「五感を可視化」する感覚計測・評価技術のスゴさ産学官金融連携

「五感を可視化」する 感覚計測・評価技術のスゴさ

「五感を可視化」する 感覚計測・評価技術のスゴさ

感覚計測工学の醍醐味がここに!
感覚計測と評価技術が製品の付加価値を高める!

 香りが継続する衣服、見る角度により色が変化するファスナー、はたまた、ご飯が美味しい漆器茶碗、握り心地の良いステアリングホイール...
 人間の五感を科学すると、世の中の製品の広がりは無限大とも言えます。しかし、そこに絶対的に必要なのが、数値化、データ化での可視化検証。今回は"心地"や"気分"といった、なんとも不確かな人の感覚といったものを徹底的に科学している感覚計測工学の現場に行ってまいりました。

(文・柳澤 愛由)
・・・・・ 信州大学広報誌「信大NOW」第102号(2016.11.30発行)より

人の五感を科学する

柔軟仕上げ剤に芳香効果を…「香り」の進化はいつから?

金井 博幸准教授

信州大学繊維学部
先進繊維・感性工学科先進繊維工学コース
金井 博幸 准教授(学術研究院(繊維学系))


1999年信州大学繊維学部感性工学科卒業、2000年中国蘇州大学留学修了、2001年信州大学工学系研究科修士課程修了、2003年信州大学総合工学系研究科博士課程中退、同年信州大学繊維学部繊維システム工学科助手、2007年同助教、2009年同講師を経て2011年より現職

 2004年、ハウスホールド製品を扱うメーカー大手のライオン㈱から「香りとデオドラントのソフラン」が発売されました。そのライオン㈱との共同研究で、家庭用柔軟仕上げ剤の香りの検証を担当したのが、信州大学の金井博幸准教授(学術研究院繊維学系)です。
 「香り」を売りにした柔軟剤は、今や様々な種類があり、テレビCMを目にしない日はありません。特に柔軟剤は、ただ繊維を柔らかくするという機能だけではなく、「香り」によって、顧客の多様なニーズに応える商品開発が進み、最近では、“半径30㎝範囲内で香る”など、様々な形を生み出しながら、メーカー各社がしのぎを削っています。「香りとデオドラントのソフラン」はその先駆的存在だったそうです。
 考えてみれば、近年、どうしてここまで「香り」が重視される商品が数多く販売されるようになったのでしょうか。もともと、ハウスホールド製品を扱う日本のメーカーは、欧米等の海外メーカーとは違って「人工的な香りはできるだけ無い方が良い」という考えが一般的だったといいます。しかし、海外商品のヒットや、消費者ニーズが多様化する中で、「香り」を新たな付加価値として位置づけ、商品開発を進めるようになったのだそうです。
 ただ、「モノづくりの国」=日本のメーカーは香りをカプセル化するような技術的な面は得意ですが、香りが人々にもたらすもの、その影響や効果を数値的に測り、検証するというような考え方には至らず、それまで実際にそれを検証する機会はほとんど無かったといいます。
 五感のひとつ、「香り」が人に対してどのような効果をもたらし、どのように受け入れられるのか―。そこに「感覚計測工学」の手法を活かすフィールドがありました。
 「私が行ったのは、人が快適な香りとは何かを検証、数値化し、評価・選定すること。例えば、不快臭を嗅いだ時に起こる脳活動や神経系の反応とにおいに対する心理的な印象との関係を分析し、それを評価指標にします。その上で、いろいろな香りを嗅いだ時の脳や神経系の反応を計測すれば、香りによる不快度、ときには快適度までも推定することができ、あいまいだとされるにおいの心理的な印象を客観的データで裏付けることができます」。金井准教授は当時のハウスホールド製品メーカーとの共同研究をそう振り返ります。
 こうした共同研究から分かるように、金井准教授が専門とする「感覚計測工学」とは、製品の機能性や価格といった面だけではなく、その製品が人の五感にもたらす感覚的な影響の側面を客観的に科学し、数値化、または可視化することによって、その魅力を別の角度から捉えていくという学問だといえます。
 それでは、各方面で行われている金井准教授が行う研究の一端を、もう少しご紹介します。

