2012環境報告書
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教育学部附属志賀自然教育研究施設(志賀自然教育園)森林生態学研究室井田 秀行●1968年 名古屋市生まれ●1991年 広島大学総合科学部卒業●1996年 広島大学大学院生物圏科学研究科修了 博士(学術)●1996年 長野県自然保護研究所(現・長野県環境保全研究所)技師●2000年 信州大学教育学部助教授(07年~准教授)いだ ひでゆき准教授 専門は森林生態学だが、「森というキーワードがあれば何でもやるという感じ」と間口はかなり広い。特徴的なのが、「森林と人との関係が研究の中心」という点だ。 当初は、ブナ原生林の維持メカニズムの解明がテーマだった。だが、調査を続けるうちに「日本のブナ林は人の気配がする」と気付いた。原生林でさえ何らかのかたちで人間が関与している。ならば、人との関係を抜きに森は語れないと、テーマは「森」から「森と人」へと変化した。 日本人は縄文時代から森と共に生きてきた。適切な分量の木を切り、暮らしのあらゆる場面で無駄なく活用し、次世代のために森を管理した。そうしたことが途絶えつつある現状に危機感を感じ、「森や里山の技術・知恵のマニュアル作りが究極の目的」となった。生活に根付き、経験に裏付けされ、家庭や集落で代々受け継がれてきた技術や知恵、普通の人々が当たり前に持っていたはずの英知をまとめた「虎の巻」を作り、継承するために、研究の幅を意識的に広げている。 かつての家づくりは、裏山で育てた木を利用するのが当たり前だったと言われる。だが、「言い伝え」はあっても、実証データは少ない。そこで、工学部の教授・学生らと共に調査を実施。古民家の柱や梁などを削り、顕微鏡で組織を観察し、裏山の木も同様に調査する。樹種が一致すれば、裏山の木を用いたとみて間違いないだろう。さらに地域の古老などに聞き取り調査を重ね、樹種、伐採方法、乾燥方法、利用法等々のデータを蓄積している。建築資材としての活用法めざすは、知恵と技術の虎の巻森の活用」。精神科や精神内科の医師、臨床心理士が新たな協働者だ。きっかけは、精神疾患予防の手立てを模索していた一人の医師が、自然観察会のリピーターだったことだという。病気を発症する前の段階で、信州の多様な自然を活かせないか。そのために、病院・大学を含む多角的なネットワークが構築できないか…。まずは、各界の人材を集め、勉強会からスタートする。自然が人の精神に与える影響が明らかになり、予防に活かされる日を待ちたい。 今年から動き始めたプロジェクトは「精神疾患予防のための病を防ぐ森林の効用は… 飯山市のなかでも雪深い農村の里山に「半分は研究のため」にIターンして10年が経つ。築300年と推定される古民家は、住まいであり研究対象でもある。 この春からは、「30・40代の村の若い衆」と、荒れた棚田の再生に挑戦している。昔ながらの田植えの技術、放置された田んぼの修復方法、水路の管理術など、先人のもつ知恵が頼みの綱だ。「そんなことさえ知らずに、里山の自然を守ろう、絶滅危惧種を維持させるには人の手入れが必要、と言っていた知識先行の自分が恥ずかしくて…」 雪深い里山暮らしで自身の中に多彩なデータを蓄積しながら、日々、たくましい研究者と化しているようだ。日々の暮らしは研究そのもの 豪雪地での暮らしに、「現代の快適な暮らしを犠牲にしてまで、伝統的な里山文化を継承する必要があるのか」というジレンマを時折感じることもある。だが、「先人たちが培ってきた自然とのかかわり、技術や知恵を途絶えさせたら責任は重大。僕ら世代がギリギリ」と考え、調査・研究のチャンスがあれば「できることを、楽しみながら精一杯やろう」とフィールドに向かう。 研究室は上信越高原国立公園、志賀高原の原生林のど真ん中。どっぷり自然につかる日々が、研究に好影響を与えないはずはない。幅広い研究の成果は、昨今盛んに叫ばれる持続可能な社会づくりの一助になると大いに期待される。「持続可能な社会のため」を画餅に終わらせない原点はブナの原生林。どの季節も美しいが、とくに春の訪れを感じさせる幻想的な雪どけの頃は格別自然観察会の要請を受け、各地での出張観察会も頻繁に。リピーターも多い(写真は志賀自然教育園内)鍋倉高原のブナが大量発生した年、たくさんの芽生えに思わずにやり。ブナのモニタリングは長年にわたり継続中プロフィールChapter:012-2 環境研究33

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