実務の最前線を知る教授陣による少人数教育×実務に役立てる実践的カリキュラム

教員紹介

HOME > 教員紹介 > 教員コラム > 『民主党政権での雇用・経済の課題と対応を考える』

教員コラム> 教員コラム一覧へ戻る

『民主党政権での雇用・経済の課題と対応を考える』(2009.9.29)

著者
角宮正義客員教授、
鈴木智弘教授
はじめに

2009年8月30日の総選挙で圧勝した民主党は、社会民主党・国民新党と政策協定を結んで連立政権をつくり、鳩山由紀夫氏を首班とした新内閣を9月16日に発足させた。報道各社の世論調査では、発足直後の鳩山新内閣への支持率は、細川内閣、小泉内閣発足時に並ぶ7〜8割の高水準で、国民の大きな期待を受けての新政権の発足である。米国にオバマ大統領が登場したことと同じく、日本国民は、政治にChange(変化)を求めたのであろう。 新設された国家戦略局(室)と内閣府・財務省の関係、外交・安全保障政策、必要財源など不透明な部分も多いが、民主党の「マニフェスト」を確実に実行すると宣言して、鳩山新内閣はスタートした。麻生政権時の補正予算見直しから出発するのは当然であろうが、野党時代に作成したマニフェストに固執しているかのように、内閣発足から僅か数日の内に、八ツ場ダム、川辺川ダムの建設中止などの大型公共事業の見直しを宣言している。  公共事業見直しだけでなく、マニフェストの優先項目であった、子供手当の支給、労働者派遣法改正や沖縄普天間基地移転問題等で、新政権の力が試され、旧政権での事業見直しが、どこまでできるかが、官僚制に対する「政治主導」が果たせるか否かの指標となるであろう。来年夏の参議院選挙までは、「政権交代」の試運転となるのであろうが、既存制度や前政権の政策を否定することで、国民の期待に応えようと、功を焦っているように思える新政権の発進である。
新政権の課題は、山積しているが、雇用問題が喫緊の課題であろう。筆者らは、前政権での景気対策や、民主党のマニフェストでは、雇用問題は解決できないと考える。社会民主党や日本共産党だけでなく、マスコミは、自らを棚に上げて、大企業を中心とする企業システムを攻撃しているが、わが国の社会保険、年金をはじめとする社会保障制度は、企業システムによって支えられてきた。その社会保障制度も大きな綻びを見せ、戦後60余年、わが国で信じられてきた長期安定型の社会システムは、フィクションになってしまった。 昨年9月のいわゆる「リーマン・ショック」以来、世界的に急激に悪化した景気は、年明けから徐々に持ち直し、政府は、6月に事実上の「景気底打ち」宣言をしたが、個人消費や設備投資は、依然として弱含みである。 特に雇用情勢は深刻さを増している。8月28日発表の労働力調査によれば、7月の完全失業率は前月に比べ0.3ポイント悪化し、5.7%となり、平成15年4月の5.5%を上回る最悪の水準となっている。完全失業率は6ヶ月連続して悪化している。また、7月の完全失業者数は、前年同月比103万人増の359万人に達しており、3ヶ月連続で過去最大を更新している。更に昨年10月以降、職を失うか、9月までに職を失う非正規従業員は23万2千人と予測されている。7月の有効求人倍率は前月を0.01ポイント下回る0.42となり、昭和38年の調査開始以来最低の水準になっている。 一方、総務省が8月28日に発表した7月の消費者物価指数は、前年同月比で2.2%下落し、デフレ色が強まりつつある。 企業は、こうした消費低迷の中で「低価格(値下げ)競争」に走っているが、低価格が定着し、企業収益が圧迫されれば、経済活動の縮小につながる。そうなると、雇用や従業員の給与改善が図られないばかりか、更なる労働コストの削減が必要とされ、消費回復に繋がらなくなる。つまり、下記のような懸念が生じる。

雇用情勢の悪化と物価下落

物価下落と経済縮小の連鎖

デフレスパイラルの懸念

民主党政権は、子供手当の創設や高速道路無料化で内需拡大に結びつけたいとするが、経済の自律回復や産業振興なくして雇用は増加しない。また、上記のような低価格競争に陥っている中では、多少の景気回復をしても、企業は雇用増には慎重になると思われる。 本稿は、民主党政権発足にあたって、わが国の喫緊の課題である雇用と経済に関する課題と、対応を考えることを目的としている。

