新たに図書を推薦していただく場合はこちら
| タイトル 著者等 |
出版社 出版年 |
推薦文 |
|---|---|---|
| トポロジー集中講義:オイラー標数をめぐって 佐久間 一浩 |
培風館 2006 |
20世紀の数学の花形であったトポロジーについて、非常に簡単な題材を用いて概説しています。数学を専門としない人たちに推薦したい本です。各章がある程度独立していて章毎に読める点も、数学を専門としない人たちにとっては、うれしい点になると思います。(理学部 教員) |
| 哲学の冒険:生きることの意味を探して 内山節 |
平凡社 1999 |
な りゆきで文学部の哲学科に進んでしまった大学生の頃の私が、なりゆきで手にした本です(ただし私が手にしたのは毎日新聞社から出た別の版でした)。色々な 哲学者の言葉が紹介されているのですが、単なる紹介に終わらず、作者自身の思索が非常に分かりやすく興味深く述べられています。お勧めの哲学入門書です。(人文学部 教員) |
| ささやかながら、徳について アンドレ・コント=スポンヴィル |
紀伊国屋書店 1999 |
これは大学の教員になってから読んだ本なのですが、「人の生きる道」みたいな問題に興味のある人であれば、最後まで興味深く読み通せる本であると思います。 作者は、フランスで大人気の哲学者とのこと。「徳」を身につけたいと願っている人も、「徳」よりも「得」でしょうという人も、ぜひ!(人文学部 教員) |
| 溺れるものと救われるもの プリーモ レーヴィ |
朝日新聞社 2000 |
アウシュビッツの生き残りが残した証言。限界状況を生き抜いた言葉の重みに圧倒されます。作者のプリーモ・レーヴィは、やがて後に自殺してしまいます。彼は、何を考えながら戦後を生き、そして自ら命を絶ったのでしょう?私には、まだ分かりません。(人文学部 教員) |
| 知識人とは何か(平凡社ライブラリー 236) E.W.サイード |
平凡社 1998 |
思 想史の授業で「こういう知識人の意見ではなく、私たちのような一般民衆はどう考えていたのでしょうか?」というコメントペーパーが寄せられたことがある。 翌週「君たちだって、立派な知識人なんだよ!」と答えたのだが、どうも皆なピンと来ていないようだった。この本を読んで、「知識人」について考えましょ う。(人文学部 教員) |
| きけわだつみのこえ(新版) 日本戦没者学生記念会編 |
光文社 2005 |
徒出陣などで青春の盛りに戦争にかりだされ、若い命を無念に散らした学生たちの手記。「この人には死んでほしくない」と思うようなすばらしい人間性が死を前 にした覚悟の手記に表れ、涙なくしては読めない。学生諸君がたまたま21世紀の日本に生き、平和でのんきな学生生活を送れることは偶然の僥倖に過ぎないこと、現在でも世界のあちこちで戦火に苦しむ人々がいること、日本でも油断すれば憲法改悪などによって同じ目に遭わないとも限らないこと、きけわだつみの 声の悲劇を繰り返さないように努力する義務を諸君らが負っていることを自覚してほしい(大学院法曹法務研究科 教員) |
| いのちの初夜 北條民雄 |
角川文庫 1970 |
1996年に「らい予防法」が廃止されるまで、ハンセン病患者が療養所に収容され、強制的に断種させられるなど人権を踏みにじられ、いわれのない差別を受け続けてきたことをご存知だろうか。この小説は、20歳でハンセン病を発症した著者が療養所の中で書き、川端康成に激賞された作品である。極限状況の中でいのちを燃やし尽くして24歳で夭折した作者の声がすばらしい文学作品として昇華されていることを感じ取ってほしい。大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した高山文彦『火花』は北條民雄の評伝なのでこちらも合わせて読んでほしい。患者が国に賠償を求めた裁判で2001年に小泉首相が控訴を断念し、補償がなされることになってからも、旅館の宿泊拒否など差別が続いていること、遺族をはばかり北條民雄の本名が未だに公開されていないことについてもきちんと考えてほしい。(大学院法曹法務研究科 教員) |
