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第2回 教育学部 原田窓香さん

06年04月28日

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リュージュのない人生は
考えられません。


原田窓香(HARADA MADOKA)
教育学部2年生。長野市在住。1985年父親の仕事の赴任先であったブラジルで生まれる。小学4年生よりリュージュ競技を始め、中学1年生で初の海外遠征。2005年ワールドカップ女子1人乗り16位、リュージュ全日本選手権大会で3連覇。2006年トリノオリンピックで13位を獲得。2005年度信州大学学生表彰、学長賞受賞。


桜も散る季節となり、トリノオリンピックについての話題もだいぶ影を潜めましたが、わが信州大学から出場したリュージュ選手の原田窓香さんに、お話をお聞きしました。

— まず初めにお聞きしますが、あんなにスピード(最高時速約130キロ!)が出ますけど、怖くないのですか?

原田 子どもの頃から慣れてきているので、スピードに対する怖さはほとんどないですね。競技中は、その場、その瞬間で判断することがいっぱいあるから、怖いって思う間がありません。初めてのコースを滑る時の怖さというのはあります。

— リュージュを始めるきっかけは何だったのでしょうか?
原田 長野冬季五輪でリュージュの競技役員になった父に言われて始めました。初めてリュージュをしたのは、多分、小学校3年生の時、飯綱高原で子どものための大会がありました。ただ乗っていれば最後まで滑れるからと言われて乗ったのに、転んでしまったんですよ。この時は、もう絶対リュージュなんかやらない、と思いました。ところが4年生になって、学校の合唱団に入ることを父に交渉したら、合唱団に入るかわりにリュージュもやりなさいと交換条件を出されて。それで小学校のリュージュのクラブに入り、長野市リュージュ少年団に入団しました。

— それから、だんだん面白くなってきましたか?
原田 そうですね。初めは少年団にいた5〜9歳上の先輩達と話ができることが楽しくてやっていたのです。中学に入ると(1998年)、ジュニア強化のためもあり、長野県連盟の海外遠征に連れて行ってもらえました。この頃からライバル心も芽生えてきました。リュージュは、レベルに従い、コースのスタート地点を下の方から、順に上げていきます。あの頃は、もっと上に行こうとか、壁にぶつからないようにしようとか、そういう気持ちでがんばっていましたね。(公式戦の)正式スタートに立てたのは中学3年生のシーズンの終わりごろです。

— 全国選手権大会に出場したのはいつからですか?
原田 高校生から全国(選手権)大会へ出場しました。初めての全国大会では転びました。転倒して、リュージュを引きずりながら、壁を伝って歩いてゴールしたときは悔しかった…。翌シーズン(高2)は、長野県連盟から派遣されない、ジュニアのワールドカップに出場したり、海外遠征で大会をこなしてから日本の全国大会へ臨みました。自分では、もう何回も滑っているから自信があったのですが、力が出せなくて、いい結果にはなりませんでした。それがまた悔しくて、悔しくて…、バネになりました。大学に入った年から、ワールドカップに出るようになりました。

— そして昨年には全国選手権大会3連覇、ワールドカップ16位、今年はトリノオリンピック13位と活躍されましたが、オリンピックはいかがでしたか?
原田 もともと私自身は、オリンピックに対して、特別な思いはなかったんです。だから昨年の10月〜11月は、ワールドカップに出ながらオリンピックを想像して緊張していました。そのおかげか、本番ではあまり緊張することなく滑れました。トリノには何度か行ったことがあるし、コースも知っていたし、選手も顔なじみが多く、観客もスタート台の付近には、あまりいませんので、特別な感じはしなかったですね。オリンピックを一番感じたのは、開会式の入場行進かな。観客が大勢いる中を自分が歩いていく。恥ずかしい気持ちもありましたが、楽しい開会式でした。13位という結果は満足しています。ベストとまではいえないし、課題もありますが、4本ともだいたい同じようなタイムが出ていましたし、全体として良かったです。よく、「次のバンクーバーでは?」と聞かれて、「メダルを獲ります」と言っているのですが、他の選手より良い成績にならなくても、自分として、もっといい滑りができるし、もっとタイムを出せるようになると思います。

— どんなことでタイムに差が出るのですか?
原田 とにかくリュージュは、何度も滑れば滑るほどうまくなります。コースの滑り方をコーチが指導してくれますが、滑る自分自身の感覚をあわせて滑り方が決まってきます。コースの状態も影響があります。操作は足で、クーへというリュージュの先の方についたものを、スキーと似た要領で動かします。肩の操作もありますが、こちらは重心を傾ける程度であまり大きな影響は出ません。タイムの差とは、結局、理想のラインをいかに操作少なく通り抜けるかです。操作はイコール、スピードを抑えることになります。この滑り方を獲得するまでに壁にぶつかったりしながら、練習します。ぶつかるのは痛いし、怖さもありますから、どうしても硬くなってしまいますが、硬くなっているとそのまま跳ね返って、反対側にもぶつかっていってしまいます。上手な人は体の力を抜いているので、跳ね返らず、ぶつかった衝撃をそのまま吸収するかのように、その後もスムーズに滑っていきます。だから体の力を抜いてフワッとした状態で滑るのが一番いいんですよ。原田窓香さん

hp-harada.jpg— ところで、海外遠征費用というのはどのくらいかかるのですか?
原田 正直なところ、費用の詳細はわからないのですが、自己負担金は1シーズン、遠征期間などにもよりますが、最低でも100万円といったところです。ちなみに海外遠征費用のほかに国内合宿・競技用具など消耗品にもお金がかかります。

— 費用も大変ですね。ご両親に一言、どうぞ。
原田 両親には、ただひたすら感謝です。両親がいなければ、リュージュを始めることもなかったと思いますし、こうして自分がやりたいように競技に関わることもできなかったと思います。

— 最後になりましたが、信州大学を選んだ理由と将来のことを聞かせてください。
原田 信州大学を希望したのは、アジア唯一の人工凍結コース“スパイラル”がある地元長野にいたかったこと、学費や将来のことを考えたからです。今、この選択は正しかったと思っています。将来について考えると、リュージュでは食べていけないし、模索中ですが、いずれにしてもリュージュ競技には関わっていきたいと思っています。今はソリの競技人口が少なく、スパイラルの維持も危ぶまれるような状況なので、私達ががんばって結果を出すしかないよねと、ボブスレーやスケルトンの人達とも話しています。私にとってリュージュは自分の一部です。リュージュのない自分の人生は考えられません。