(1)マニフェストから見る民主党政権の経済政策について

 民主党政権は、政権発足に伴い、連立パートナーの社会民主党、国民新党との調整を踏まえて、自党のマニフェストを具体的に実行して行くことになる。特に、内閣における国家戦略局(室)の司令塔としての位置づけは重要となる。  しかし、政権交代が実現したからと言って、企業収益の拡大や経済成長率が高まるという見方は、民主党のマニフェストを見る限り難しい。  民主党のマニフェストの最大の問題点は、明確な産業振興(成長維持)戦略が描かれていなかったことにある。後になって、「可処分所得を増やし、内需を拡大する」「成長率2%実現」を追加したが、それは、単なる追加的な目標(お題目)に過ぎず、「戦略」と呼べるものではない。市場経済、グローバル化という視点が欠け、鳩山新首相に至っては、月刊誌『Voice』2009年9月号において、市場原理主義、グローバル経済化の批判を発表するなど、市場経済やグローバル化に対して否定的なスタンスが、垣間見られる。  マニフェストでは、選挙用の目玉政策として子供手当や高速道路無料化などをうたっており、これが実現されれば、景気にはいくらかのプラスになろうが、そのための財源確保が必要になる。  民主党は、必要な施策の財源は、これまでの歳出を見直し、不要な歳出をカットすることで手当てするとしているが、「無駄な」歳出をカットすることは、一面の正義であるが、一方で歳出カットは、経済成長にマイナスとなる恐れもある。そもそも歳出の太宗は、国債償還や社会保障関連費であり、純粋な事業予算は10兆円程度に過ぎない。何兆円もの財源が歳出カットで捻出できるのか、埋蔵金としての財源が出てくるのかという問題もあるが、それに加えて、仮に1年目、2年目は、財源として充当できたとしても、それ以降は、継続的な財源となることは難しいと言えよう。即ち、恒久的な財源をどのように確保するのかが民主党政権に問われている。  平成21年度の税収見込は約46兆円であるが、今後、経済成長がなければ、税収源は確保できない。民主党のバラマキ政策を継続して行くには、赤字国債の増発あるいは消費税の引き上げなどが必要とされよう。赤字国債の増発は、財政規律を失わせ、国債費が膨らむだけでなく、長期金利の上昇に繋がり、経済活動にマイナスの影響を与えることになる。  民主党の経済政策では「グローバル化の進展における経済成長戦略や経済成長・企業活動(業績)の向上を通じて財政再建を進めようとする視点(産業振興・外需)」が軽視されていると感じられる。  今後の経済政策は「少子化、労働人口の高年齢化、人口減少、高年齢層の増大」というわが国独自の『人の構造的与件』への対応と、『グローバル経済という枠の中での企業間競争や技術革新、高付加価値化、主に新興国を対象とするボリューム・ゾーンの市場開拓という国際競争』に、いかに勝ち抜いて行くかが主要テーマになってこよう。  
当面の対策(国民の目前のニーズ)は、
(イ)雇用の安定・維持
(ロ)貧困対策等の福祉充実
(ハ)子育て支援 等
であるが、そのためには、企業の活力と業績の向上が必要となり、付加価値と国際競争力の向上や技術革新への取組が必要となる。こうした成果があってこそ、前述の課題に対する財源(果実のフィードバック)が確保(担保)されるといってよい。  行き過ぎた市場経済の是正や調和ある経済運営、適正な配分は重要であるが、様々な施策の裏付けとなる財源は経済成長と企業活動が、その中核をなすのであって、わが国とっては、グローバル化の中での経済成長(安定・微成長)をどのようにして実現して行くのかという『国の方針・施策』特に『産業振興・企業支援』が重要なカギとなる。  これからの企業のあり方と、雇用を含めた社会的コストとしての社会保障等の費用負担をどのように考えて行くのか、その基本方針と具体的施策を再構築する視点も重要となる。そのために、企業の活力と競争力を取り戻すための施策が必要となる。  今回、最低賃金の時給を段階的に千円とするという提案がある。最低賃金を千円とすることによって、所得が拡大し、個人消費に結びつく主張する識者もいるが、雇用者の7割以上が経営的に苦況にある中小企業であることを忘れてはならない。企業数で言えば、99.7%が中小企業という、わが国の実態から見て、中小零細企業では、時給千円は、困難であろう。既に企業は、税金だけでなく、人件費としての給料以外に社会保障関連費や福利厚生費の負担が増えつつあり、また、ワークシェアリング等、様々な取組をして雇用を維持しようと努力している。  高度成長期であれば、こうした労働費用を企業が負担しても、業績向上によって吸収することが可能であったが、景気低迷や需要の減退、低価格化、個人消費の低迷、グローバル化によって、賃金の下方柔軟性が起きていることを忘れてはならない。最近の勤労統計で見ても、毎月の賃金は低迷あるいは下がっている。これは残業の減少だけでなく、賃金デフレの影響が出ていると言えよう。

