地域と歩む|信州大学地域戦略センター
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少なく、町全体に残る松代の存在は貴重なものだ。しかし、水量不足、水質の悪化、住民の生活環境の変化により、松代の「泉水路」及び「池庭」は著しく数を減らしている。そうした現状を踏まえ、佐々木教授は、15年前から現在に至るまで、大学の学生と共に松代に足を運び、現地を隈なく踏査し、池庭と水路の現状把握を行っている。住民のヒアリングの中から、かつての水路の状況が浮かび上がってきた例もある。佐々木教授の研究によると、現在、170程の池が確認されているという。ひとつの屋敷に複数の池があることも珍しくなく、120程の屋敷に池が現存している。池庭は、かつての中・下級武士の屋敷であった場所に多く残る。京都のような豪華な庭ではなく、質素でありながらも連綿と続く人々の生活の中から形成されてきた庭だ。戦前戦後にかけての食糧難の時代、池を鯉の養殖場としてきた場合もある。「松代では丁寧に水を使う必要がありました。松代独自の水路には、貴重な水をいかに使い、活かしてきたかの歴史が写し出されています。しかし、だからこそ、人の暮らしの中にある水路や池庭は保全しにくい。どこに何があるのか、どこが古いのか十分にわかっているとはいいがたいのです。その中で、実際に個人の庭を見ることが出来るのは、長野市との連携による所が大きい。それにより明らかになったことは数多くあります」(佐々木教授)。水路や池庭は、人々の生活と密接に関わっていたからこそ、生活の変化に伴い消失し易い上、文化財の登録も進みにくい。住民との合意形成には、長野市との連携が必要不可欠だ。2008年には、長野市との連携による研究結果が実り、長野県で初めて泉水路で繋がれた4箇所の庭園が、国の登録記念物として登録された。松代に残る池庭は、見るだけでなく、実用性の高いものです。かつては、茶碗を洗ったり洗濯をしたりしていたそうです。しかし、住民のライフスタイルの変化に伴い、数は減少してきています。ただ、佐々木教授の研究が、町の中に浸透し、住民の方々に意識の変化をもたらしていることは事実です。「松代にこんなすごいものがあったんだ」といった声も聞かれます。研究によって、町の人が新たな松代の魅力に気付く、また、意識の変化にも繋がる。「まちづくり」だけでなく、「ひとづくり」まで関わって頂いていると感じています。また、行政だけでは行き届かない詳細な調査や研究結果も明らかになっています。しかし、水量の不足、水質の悪化から、庭に本来の水路からではなく上水を引き入れざるを得なくなっている所も少なくなく、管理が個人の負担になってしまっている例もあります。保全に関して、住民の方からの同意が得られないこともあります。佐々木教授には、現在、水源や水量についての調査も行ってもらっています。そうした研究結果を踏まえ、行政としては、この先、水源と安定した水量を確保のために動いていきたいと考えています。水路と共に、松代の古い建物の保全など、市としての歴史的に重要な価値をもつ松代町のグランドデザインを描く必要もあるでしょう。これからも、保全のために模索を続けていきます。「まちづくり」から「ひとづくり」まで。松代の魅力、再発見に伝統的な景観保全と連綿と続く人々の暮らし松代の町並みを保全するために1985年京都大学農学研究科林学専攻単位取得満期退学。農学博士。1998年より信州大学農学部教授。研究分野は造園学。長野市教育委員会 文化財課宿野 隆史氏佐々木 邦博 教授ささきひ ろく に湧水の調査を行う研究室の学生達「なぜ無くなってしまったのか、どういう政策があれば保全できるのか、それは長野市と連携しながら考えていく必要があります。松代には古い建築物も多く残る。水路だけでなく、そうした古いものを丸ごと保全する計画を、市と相談しながら行っていく必要があるでしょう」こうした佐々木教授の声を受けるかのようにして、現在、「NPO法人夢空間松代のまちとこころを育てる会」により、「お庭拝見」というイベントが定期的に行われている。住民が松代の新たな魅力に気付くきっかけにもなっている。水路や町並みは、人の暮らしと密接に関わっているからこその価値がある。だが、だからこそ保全の難しさもある。共同研究によりますます明らかになる松代の水路の価値と水利用の歴史。それらを活かしたまちづくりは、これからも模索が続いていく。旧前島家住宅の庭池を眺める佐々木教授信州大学農学部森林科学科 造園学532012.05.31 掲載

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