香港政府系研究機関との共同研究で睡眠を科学する

敷布団と掛布団の間の温度・湿度を計測する専用装置

敷布団と掛布団の間の温度・湿度を計測する専用装置

睡眠時の発汗状態を再現できる「発汗マネキン」。睡眠中の皮膚温や湿度変化等を測定できる。汗の量等を設定する機器が部位ごとに分かれている

睡眠時の発汗状態を再現できる「発汗マネキン」。睡眠中の皮膚温や湿度変化等を測定できる。汗の量等を設定する機器が部位ごとに分かれている

 2015年、香港政府系研究機関からの要請で金井准教授が行った共同研究テーマは「快適な睡眠と温熱環境との関係」。敷布団と掛布団の中の温度・湿度と、眠りの深さとの関係性を数値化、可視化して、分析することでした。
 睡眠は人生の1/3の時間を占めるほどですから、その睡眠の質が健康に大きな影響を及ぼすといわれています。金井准教授は、温度・湿度を変えられる空調制御機能を備えたベッド(布団)を開発し、睡眠中の布団に囲まれた環境の温度・湿度条件を変化させ、脳の活動を計測。心理的に快適と感じ、睡眠に最も適した温度と湿度の関係性を導き出しました。
 「これまで、経験則に基づいて快適な温度・湿度がどの位かということは語られてきましたが、温度・湿度条件が快適性や睡眠の質にどの程度影響するのかを厳密に検討されたことは無かった。
 また、快適感マップのように可視化されたことも無かった。快適感マップができれば、メーカーは中綿の材料や寝具の厚さなど、具体的な製品の設計に活かせます」と語ります。
 もともと、「快適な『温熱環境』を自由にコントロールするシステムが作れないか」という興味を持っていたそうですが、偶然、香港政府系研究機関が「睡眠の研究」に興味を持っているのを知り、数年前に、Fi(i ※1)と提携していた香港政府系研究機関の所長一向が来日した際に、睡眠の質を可視化する研究プランをプレゼンしたら「是非やりたい」ということなりました。それが、共同研究開始のきっかけだそうです。
 人の五感を科学すれば、生活を変える新たな視点の新システムが生まれてくる可能性もあります。例えば、人が快適な眠りを得るために必要な環境を、布団の中だけでコントロールできるようなシステム。それができれば、部屋全体の空調を考える必要はありません。光熱費の節約にもなり、環境にもやさしい―。そんなシステムが提案できれば、睡眠の質、ひいては人の生活そのものも、大きく変化するかもしれません。

(※1)ファイバーイノベーション・インキュベーター施設。大学の研究シーズと企業等のニーズをマッチングさせることを目的に設立された繊維学部内の施設

高級感ある礼服の黒色は人それぞれ

ディスプレイの“見やすさ”評価で用いた各メーカーのタブレット。光学的測定と心理評価を組み合わせ、見やすさの評価指標を探索した

(写真①)ディスプレイの“見やすさ”評価で用いた各メーカーのタブレット。光学的測定と心理評価を組み合わせ、見やすさの評価指標を探索した

礼服の“高級感”の測定で用いた織り方や素材が違う布地。同じ黒でも色の印象が異なる

(写真②)礼服の“高級感”の測定で用いた織り方や素材が違う布地。同じ黒でも色の印象が異なる

 さらに、人の五感のひとつ「視覚」で感じる感覚の計測も、金井准教授の得意とするフィールドです。その研究のひとつの事例が、黒色織物(フォーマルスーツ・礼服)の“高級感”の計測です。
 「ただ“黒”といっても、織物の場合は凹凸の連続なので、光の反射により明暗の連続した分布ができます。だから本来、素材や構造によって見た目の印象が変わるはず。でも、これまで色の計測というと、大きな範囲で色を計る平均的な計測方法しかありませんでした。しかし人は恐らく、その明暗の分布によって質感を判断し、“高級感”を決めている。だから、その分布を計測する装置を作ったんです」
 確かに言われてみると、衣服の場合、色だけでなく、“風合い”や“質感”、“光沢感”といった要素によって、印象が大きく変わります。写真②のように並べてみると、確かに素材によって黒の見え方が変わることが分かります。「高級な黒」の認識は日本人と外国人では相当違うようです。
 また、礼服の色の研究は、黒の明暗の違いを扱うことから、まったく領域の違うタブレット端末のディスプレイ画面の見やすさ(読みやすさ)の評価研究にまで発展・応用されました。近年、電子書籍などのデジタルコンテンツの急速な普及に伴い、各メーカーは、高解像度化、照明装置の組み込みなど、高付加価値製品を次々と市場へ投入しています。しかし、消費者(読み手)の立場に立った『見やすさ(読みやすさ)』の評価技術は、必ずしも検討が進んではいなかったといいます。
 「電子端末の文字が読めるのは、文字と背景の『明るさの差』があるから。ですから、ディスプレイ画面の明暗の差を測ることで、各メーカーを比較し、ディスプレイの見やすさを評価する測定装置の構築、解析方法の検討を進めてきました。最終的には、国際標準化技術とすることを目的としています」と金井准教授。すでにその評価技術はIEC(※)へ申請済みとのこと。今後の展開に、期待が広がります。

