環境報告書2015|信州大学
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環境刑法から環境保護を促進する刑事政策へ学術研究院(社会科学系(法曹法務))教授三枝 有[大学院法曹法務研究科] ■予防として働くシステムを 「環境刑法」というのは法律の名称ではなく、環境基本法を含む、環境保護に関連する法の総称である「環境法」、その中で環境犯罪(水質汚濁や不法投棄など)を扱う刑罰を中心とするサンクションに関する法規の分野になる。 三枝教授は「単に刑罰のみに偏った環境刑法の考え方では、環境保護のために十分な役割を果たせません。様々なサンクションが必要です。」という。 刑罰とは、犯罪行為があって初めて使われるもの。「環境を破壊した後に、犯罪者をどんなに処罰しても環境は元には戻らないし、水俣事件のような重大な環境犯罪を起こした相手にどれほど重い刑罰を与えたとしても、水俣病の被害者の人々、胎児性水俣病になってしまった人々を救うことはできません。」では、どうしたらいいのかというと、「そういう環境犯罪を起こさなければいいのです。つまり環境保護のためには、法は予防的に働くことが重要です」。 サンクションとは、法の目的を実現するために、本来は望ましくない行為を行った者に不利益、特に刑罰を課すことですが、これに加えて、望ましい行為を行った者には利益を与えて、望ましい行動に誘導する手法を付け加えて考える。制裁と誘導(インセンティブ)…いわばアメとムチ。処罰から誘導へ、いわば教育的配慮をサンクション機能に取り込むという考え方だ。 そして、刑罰のみを活用する従来の環境刑法理論では、制裁を前提とする予防機能は、規制のための管理指導を行政機関が行うので、行政の産業育成的な立場、立証の困難さや手続きの煩雑さもあり、実際に違反者を告発するのには限界があるという。それゆえ実際に告発されるのは、立証しやすい廃棄物事犯がほとんだ。■経済的インセンティブ(誘因)を 用いたサンクション 処罰されるのは個人や法人だが、環境破壊を引き起こす主たる要因は、企業の利益追求の経済活動自体にある。それならば、企業の経済活動原理に則った、経済的インセンティブを用いたサンクションをつくれば有効に働くという。「たとえば、車の排気ガスなど、基準値より多く下げられた企業には報奨金を出す。基準値より下げる技術が開発されたなら、これを平準化することで現在の基準値より厳しい基準に引き上げられる。厳しい基準が達成できない企業は、技術開発できた企業から技術を買うように指導されるから、技術開発した企業は利益を求めてますます頑張るわけです」利益を生む技術開発はいっそう拍車がかかって環境浄化も進んでいく。「『許容された範囲を守ればいい』では、いつまで経ってもそれ以上はクリーンになりません。アメリカやドイツでは様々な手法が実施されていますが、日本では、なかなかこういった誘導システムが進んでいないのが実情です。」■中国でシステムを実現し、日本へ 今、急速に経済が発展している中国では、日本のかつての時代のようにあちこちで公害問題が報告されている。三枝教授は「水俣のような公害で死者が出る前に」と刑事法を専門とする南開大学の鄭教授を介して、企業や大学、学校で講演活動を続ける。「中国は世界で一番死刑が多い国で、環境汚染でも死刑となりかねない。『厳しい刑罰を受けるより、補助金をもらって浄化システムをつくり、政府に優良企業として推奨してもらいましょう』と、低コストで導入可能な微生物を使って浄化する日本の排水処理システム*を紹介すると喜んで耳を貸してくれます」という。経済発展を突き進む彼らは、お金にシビア。でも、合理的で勉強熱心。新しいものを取り込む吸収力は大きく、中国では、インセンティブを用いた多様なサンクションと、それを効果的に補助する刑罰をもって環境保護を促進する理論の現実形の片鱗が見えてきている。これこそが、新たなサンクション理論の実現化であり、日本においても新たな理論による環境保護システムを生み出す試金石となっていくのだ。三枝 有1979年 中央大学法学部法律学科卒業1982年 中京大学大学院法学研究科修士課程修了     名古屋女子大学助教授、     名古屋学院大学教授、     中京大学法科大学院教授などを経て2009年 信州大学大学院法曹法務研究科教授*エコ和歌山株式会社の「ESCAPE法」(食物連鎖を利用したパイル担体活性汚泥法)の排水処理システム。環境への取組み022-2 環境研究39

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