信州ブックレットシリーズ5電子書籍版
25/87

(6) DDTとマラリア対策DDTの禁止とマラリアの再燃 もう一つの有名な例は,DDTとマラリアです。レイチェル・カーソンの『沈黙の春』は,DDTが生態系に深刻な影響を与えていることを世界に知らしめた報告でした。特に生態系の頂点の鳥,ハヤブサなど肉食の鳥の体内に蓄積されて異変が起こると。日本は,世界に先駆けて,水田農薬の使用を1971年に全面禁止しています。欧米でも禁止が進み,1980年には世界的に使用禁止となりました。 この結果,どうなったのか。途上国で,せっかく封じ込めていたマラリアが再燃するという事態を招いてしまった。最終的には,WHOが2000年代に入って,マラリア蚊を殺すために,室内に限ってDDTの噴霧を許可するようになりました。 このDDTの禁止の流れについて,環境リスク論のパイオニアの中西準子さん(横浜国立大学名誉教授)は皮肉っています。マラリアで途上国の人たちが亡くなっていますが,公衆衛生,つまり人命より鳥のほうが大事なのかと。先進国の人たちは,環境問題としてハヤブサが大変だということで,DDTを農薬として使うのはよくないという運動を起こします。一方で,途上国の人たちは命を落とす。ここに先進国と途上国の認識のギャップを見ることができます。リスクとベネフィットを評価する 紆余曲折を経て,結局はベストな選択に落ち着きました。それは,リスク・マネジメントを客観的に行ったということです。DDTの主な用途は,農薬と殺虫剤です。この二つの選択のリスクとベネフィットを考えるときには,まず用途が何かを考える。そうすると,DDTの用途は農薬と殺虫剤である。使う場所も違って,農薬としては畑ですから,当然,室外になる。殺虫剤は,蚊を殺すために,18

元のページ 

10秒後に元のページに移動します

※このページを正しく表示するにはFlashPlayer10.2以上が必要です