※国際電気標準会議。電気工学、電子工学、および関連した技術を扱う国際的な標準化団体

体を締め付ける衣服は不快?結論は用途次第!

着ながらトレーニングができる、というコンセプトのスポーツウェアの開発で行った測定の様子。負荷をかける締め付け加工をしたウェアを着て、消費エネルギーや筋活動を調べて効果を検証した
着ながらトレーニングができる、というコンセプトのスポーツウェアの開発で行った測定の様子。負荷をかける締め付け加工をしたウェアを着て、消費エネルギーや筋活動を調べて効果を検証した

 金井准教授がフィールドとする分野は多種多様ですが、繊維学部ならではの衣服の開発も手掛けています。それが、衣服を着た状態でトレーニングができるというコンセプトのスポーツウェアの開発です。 「最近スポーツウェアも変わってきていて、かつては動きを阻害しない、ゆったりとしたものが多かったのですが、あえて体に密着させるコンプレッションウェア(ポリウレタンを素材に使ったストレッチ性のあるウェア)が増えてきました。研究室では、服にちょっと細工をして、また別の機能を発現させ、さらに高付加価値のあるウェアを提案、機能測定と検証を行ってきました」
 例えば、腕を上げる動作の際、あえて腕の筋肉に負荷をかけるように、もともとのコンプレッションウェアの一部に少しだけ伸びにくい素材を貼り付けます。すると、密着した衣服によって体への負荷がダイレクトに伝わるので、動きが制限され、筋肉の活動、消費エネルギーが増加します。金井准教授は、人体にかかる負荷の程度によって、どの程度効果があるのかを測定し、検証しています。ちなみに、この測定技術は大学として既に特許を取得し、スポーツウェアメーカーからこの技術に基づいた商品化も実現されています。


「快適・健康」の製品づくりに感性工学の技術は欠かせない

 初めて「感性工学」という言葉が使われたのは、1986年。そして世界で初めて信州大学繊維学部に感性工学科が誕生したのは、1995年のことです。比較的新しい学問分野ではありますが、近年、産業界から大きな関心が寄せられています。
 「今、研究室の主なテーマは『快適さ』。そしてその先に『健康』があります。これらは、現代の高付加価値のある製品づくりにおいて重要なキーワードです。感性的な付加価値を、工学的な、モノづくりの中にどう活かすか。『感性工学』は、消費者と生産者をつなぐ翻訳者、橋渡し役といってもいいかもしれません」
 「付加価値の時代」とよく言われるとおり、年々市場のニーズは多様化し、モノは機能だけでは売れない時代になっています。より感性的な付加価値を求める現代社会で、人々が生活の中で求めるキーワードは、今後さらに増えていくことでしょう。
 英語でも「Kansei engineering」と記述される「感性工学」は、日本が確立した先端研究領域です。日本のモノづくりがさらにその先へと進むためには、「感性」と「工学」という、一見相容れない「水」と「油」のようにも思う存在を、ひとつのものとして捉え、様々な“価値”を見出すことが、重要なキーワードとなってくるのかもしれません。

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金井研究室での取材風景。さすがに感覚計測工学の研究室らしく、カラフルなアイテムがいっぱい。
もうひとつの写真は、香りが続くテキスタイルサンプル