| 定本二十歳のエチュード 原口統三 |
筑摩書房 2005 |
1946年に19歳で入水自殺した一高生の遺稿。ランボーの詩に憧れ、ニーチェなどの哲学書との対話から人生の意味を極限まで自問し、「僕は最後まで誠実でなかった」という言葉を最後に残した。物質的には豊かな時代だからこそ、青春時代に一度は生きる意味についてとことんまで考えてほしい。(大学院法曹法務研究科 教員) |
| 死と愛 フランクル |
みすず書房 1985 |
ユダヤ人の強制収容所での過酷な経験から、精神科医が著した実存分析。極限状況でも人間は価値を生み出すことができるという人生賛歌。たとえば、人は健康なときは、仕事などを通じて社会の中で価値を創造できる。病気になって入院しても、別の患者さんと会話したり、美しい音楽を聴いたりすることによって、価値を体験できる。いよいよ寝たきりになっても、別の患者さんに迷惑をかけないとか、医師や看護師の負担をなるべく減らすようにするなどによって態度で価値を生み出すことができる、というのだ。苦難に陥った時に読むと勇気づけられる。(大学院法曹法務研究科 教員) |
| 春の雪(豊饒の海) 奔馬(豊饒の海) 暁の寺(豊饒の海) 天人五衰(豊饒の海) 三島由紀夫 |
新潮文庫 1977 |
45歳で自裁した作者の遺作で、映画化された『春の雪』、『奔馬』『暁の寺』『天人五衰』の4部からなる壮大な大河小説。悲劇的な恋に20歳で殉じた大正時代の貴族の若者が、右翼の少年、タイの王女などに転生していくのを最初の主人公の親友である弁護士が狂言回しとなって目撃していく。人生は月面上の「豊饒の海」のように何もない砂漠なのか?作者の美学や人生観を余すところなく投影した純文学の傑作。(大学院法曹法務研究科 教員) |
| 司法的同一性の誕生 渡辺公三 |
言叢社 2003 |
IDという制度の起源をさぐる歴史人類学。類似した和書はなく、重要な成果。政治学、社会学、美学美術史学の見地からも興味深い内容であり、合同図書館蔵とするにふさわしい。(人文学部 教員) |
| 日本彫刻の近代 東京国立近代美術館,三重県立美術館,宮城県美術館 |
淡交社 2007 |
日本近代彫刻100年の歴史を振り返る重要な展覧会にあわせて出版された、カタログ的な図書。本書に触れることは、絵画偏重の近代美術史を再考するよいきっかけとなるだろう。もちろん穂高出身の彫刻家、荻原守衛も登場するので、郷土史的な視点からも価値ある1冊。(人文学部 教員) |
| ヨーロッパを見る視角 阿部謹也 |
岩波現代文庫 2006 |
近代のヨーロッパは、それまでの中世的な人間関係から脱皮し、「個人」を前提とする「市民社会」を成立させました。では、同じような近代化を遂げた日本ではどうなのでょうか。著者は、日本においては、ヨーロッパ的な意味での「個人」「市民」「社会」は存在せず、あるのは「世間」という関係なのではないか、という問いを読者に投げかけています。この問いは、日本人の生き方や学問の方法に対する強烈な問題提起となりました。ヨーロッパの歴史を学ぶことで、日本人である自分、あるいは日本人である隣人たちを見つめ直すことができる。そんな本です。(経済学部 教員) |
| フェルマーの最終定理 サイモン シン(著),Simon Singh(原著),青木 薫(翻訳) |
新潮社 2000 |
月並みな推薦書かもしれません。推理小説を読む程度の気合で読んでも楽しめる本です。サイモン・シンの構成力に一票を投じます。(理学部 教員) |
| インド 第三の性を生きる 素顔のモナ・アハメド モナ・アハメド(文)、ダヤニタ・シン(写真・序文)、関根光宏(訳) |
青土社 2006 |
社会からヒジュラ――インドである種の両性具有者をさす名称――と呼ばれながらもヒジュラのコミュニティからは排除されてきた、ある個人のライフ・ヒストリー。だから本当は「第三の性」に括るのも僭越なのかも知れない。性的多数派に自己を同定する者の足場を揺さぶってくるような、読んだら忘れられない写真文集である。(全学教育機構 教員) |
| 狂気 ロイ・ポーター(著)、田中裕介,鈴木瑞実,内藤あかね訳 |
