地域と歩む|信州大学地域戦略センター
25/76

伊那市との連携事業は、平成23年度の新規のものだけでも10項目、数年来取り組んでいるものも入れれば、自然科学や工学系から医学・教育・人文の領域まで、28項目にも及ぶ。そのうちの多くを占めるのが、里地・里山の保全や観察に関わる取り組みだ。この後詳論する、伊那市のシンボルますみヶ丘平地林の保全、里山セミナー、タカトオコヒガンザクラの育苗と日本一の桜の里づくり事業などが、多くの市民の参加を得ながら進められている。伊那市の市街地西方にあるますみヶ丘平地林は、アカマツを中心に約68haの森が平地に広がる全国的にも珍しい里山。古くから薪炭利用などで地元住民の暮らしに密着してきた。平成9年からは「乱開発を防止し、健全な森林として後世に残す」ために、地権者も協力して、その保全が目指されている。平成16年からは信大農学部も協力して間伐や、クヌギやコナラなどの広葉樹の植え付けによる混交林化等の整備を進めてきた。そこを舞台にして平成23年、3回にわたる市民参加の自然教室(観察会)と、専門家による昆虫・植物相の調査が連携事業として行われた。「3回の観察会は、3回目が雨でしたが、のべ200人近い熱心な市民が参加してくださり、自然科学的探究心の高まりにこちらの方が驚かされました」と担当教員の農学部中村寛志教授。6月の第1回観察会では、県の指定希少野生動植物であるササユリに魅入り、7月の第2回では、環境省里山の豊かな生物多様性ますみヶ丘平地林を守る南アの世界自然遺産登録にも協力地域と歩む。信州大学其の参自然と人間、 共生の道を  探って ―7月の第2回自然教室では、中村教授や荒瀬輝夫准教授をはじめ学生も講師役を務め、オオムラサキ等を実際に採集するなどして観察した。ミヤマシジミのオスの表面。メスの表面は茶色で別の種類と思われることも。幼虫は畦畔や河原に生えるコマツナギを餌とするが、近年コマツナギの減少と共に数が減ってきていた。レッドデータブックで絶滅危惧Ⅱ類のミヤマシジミや同準絶滅危惧のヒメシジミの可憐な姿に歓声を挙げた。だが、重要なことはササユリやミヤマシジミなどの希少種が、まさに、伊那市と信大の連携・協働によるますみヶ丘平地林の整備が進むことによって、呼び戻され復活してきたという事実だ。間伐と混交林化によって森が明るくなり、一時は全く姿を見せなくなっていたササユリが戻ってきた。ミヤマシジミも、幼虫が食べるマメ科のコマツナギという草が戻ってきたことにより、再び姿を見せるようになったのだ。昆虫・植物相の調査で、そのことが明確になったという。「信大が、間伐など森林整備の方法を明示し、伊那市が市民とともにそれを実行してくれました。それによって里山の植生が戻り、植物も昆虫も希少種が保護され、私たちの新たな研究のフィールドが広がったのです。まさに相乗効果ですね」と中村教授は話す。南アルプスは優れた自然環境と景観を誇ることから、伊那市では長野県内の飯田市・大鹿村・富士見町と南アルプス世界自然遺産登録長野県連絡協議会を結成し、山梨県・静岡県側の市町村とも連携しつつ、山麓の自治体・住民の力で世界自然遺産への登録を目指している。そのためには、地質学や生態・生物学的な調査研究だけでなく、美的景観や生物多様性に関わる評価も問題になる。そこで、上記連絡協議会の下に総合学術検討委員会を設置しているが、そのメンバーとして信州大学の教員が伊那市との連携協定に基づいて参加し、積極的に活動を行っている。南アルプスの山並み農学博士。京都大学卒、信大修士修了、京大博士修了。1999年より信大教授。研究分野は昆虫生態学、環境評価。中村 寛志 教授なかむらひろし信州大学 農学部アルプス圏フィールド科学教育研究センター252012.01.31 掲載

元のページ 

10秒後に元のページに移動します

※このページを正しく表示するにはFlashPlayer10.2以上が必要です