka Japanは日本産米の輸出・販売を専門としてきましたが、米の自社生産は初めての試みです。特徴的なのは、海外への輸出を前提とした、特別な品種・農法に特化しているという点です。
 「グローバルな事業の中で、国ごとに違う価値観があることを肌で感じてきました」と出口さんは言います。
 特にアメリカでの消費は食味よりも「オーガニック」「健康」「栄養価」といった、商品に付随するストーリーや付加価値を重視する傾向が強い。「だからこそ、そうしたニーズにマッチし、特化した米を作れば新たな市場が拓ける」と考えたそうです。そうした構想を描いていた出口さんでしたが、しかし、理想とする農地に出会えなかったそうです。農薬や肥料を使わず、限りなく自然に近い形での栽培を進めるためには、上流に耕作地がない水源地帯であることが必要であり、また、その地域の住民の皆さんとの繋がりも大切だったからだと言います。
 転機となったのは、本誌「信大NOW」での濱田学長との対談でした。出口さんから、新しい米づくりの構想、特に農地探しについて相談を受けた濱田学長と伊藤広報室長から、「信大NOW」の連載「地域と歩む」取材で県内各地を訪ね歩いた小生に連絡が入り、信州での耕作地探しが始まりました。
 調査検討の結果、たどり着いたのが、南アルプスの山懐にある伊那市長谷地区。信州大学農学部(伊那キャンパス)から車で40分ほどの場所に位置する、山あいの集落。人口減少に伴い耕作放棄地も増え、中山間地ならではの様々な課題を抱える地域です。
 信州大学と連携協定を結んでいる自治体であること、耕作放棄地対策が急務であること、そして何より、以前より、森林育成や棚田の保全、特産農産物の育成などに関して、信州大学と長谷地区の人々とのフィールドでの結びつきが強かったことが、選択のポイントになりました。信州大学卒業生が何人も近くで就農し、化学農薬・化学肥料不使用の農業を進めていることも加点ポイントでした。
 「お二人に紹介され興味を持って下見に行くと、『ここにしたい』と思える、理想に近い農地がありました」。南アルプスから流れる清流・三峰川の水を湛えた美和ダムが見渡せる山あい、かつて集落の人々が集っただろう古い鎮守の神さまを祀る祠の横に広がる小さな棚田。それが、出口さんが理想とした農地でした。

出口友洋さん

信州大学教育学部卒業生
(株式会社Wakka Japan代表取締役 三代目俵屋玄兵衛)
出口友洋 さん


「田植えを終えたばかり」と田んぼを案内していただいた。美和ダム湖を見下ろす景観は、まさに日本の里山を象徴するような美しさ。

田植え

田植えの写真をお借りした。ご近所の方や農業高校の生徒が手伝ってくれたという。

オリジナルの手ぬぐい

移住されてご近所に配られたというオリジナルの手ぬぐいもいただきました。

 ロケーションも含め、まさに打ってつけの農地だったのですが、これを貸してもらえなければ話は進みません。ここでも大きな力を発揮したのがやはり人のつながりでした。小生や広報室長の共通の友人が伊那谷には多数在住しています。特に、中学校を中心にして過疎地域のコミュニティづくりを進める長谷中学校の高木幸伸校長が「地域の子どもたちの励みになる」と、出口さんの取組みの応援団長を買って出てくれたこともあり、長谷地区の人に協力の輪が広がっていったのです。
 現在までに出口さんが借り受けた農地は、長谷の黒河内地区と非持地区の田、計約1ヘクタール余。出口さんが「ここだ!」と思った鎮守の杜の下に広がる棚田の多くが、偶然にも、小生、広報室長、高木校長の共通の友人である方の奥さんのご実家の所有。農地を守ってきた方々が亡くなられ、農地も家もどうしたら良いか困っていたところにこの話があり、農地も家も出口さんが借り受けることになりました。最もロケーションの良い田んぼも、高木校長の口添えがあって、お借りすることができました。

最新技術による米づくりで耕作放棄地をよみがえらせる

地下灌漑の農法による稲作

別の田んぼではなんと地下灌漑の農法による稲作を始められた。その仕組みについて説明を受ける。

 「耕作放棄地は、何年も肥料や農薬が使われていません。土が自然な状態に戻っていますから、残留農薬なども少なく、私が実践したい農法を試すのには絶好の場所なんです」
 出口さんは、二つの農法を同時並行で米づくりを進めています。鎮守の杜の棚田のような本当に山際の小さな棚田では、手植え・手刈りの昔ながらの伝統的な農法。これは、海外消費者向けのストーリー重視の米栽培です。いつの日か海外の消費者にもこの地を訪ねてもらう、インバウンドも睨んだものです。
 別の、もう少し広い棚田で行う、もう一つの農法は、愛知県で近年開発された「V溝乾田直播」と青森県の福士武造氏が開発した「福士式地下灌漑」技術を組み合わせた最先端の農法。農作業の負担を軽減すると同時に作業効率を高める革新的技術です。しかも栽培する品種は、海外消費者の健康志向を重視し、栄養素を含む胚芽が通常の玄米よりも3倍大きいという珍しい品種、「カミアカリ」。これまで築いてきた自社流通網を活かし、販売価格を抑えながら海外に展開していくための選択です。
 このように、グローバルかつマーケティング戦略に基づく新たな米づくりが、人と人とのつながりを介して信州の山あいに芽を出し、耕作放棄地を蘇らせ、集落の新たな活性化をもたらそうとしているのです。

「地域と人」はさらにつながり、気持ちは共に世界を目指す

出口友洋さんと市川滋彦さん
田んぼの横には、日本の原風景とも呼べそうな天神様の祠がある。出口さんはこのロケーションとストーリー性に感動してこの地に決めたという。
隣は一緒に田んぼを作るパートナーで農学部卒業生の市川滋彦さん。

 「こんなに早く話が進むとは思っていませんでしたから、本当にありがたいと思っています」…現在、出口さんは、地主である農家から住居も借り受け、ウィークデーは長谷で農業を行い、週末は家族が暮らす名古屋近郊の自宅に戻る二拠点居住の生活をしています。長谷地区には、信州大学農学部出身のWakka Agriの社員が定住。鎮守の杜のすぐ下の古民家で、なんと40年ぶりに帰郷を決めたこの家の息子さんと共同生活をしながら、米づくりを進めています。
 高木校長の応援もあり、黒河内地区や非持地区の農家の皆さんも度々圃場を訪ねてくるようになったそうです。上伊那農業高校の“米づくり班”の生徒たちも、視察学習を兼ねて、鎮守の杜の棚田での田植えを手伝ってくれたそうです。この話をつないだのは、やはり信州大学農学部卒業生の上伊那農業高校の先生でした。
 「中山間地の新しい農業モデルの構築を目指したいです。中山間地を選んだのには、そういう思いもあるのです」と話す出口さん。地域と共に歩んできた信州大学だからこそつながり、広がった人のネットワークで、出口さんの新しい挑戦を応援することができたと思うと、少し胸を張りたくなります。
 出口さんが長谷で栽培した米は、今年中にはハワイの店頭に並ぶ予定です。今後どのような展開が待っているのか、出口さんの挑戦を引き続き応援していきたいと思います。

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