経法学部研究報告2017_2018
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15総合法律学科総合法律学科個人と国家の関係を考えるデジタルデータは誰も所有できない!? 憲法を専攻しています。憲法とは、国家権力がどのように組織されるか、誰によってどのように行使されるかを定める国家の基本となるルールです。憲法の中には、基本的人権が定められています。そのような基本的人権の中でも「教育を受ける権利」を中心に研究しています。「教育を受ける権利」は、未熟な存在である子どもが個人として人格を確立するためにも、個人が民主政治に参加することによって民主主義社会が存続していくためにも必要です。 このような「教育を受ける権利」をどのように考えるべきかを素材として、個人と国家の関係を考察しています。 パソコンで自分が書いた文章をファイルに保存したとします。おそらく、多くの人にとって、そのファイルは自分の所有物のように思えるのではないでしょうか。しかし、法律の世界では、デジタル化されたデータは所有することができません。所有権の対象は有体物(形のある物体)に限られているため、データは所有権の対象にならないのです。そのため、誰かのデータを他人が盗んだり消してしまったとしても、所有権を侵害したことにはならず、盗んだデータに対する返還請求はできるのか、損害賠償額はどう決めればよいのか、といった厄介な問題が出てきてしまいます。そこで、法律上の考え方を工夫し、この問題を解決できないかを考えています。 憲法は生活からかけ離れているもの、という感じがするかもしれません。実際には、憲法は最高法規として、あらゆる法分野に関係をもっています。憲法からは、刑事法にも、民事法にも、行政法にも通じる道が開かれており、そのような意味で総合的な法分野であるということができます。したがって、憲法学の研究には、他の法分野の研究成果を積極的に取り入れる必要があります。 教育の面においては、憲法に関する判例の分析を中心とした演習を行っています。判例の分析は理論と実務の対話という側面を持っています。理論に関心をもつ研究者と実際の裁判に携わる実務家が対話をするためには、学説理論と裁判実務が共有している部分と、共有していない部分を明らかにした上で、共有している部分があることの意味、共有していない部分があることの意味を考察することが必要です。演習を通してこうした考察を行うことは、みずからの思考を鍛える訓練となるので、公務員になろうとするときにも、民間企業に就職しようとするときにも必ず役に立ちます。 このように所有権の内容など、財産権の基本的なルールを定めているのが、民法という法律です。民法は、私たちの身近な生活関係を規律していますから、弁護士のような民間の法律家が、もっとも頻繁に参照するのが民法だとも言われています。 歴史的に古くからあった民法の考え方が、他の新しい法律の考え方に応用されながら法律全体が発展してきたという経緯もあるため、民法が理解できると、法律全体が見通せるようになります。また、デジタルデータのような新しい法律上の問題に答えるためには、原理的な法律である民法の考え方に立ち返る必要があります。 このような民法を深く勉強することは、法律の専門家や行政官になるために不可欠であることはもちろんですが、民間企業で仕事をする上でも必要なことと言えます。社会における経済活動の基本的なルールを定めているのも民法だからです。民法的な考え方を身につけておくと、それがあらゆる社会活動において役立つと言えます。 教育は私たちにとって必要なものですが、教育を施すには、柔軟性が高い子どもの時期から始めるのが良いと考えられます。しかし、子どもは未熟であるので、ひとりで学ぶことは困難です。そこで、子どもは、自分に必要な教育を施すように、周りの大人に要求することができると考えられるようになりました。こうして「教育を受ける権利」が認められるようになったのです。こうした「教育を受ける権利」を諸外国の法制度と比較しながら研究しています。 死亡した者に宛てられた電子メールを、その相続人がメールサーバーを管理しているプロバイダに開示請求できるかを検討したり(「死者宛の電子メール」信州大学法学論集11号)、データ消失事故を起こしたストレージサービス業者の損害賠償義務について検討してきました(「サーバ上のデータ消失における不法行為責任」同18号)。最近では、「デジタル遺品」と呼ばれる故人が遺したデジタルデータの相続承継などの問題に取り組んでいます。演習での発表と討論の様子:演習では憲法に関わる重要判例を分析しています。その判例はどのような事実から生じた事件なのか、その事実に対して裁判所はどのように判断したのか、裁判所が判断したことはどこまでの射程をもつのか、その判例で問題になった論点について学説ではどのように議論されているのかなどについて、担当者の発表をもとにして、全員で議論しています。権利の対象(客体)になれるものは、民法が定める有体物、知的財産法で特別に認められた著作物(著作権)、発明(特許権)などに限られています。赤川 理 准教授池田 秀敏 教授東京大学大学院法学政治学研究科博士課程単位取得満期退学、首都大学東京助手・助教、信州大学経済学部准教授を経て現職。1987年3月:一橋大学法学部卒業。1989年4月~2005年9月:弁護士(東京弁護士会)。2005年10月~2009年3月:信州大学経済学部教授。2009年4月~2017年3月:信州大学法科大学院教授。2017年4月~現職。研究の未来と卒業後の将来像研究の未来と卒業後の将来像主な研究事例主な研究事例

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