岩波書店 2006 |
狂気と正気との間の線引きは、時代や場所を越えて一定のものがあったわけではないし、狂気の扱われ方も一様ではなかった。神や悪魔が憑依した結果とみなされたり、医学による治療対象となったり、等など。また、精神異常者は必ずしも社会から隔離されてきたとは限らず、精神異常者とある意味で共生してきたような社会もある。では、狂気はその時々の社会が作り出したレッテルに過ぎないのだろうか?これらのことを理解したり考えたりするのに最適の本。(全学教育機構 教員) |
| レオナルド・ダ・ヴィンチ素描集【英国王室ウィンザー城所蔵】 K.クラーク ・C.ペドレッティ |
朝倉書店 1997 |
レオナルド・ダ・ヴィンチの素描の代表作を蒐めた、英国王室ウィンザー城収蔵の全作品を収載。鮮明な図版に加え、レオナルド研究の第一人者K.クラークらの詳細な解説を、日本を代表するレオナルド研究者陣が翻訳。第1巻では素描の歴史、様式とテクニックの発展、さらに第2巻に収載した550枚の動植物・風景・風・水の動きの研究・科学的スケッチ等を詳細解説。第3巻では解剖に関する150枚・書き込みを収載し解説。最高の印刷技術でレオナルドの素描を原寸大で再現している。(大学院経済・社会政策科学研究科 教員) |
| 斜めから見る:大衆文化を通してラカン理論へ 快楽の転移 スラヴォイ・ジジェク |
青土社 1995 1996 |
若いころに、一度は、「自分って何だろう」「私って何だろう」ということを考えるものかもしれないが、大学(院)生のころの私もご多分に漏れず、このような疑問に頭を占領されていた。学部の講義(Environmental Psychology)で、"I am not what I thinkIam. I am what I think you think I am."という見方を知り、一層、「私とは何か」という疑問は大きく膨らむばかりで、当たり次第に書物を読み漁る毎日だった(内容を理解できたかはトモカク)。そんななか、「自我の真実は、世界が溶けだすように見えたり、自己と他者の違いが根源的に疑問に付される狂気のなかに正確に現れる」,「人間の知識は本質的なところでパラノイア的である」というジャック・ラカンの議論をカジッて、何かスコーンと胸におちた。紹介している二冊は、難解至極で知られるラカン理論を、大衆文化(ヒッチコックの映画など)を通して紹介しているスラヴォイ・ジジェクという人の本。彼の本は他にもたくさんあるが、これらが最もとっつきやすい。映画好きの人には特に楽しめるのではないかと思う。(経済学部 教員) |
| 戦略的思考の技術:ゲーム理論を実践する 梶井厚志 |
中央公論新社 2002 |
本書は、経済学に関連する書籍です。経済学というと、株式投資、金融や財政など堅苦しく我々にとって身近ではない問題を考える学問と想像しがちですが、経済学が対象とするのは、実は、それだけではありません。我々の生活には、経済学で分析対象となる事柄が、非常に多く存在しています。我々の身の回りで起きていること、生で直面する出来事を、「ゲーム理論」という経済分析において主流となっている道具を使い、やさしく解説しているのが本書です。経済学やゲーム理論の前提知識無しに読むことができるので、経済学部生のみならず、他学部の学生にも読んでもらいたい一冊です。(経済学部 教員) |
| アラブが見た十字軍 Amin Maalouf(原著),牟田口義郎(翻訳),新川 雅子(翻訳) |
筑摩書房 2001 |
一般の我々にとって,歴史とはどのようなものか,認識を新たにすることを迫られる書。聖地奪還,正義の象徴として,一般には少なくとも善のイメージを持たれている「十字軍」であるが,この事変をアラブ側から見て記録した書物である。そこでは,もちろん十字軍とは呼ばれておらず,「フランク」と呼ばれており,書かれている内容は,もろに略奪と殺戮である。200年近くに亘る歴史物語としても面白く書かれていて,読みやすい文章である。その後イスラム文明は衰退したために,この戦いに関するアラビア語の資料はそれほど多く残されていない。それらを元に記述されたもので,日本語で読めるものはこの一冊のみであろう。貴重な書物である.歴史を別の側から見る類似の書物として,「わかりやすいベトナム戦争」三野正洋(著)光人社,ISBN-13:978-4769808534があるが,まだ屍臭消えざる現時点では,紹介はするが,推薦はしない.興味がある諸君は入手して読んで見ると良いであろう.(経済学部 教員) |
