2017環境報告書
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45■ 水分解のための光触媒の課題光触媒は、抗菌や脱臭など様々な効果を生み出しているが、鈴木助教の研究は、水から水素を取り出す水分解の研究。クリーンなエネルギーとして注目されている水素だが、化石燃料から作られている現在の水素は、真のクリーンエネルギーとは呼べない。水分解で水素を取り出すには、酸素と水素を別々に取り出す光電極を使う。光触媒効果を発現する物質は、光を受けると原子から電子が飛び出し(励起)、穴(正孔)ができる。正孔が作用して酸素を生み出し、励起した電子は外部回路を通り、別容器で水素を生み出すというしくみだ。光触媒の研究では、次のような課題があるという。ひとつは、太陽光を使って分解を促進させること。光触媒として用いられる材料の多くは酸化物で、水を分解するためには大きなエネルギーが必要になる。そのため、大きなエネルギーをもつ波長である紫外光(短い波長)が利用される。太陽光に含まれる紫外光は約4%であるが、可視光は約52%を占める。可視光を活用できると、分解はグンと促進され、エネルギー効率を上げられる。そこで、窒化物や酸窒化物が注目されている。酸化物より小さいエネルギーで分解できるため、波長の長い可視光を使うことが可能になる。また、いったん励起した電子が正孔と結合し、反応が起こらず、効率が低下する可能性がある。これは、高品質な結晶であれば起こりにくいという。触媒表面の化学反応をできるだけ起こしやすくすることも重要だ。これらの課題をフラックス法でつくる結晶で解決しよう、というのが鈴木助教のねらいである。■ フラックス法で生まれる美しい結晶フラックス法は、結晶を育成する方法の一つ。溶液法という種類で、結晶にしたい目的物質(あるいはその原料)をフラックス(融剤:溶媒と同じ働き)に溶かして、冷却や蒸発を駆動力に結晶を析出させる。水に溶かして、蒸発させてつくる塩(NaCl)の結晶は、フラックス法と同じ原理で成長する(溶媒が水の場合を特に水溶液法と呼ぶ)。フラックス法の特長は、少ないエネルギーで結晶を育成でき、欠陥が少なく、結晶性の高い美しい結晶ができること。例えばルビーは、融点が2050℃であるが、フラックスを使うと1100℃で育成できる。欠陥が少なく高品質であるということは、物質本来の特性が最大限に引き出される。フラックス法は優れた機能を発現する材料をつくることができるという。■ フラックス法で課題に挑むひとつ目の課題は、可視光に応答する窒化物や酸窒化物をつくること。窒化物は、大気中でつくることは難しいため、アンモニア(NH₃)気流中でつくる。通常は大気中でつくった酸化物を窒化するが、鈴木助教は大気中で結晶を育成せず、アンモニア気流中でタンタル窒化物(Ta₃N₅)等の結晶を直接育成することに成功した。それも光触媒を支える基板(導電性)にタンタルを用い、フラックスを塗り、基板の表面を原料として結晶を直接成長させるというビルドアップ形成(フラックスコーティング法)だ。通常は、酸化物から窒化物をつくり、基板に塗って、導電性の金属を付けるなどの複雑なプロセスを経るが、鈴木助教はたったひとつのプロセスで完成させる。同時に、酸化物から窒化させる際の結晶の劣化も解決できる。フラックス法で育成した結晶は、高品質で電子と正孔の再結合も少なく、高い性能を発揮するという。「フラックス法であれば、結晶の形や並び方などを制御できます」と鈴木助教。触媒の表面でさらに反応が起きやすくなる可能性もある。フラックス法は、少ないエネルギーで最適な材料をつくる有効な手段として、研究室では様々な分野での応用をめざしている。鈴木助教は、光触媒の研究のみならず、今後フラックス結晶育成の技術も確立し、高めていきたいと力を入れている。鈴木 清香2013年 信州大学大学院総合工学系研究科物質創成科学専攻修了2015年 信州大学工学部環境機能工学科研究員2016年 信州大学工学部物質化学科 研究員2016年 信州大学工学部物質化学科 助教光電極を利用した水分解の模式図NaTaO₃結晶層(左)と窒化したTa₃N₅結晶層(右):酸化物を窒化すると結晶が劣化してしまうタンタル基板上に直接成長したTa₃N₅結晶層光触媒材料をフラックス法でつくる学術研究院(工学系)助教鈴木 清香[工学部物質化学科 先進材料工学ユニット]

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