(2)グローバル経済の進展と賃金・雇用の変化

生産、消費及び賃金の低迷は、世界経済、特に米国の成長率の鈍化だけでなく、「企業のグローバル経営、海外拠点作り、海外進出・移転等の活動と密接に関わっていること」を、まず認識する必要がある。これを簡潔に示せば、図1、図2のようにまとめることができる。
第2に認識すべきことは、現在の『価格破壊を伴う安売り競争の激化』である。財布の紐を固くして安い物を買おうとする消費者と売上を確保しようとして低価格商品を提供する企業の体力勝負の感がある。品質を保持しつつ安い商品や製品を影響するコスト負担をはじめとする企業の経営努力は、その限りにおいては、合理性があるといってよい。しかし、安売り競争に参入して厳しい価格競争をすれば、いずれ利益は減少し、コスト削減努力も限界に達してくる。値下げが、次の値下げを呼ぶ悪循環に陥り、企業体力の消耗戦になってしまう。これが、このまま続くと物価と賃金が下がり続け、雇用の減少にも歯止めがかからなくなる恐れがある。ひいては、個人消費の低迷から抜け出せなくなる。  まさに消費者の低価格志向と企業の安売り、コスト削減の動きは、「合成の誤謬」の最たるモノであると言えよう。
個別に「部分合理性」があったとしても、それが結果として「全体合理性、全体整合性」に結びつくかを十分『検証』することが重要になる。即ち、この検証は、経済の新しい均衡点を探り、共存できる施策を作ることに主眼を置くことが重要と考える。鳩山新政権での国家戦略局の役割は、図3で示したように、各省庁の政策が、国家全体としての「全体合理性、全体整合性」を持つかどうかの検証から始め、「全体合理性、全体整合性」が確保できるよう、個別政策の立案を指示することである。全体整合性を図るための検証に、民主党のマニフェストが含まれることは言うまでもない。野党時代の不完全な行政情報で作成したマニフェストを金科玉条にすることは、政権政党として道を誤ることになりかねない。

 第3に認識すべきことは、現在は世界的規模で、政治・経済・社会の大転換期にあるという『歴史的認識』を持ち、大転換期の中で対応の方向や方針を決めることが重要な意味を持つということである。  米国で黒人大統領が選出され、百年に一度の危機ということが言われるのも、歴史的に見て、現在は世界経済をはじめとする既存の枠組みの再構築という『転換の大分水嶺』にあると言ってよかろう。  今回の総選挙では、マニフェストが前面に出て、それが民主党の圧倒的勝利に終わった一因であろうが、筆者らは、民主党の圧倒的勝利は、民主党のマニフェストが国民の支持を得たというよりも、自民党が有権者から、新しい時代の当事者能力がないと判断されたことが最大の要因と考える。  仮にマニフェストが有権者の選択に一定の影響を与えたとしても、マニフェストの内容を見れば、民主党は、国民への直接給付、自民党は従来のような各種団体を通じた間接給付という違いはあるが、民主党も自民党もバラマキによって、国民大衆の関心を買おうとするものばかりである。『グローバル化した世界経済をどのように考え、その中で日本はどうして行けばよいのかということが完全に欠落していた』といってよい。  自民党政権時代の「補正予算による景気対策のためのバラマキ」や民主党マニフェストの「財源なき国民へのバラマキ公約」は、現状を歴史的・世界的な視点から捉え、日本がどのような問題を抱え、それにどのように対処して行くかというビジョンとシナリオに欠けるものである。新政権は、今後、国家戦略局(室)を中心に、これに対応していくのだろうが、現時点で、国家戦略局(室)の位置付けと役割は明確に伝わってこない。試行錯誤(迷走?)を続けながら、ひとつの形になってゆくのであろうが、わが国を取り巻く厳しい環境を考えると、余りにも無責任で悠長な対応と言わざるを得ない。官僚主導から政治主導の政治への転換を主張するのであれば、現状認識を踏まえた新しい発想と時代の変化を見据えた「言葉」と「ビジョン」が求められる。このことを新政権に期待したい。  