| アルジャーノンに花束を ダニエル キイス(著),小尾 芙佐(翻訳) |
早川書房 1989 |
コメントは,幾ら書いても尽きないし、幾ら書いても尽くせません。読めば分かる、ハンカチのご用意を。似たようなモチーフの本として、「オール1の落ちこぼれ、教師になる」宮本延春(著)角川書店ISBN-13:978-4048839600がありますが、未だ評価が枯れる時期ではないので、紹介をするに止めます。こちらもハンカチが要りますが、ハッピーエンドです。(経済学部 教員) |
| どくとるマンボウ青春記 北杜夫 |
新潮社 2000 |
著者である北杜夫先生が信州大学の前身である旧制松本高校で過ごした日々が率直に描かれていて非常に興味深い。もっと詳しく知りたい人は最近重要文化財に指定された旧制松本高校跡にある旧制高校記念館に足を運ばれることをお薦めする。(経済学部 教員) |
| 『レオナルド・ダ・ヴィンチの手記』上下 杉浦明平訳 |
岩波書店 1954-1958 |
ダ・ヴィンチの断簡選集で、いわば肉声を知ることができます。本学図書館で購入いただきましたウィンザー・コレクションの素描集と対照しながら読むと興味深いと思われます。(大学院経済・社会政策科学研究科 教員) |
| 『チェッリーニ自伝』上下 古賀弘人訳 |
岩波書店 1993 |
ベンヴェヌート・チェッリーニはルネサンス期の彫金師として著名ですが、鋳造や射撃、音楽も一流でした。当時の芸術家の万能ぶりが伺える回想記です。また男伊達でもあり、波乱万丈の人生を送りました。ルネサンスにおける美徳(ヴィルトゥ)とはどのような気質を指すのかが伺えると思います。(大学院経済・社会政策科学研究科 教員) |
| 『メディチ家:その勃興と没落』 クリストファー・ヒッバート、遠藤利国訳 |
リブロポート 1990 |
ヒッバートは歴史家というよりは一般向けのライターという性格が強い作家です。ルネサンスの大パトロンだったメディチ家の盛衰記として、欧米では定本です(原著はペンギンブックス)。終章は、名門の覚悟とはどのようなものかを示す名文です。(大学院経済・社会政策科学研究科 教員) |
| The Rise and Decline of the Medici Bank:1397-1494 Raymond De Roover |
Beardbooks 1999 |
ルネサンスは、現在の科学や思潮だけでなく、法律や会計制度、金融・企業組織の祖型が固まった時代でもあります。deRooverはニューヨーク大学教授で、本書は経済史の古典のひとつです。ヒッバートもメディチ家の金融事業に関する記述は多く本書を参考にしています。(大学院経済・社会政策科学研究科 教員) |
| 「心・脳・科学」 ジョン・サール(著),土屋 俊(翻訳) |
岩波書店 2005 |
自己とは何であろうか?1637年デカルトは「方法序説」(岩波文庫,ISBN:978-4003361313)で,「我思う、ゆえに我あり」と述べ(るにとどまり),1747年デラメトリは「人間機械論」(岩波文庫,ISBN:978-4003362013)により,自己のあり方を展開している.両者の間をつなぐことが,現代の脳科学の宿命のように思われる.ここに数冊の脳科学の図書を推薦するが,もちろんこの問題に答え切っているものではない.思索の足しになれば幸いである.(経済学部 教員) |
| 「私」は脳のどこにいるのか 澤口 俊之(著) |
筑摩書房 1997 |
|
| 脳ってすごい! ロバート・オーンスタイン(著)ほか |
草思社 1993 |
|
| 脳とクオリア:なぜ脳に心が生まれるのか 茂木 健一郎(著) |
日経サイエンス社 1997 |
|
