地域と歩む|信州大学地域戦略センター
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中山間地の農業集落にとって、もう一つの深刻な問題が鳥獣被害だ。遊休農地を増やさないようにと懸命に作付けしても、収穫直前に野生動物に食べ尽くされてしまう。高齢化した農家は、野生動物を追い払うこともできず、ただ我慢するだけ。金銭的な被害も大きいが、それ以上に、農業を続ける意欲を失ってしまう精神的ダメージが深いのだ。特に、近年、その急増が問題になっているニホンジカは、田畑の作物だけでなく、植林した樹木の若芽から、高原牧場の牧草、果ては高山植物までも食べてしまうため、里山から亜高山帯までの広大なフィールドでの対策が急務となっている。こうした獣害問題にも、伊那市と信州大学はスクラムを組み、連携事業の一つとして取り組んでいる。クマを中心に農学部の泉山茂之教授が、ニホンジカを中心に同じく竹田謙一准教授が先頭に立ち、学生も参加する形で、地元住民との協働の対策を講じてきているのだ。山間部の集落に出向き、獣害被害の現状を集約し、住民とともに対応策を考える。そうした取り組みは、既に5年以上にわたり粘り強く続けられている。防護柵を設置したり、地元の猟友会の人々と駆除に取り組んだり、ワナの使用方法の講習会を開いたり…。牧場を我が物顔で占領するニホンジカを一網打尽にすることを狙って大型の囲いワナを仕掛けたこともある。こうした一つ一つが、地域にとっては実践的な問題解決の取り組みであると同時に、信大にとっては獣害対策の現状と方法に関する日々の研究になっているのである。特に近年は、南アルプス山麓一帯でのニホンジカ対策がテーマとなっている。このため、伊那市と信州大学の共同事業を軸にしながら、周辺自治体や関係団体でつくる南アルプス食害対策協議会、環境省、林野庁、日本自然保護協会、自然保護助成基金などが連携協力した取り組みも開始されるなど、新たな試みも始まっている。県境を越え、広域で獣害対策を展開成セミナー」を、食品機能性の研究で著名な大谷元教授がリーダー役になり開催。合計18日期日にも及ぶ講義日程だったが、定員の3倍もの希望者が殺到。伊那市役所の多くの職員が熱心にセミナーに参加する姿もあった。このような足かけ6年にも及ぶ粘り強い共同プロジェクトによって、いま、ようやく、一つの地域特産品、伊那市のヤマブドウワインが産声を上げようとしているのである。中山間地の農業振興と結びついた特産品開発―伊那市でのヤマブドウワインの取組みは、その一つのモデルケースとなる可能性が高い。仙丈ケ岳馬ノ背に生育しているウラジロナナカマドを摂食している雄ジカ農学博士。信大農学部卒、信大大学院修士修了、岐阜大大学院博士修了長野県職員(技師・研究員)を経て2002年より農学部助教授、2009年より現職春日 重光 教授かすがしげみつ信州大学 農学部アルプス圏フィールド科学教育研究センター農学博士。農学部附属野生動物対策センター長兼務。動物生態学、高山帯に生息するツキノワグマやニホンザルなどの生態や野生動物の保護管理に関する教育研究に従事泉山 茂之 教授いずみやましげゆき信州大学 農学部アルプス圏フィールド科学教育研究センター農学博士。日本獣医畜産大学卒、東北大学大学院博士課程修了。応用動物行動学、被害を引き起こす野生動物の行動制御や野生動物の資源利用、動物福祉に関する教育研究に従事竹田 謙一 准教授たけだけんいち信州大学 農学部食料生産科学科272012.01.31 掲載

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