第4は、政策の中に企業の活力をどのように高め、それが国民経済と社会の安定に、どのように寄与するのか、企業がどのように貢献していくのかという認識が欠けていることである。「成長戦略」と表現するか否かは別として、国民経済の主体は「企業」と「人」であり、政でもないし、官でもない。国民の雇用を保証し、税収の基本となるのは、企業・民業である。個人の仕事と意識を活性化する方針と施策に加え『産業振興とイノベーションをどう図って行くのか』という視点が重要である。  そうはいっても、政権交代は、一定の意味を持つ。これまでの自民党政権では手が付けられなかった既存の聖域や官僚システムの改革や、国家の統治機構の見直しは、新しい時代に向けての枠組造りという点での成果を期待したい。
 大切なことは、国民経済のベースとなる企業活動や個人の意思、意欲、自立心を向上させる施策をどうするのかということである。  麻生内閣での国民への定額給付金以来、民主党の掲げる子供手当の支給など、「国民が国からタダで金をもらうこと」が当たり前という風潮が広がってきたことが懸念される。減税とは異なり、所得に関係なく現金を支給することが常態化し、「もらって当たり前」「もらった者は得をする」という風潮が広がると、国民の「自助・自立の精神」が破壊され、結果として、企業活動や個人の自立・自律・自己責任という基本的な価値を失ってしまえば、わが国は国際社会の中で存立し得なくなってしまう。国民年金加入者の7万円保証などは、まさに生活保護の変形版と言うべきもので、今後、国民が政府からの支援を当てにするようになれば、その財源として負担能力のある企業や個人に対する課税強化や消費税の見直しに拍車がかかることになれば、負担能力のある企業や個人の日本からの脱出や、個人消費が落ち込み、企業活動にマイナスの影響を与えるなど、国民生活や経済の低迷に結びつくことが懸念される。

(3)新しい危機への対応

リーマン・ショック以降、世界は二つの危機に直面し、現在第3の危機への対応がクローズアップされている。 第1の危機:金融システムの崩壊 第2の危機:実体経済の急激な落ち込み 第3の危機:雇用の悪化→雇用なき景気回復、雇用減を伴う景気回復  第1、第2の危機に関しては、最悪期を脱し、若干上向きの傾向があるが、依然、楽観できない状況にある。特に、第2の危機に関しては、経済指標は最悪の底から上向いてきたものの、二番底の懸念も残されている。これから留意すべき課題には、次のようなものがある。
(イ)火種を抱える金融システム(出口対応も含めて)
(ロ)需要増なき景気回復   カンフル剤による景気回復(例:日本のエコ減税など)    個人消費の低迷
(ハ)雇用増なき(雇用減)景気回復
 
  深刻化する雇用 以上の3つの危機と、それに伴う課題に加えて、更に『第4の危機』ともいうべき「統制経済、保護主義経済の台頭」という問題がある。リーマン・ショック以降の危機への対応から、各国が学んだことは、「経済への連鎖的な打撃を世界で連携・連帯」して食い止めるということの重要性である。しかし、こうした中で、既に保護主義的な動きや経済のブロック化の流れが出てきている。この流れは、国家ナショナリズムにまで繋がる危険を孕んでいる。  
資源に乏しく、国際貿易で最も恩恵を受けて成長してきたわが国は、経済構造を内需主導に転換することも一つの方向であろうが、「グローバル化」の流れの中では、前掲図1、図2で示したように、国際貿易、特に外需の持つ重要性と影響を再考すべきである。「外需依存から内需拡大へ」というスローガンは、わが国の貿易黒字が巨額になり、貿易摩擦が国際問題になっていた当時、赤字国であった米国等への配慮で喧伝されたものであるが、現在のわが国の貿易黒字額は大幅に減少し、なおかつ、高齢化、人口減少社会を迎えている。このような状況で、内需を拡大させることには限界があり、日本経済にとって、これからも「グローバル経済の中で、その対応と恩恵をどう確保していくのか」が大きな課題である。


このページの先頭へ