| 脳の探究―感情・記憶・思考・欲望のしくみ スーザン グリーンフィールド(著) |
無名舎 2001 |
|
| 大衆の反逆(中公クラシックス) オルテガ(著)、寺田和夫訳 |
中央公論新社 2002 |
オルテガはスペインの哲学者で、本書は大衆論の古典です。経営学の観点からも消費者分析として示唆に富む内容と思います。いくつか訳がありますので、比較なさってみるのも興味深いかもしれません。(社会政策科学研究科 教員) |
| 大衆の反逆(ちくま学芸文庫) オルテガ(著)、神吉敬三訳 |
筑摩書房 1995 |
|
| 大衆の反逆(イデー選書) オルテガ(著)、桑名一博訳 |
白水社 1991 |
|
| 戦争論:レクラム版 カール・フォン・クラウゼヴィッツ、日本クラウゼヴィッツ学会訳 |
芙蓉書房出版 2001 |
原著者が所属したプロイセン参謀本部は現在の様々なスタッフ組織の祖型になり、本書は軍事・経営に大きな影響を与えています。諸訳ありますので、比較なさると興味深いと思います。解説書や関連図書も何冊かありますが、まずは「現物」に取り組むのがお勧めです。(社会政策科学研究科 教員) |
| 戦争論 上下巻 クラウゼヴィッツ(著)、清水多吉訳 |
中央公論新社 2001 |
|
| 戦争論 上中下巻 クラウゼヴィッツ(著)、篠田英雄訳 |
岩波書店 1968 |
|
| 歴史主義の貧困:社会科学の方法と実践 カール・R.ポパー(著)、久野収,市井三郎訳 |
中央公論社 1961 |
ハイエクと並んでLSE(ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス)の誇る哲学者です。マルクス主義批判として著名な書物で、やや難解ですが、日本でもロングセラーになりました。批判的分析にもとづく「つぎはぎの繕い」(piecemeal tinkering)こそが実践的な諸結果をもたらす大道である、という指摘は、いかにもアングロサクソン的な態度として、玩味すべきものがあると思います。(社会政策科学研究科 教員) |
| 経済の文明史 カール・ポランニー、玉野井芳郎ほか訳 |
筑摩書房 2003 |
経済人類学の提唱者といわれるポランニーの論文集。1975年の初訳いらい版を重ね、ロングセラーになっています。オルテガと同じく、現在の経済社会を相対化する一視点を獲得するうえで、効果的な書物と思います。(社会政策科学研究科 教員) |
| 「待つ」ということ 鷲田清一 |
角川学芸出版 2006 |
多才の哲学者であり、現在の大阪大学総長でもある著者の近刊書。待たなくてよくなった現代社会において「待つ」ことの意味を考察する。著者の息遣いに合わせ、ゆっくりと時間をかけて読んでほしい。同じテーマを扱った前著『「聴く」ことの力』もお勧め。(ファイバーナノテク国際若手研究者育成拠点 教員) |
| 明日の蔭の中で ヨハン・ホインジンガ(著)、藤縄ほか訳 |
河出書房新社 1990 |
ホインジンガは『中世の秋』、『エラスムス』、『ホモ・ルーデンス』が著名な歴史学者です。とくに『ホモ・ルーデンス』は今日のマーケティングに示唆するところが大きな本です。『朝の影のなかに』はオルテガの『大衆の反逆』と並び称せられる著作(エッセー集)です。戦間期のファシズム勃興と国家礼賛のなか、「モーターはなおまわりつづける、旗は風にひるがえる、だが精神はどこへいったのか」という危機意識は、ヨーロッパ知識人の本流というべきかもしれません。(社会政策科学研究科教員) |
| 朝の影のなかに ホイジンガ(著)、堀越孝一訳 |
中央公論新社 1975 |
|
| 隷属への道 F・A・ハイエク著、西山千明訳 |
春秋社 1992 |
ポパーの僚友だった経済学者による計画経済批判です。戦争世代はともかく、それ以後の世代特に社会科学を学ばなかった方々には、国家や政府という装置への素朴な過信(信仰)をみることがあり、びっくりしますが、そうした向きにお勧めしたい本です。なお、本書ほど原理的な議論ではありませんが、わが国政府の「性能」の検証としては、三輪芳朗著『政府の能力』有斐閣、1998年、が挙げられます。(社会政策科学研究科教員) |