見る角度により色が変化する 「AUROLITE®(オーロライト)」

構造色の測光・測色から生まれたYKKのコイルファスナー

「しゃぼん玉」のように色が変化するファスナー

 見る角度により色が変化するファスナー「AUROLITE®(オーロライト)」。ファスナーの大手メーカーYKK㈱が2013年に販売を開始したユニークな商品で、2014年に「第2回かわいい感性デザイン賞」で最優秀賞を受賞するなど、今までにないオリジナリティを有する美しい樹脂ファスナーとして話題です。
 コイルファスナーはさまざまな種類があり、用途に溶け込む控えめな存在。そのため、取扱いの簡便さや耐久性の面が主に追究され、そのデザインは目立たないものが主流でした。
 しかし、近年、消費者のニーズの多様化、発色技術の向上により、ひとつの意匠として存在感を増しつつあります。そうした中、何かおもしろい商品を生み出そうというYKKが商品開発を検討する中で生まれたのが、「AUROLITE®(オーロライト)」だったそうです。ちなみに、「AUROLITE®(オーロライト)」の発想の原点は「しゃぼん玉」。
 しゃぼん玉が角度によって虹色に見える理由は、周囲が油膜でおおわれているためです。「AUROLITE®(オーロライト)」はその原理を応用しています。


「光の干渉現象」を利用したコーティング技術と「感性工学」

 その仕組みはこうです。ファスナーのエレメント部分(噛み合わさる部分)に着色を施し、さらにその上に薄い透明な被膜のコーティングを施します。すると光の一部は被膜の表面で反射し、他の光は被膜を通り抜け、エレメントの表面で反射します。この2通りの光の反射によって、色が微妙に変化する、不思議な色彩が生み出されます。これを「干渉色」といいます。干渉色は、被膜の厚さを変えることで変化するため、そこを調整すれば自在に様々な色彩を生み出すことができます。
 しかし、いざ商品化となると、どんな被膜でどのような色が出るのか、またどのような色のラインナップをそろえればいいのか、充分に検討する必要が出てきます。しかし、ファスナーのように細く、面積の小さい、さらには角度によって色が変化するものの測光・測色方法は確立されてはいませんでした。そこに、感覚計測工学の技術が活かされました。
 金井准教授は、カメラと光源を組み合わせた装置を作成し、被膜の種類、厚さ、また光の入射角によってどのような色が出現するのかを検証。また、こうした物理的測定だけでなく、色彩や明度によって「どのような印象を持つか」という心理テストを、海外4カ所を含める数十人の被験者で実施し、データ化を行いました。
 「人が何かを求める時、『青色のきらきらしたもの』といった具体的な指定ではなく、『スポーティー』とか『かわいい』とかの“概念的”な印象で選びます。物理的測定と心理的官能検査(印象評価)を組み合わせ、どのような被膜を用いればどんな印象のものができるのかを評価する“モデル式”を作り、指標としました。こうしたデータを組み合わせることが、感性をモノづくりに活かすポイントだと思います」と金井准教授。
 この製品開発の原点ともなった、工学のテクノロジーと感性の組み合わせで、消費者が期待する、また期待以上のモノづくりに活かす。その辺が、感覚計測工学の醍醐味かもしれません。

かわいい感性デザイン賞最優秀賞も受賞!※1) YKKのご担当者に聞く

 AUROLITE®は、2014年、日本感性工学会主催の同賞を受賞しています。
共同開発のエピソードや、製品の評判など、YKK株式会社工機技術本部分析・解析センター解析室の松永さんに伺ってみました。

AUROLITE®の開発にあたり、信州大学さんには多大なるご協力を頂き誠に感謝申し上げます。
AUROLITE®は樹脂ファスナー表面に干渉膜をコーティングしていますが、膜の条件によってどれだけでも色が作れてしまうので、どんな色をラインナップするかが非常に悩ましい部分でした。そこで、信州大学さんとの共同研究で干渉色の見た目の数値化にトライしました。刻々と変化する色を捉えるのには苦労しましたが、「かわいい感」や「高級感」などの印象を数値化することができ、大きく道は開けました。そして、イメージワードとなる「かわいい感」が認められ、かわいい感性デザイン賞を頂くことができた時は、感性工学の結果通り、作り手の思いがしっかり伝わってくれたと安堵しました。 この商品はランドセルでの採用を皮切りに、現在はスポーツ、カジュアルブランドなどに採用頂いております。「見せるファスナー」の先駆けとして、より多くの人に愛される商品になってほしいと願っております。

YKK(株)工機技術本部
分析・解析センター 解析室
松永 薫樹さん

※1)「かわいい感性デザイン賞」は、日本感性工学会の主催で、
日本文化固有の“かわいい”という概念感性価値を学術の対象として設立された。
同賞受賞は第2回(2014年)。

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