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菅首相の提唱する「第3の道」にかわる新しい経済政策を提案する ~新しいステージにおける政策の考え方と着眼点を探る~

著者
角宮正義客員教授、
鈴木智弘教授
1. 菅首相の第3の道はなぜ理解を得られなかったのか

7月11日に投票が行われた参議院議員選挙は与党民主党の予想外の敗北に終わった。その敗因については、菅首相が自ら語ったように「消費税を選挙の争点にしたこと」や「消費税の内容やあり方についての説明にブレがあったこと」が一般的には選挙結果に大きな影響を与えたとする見方が多い。

こうした要因に加えて「政治とカネの問題」や「普天間基地の問題」「鳩山政権時代の政治運営のあり方に対する不信感」「マニフェストが実行されていない不満」等があげられよう。

しかしながら、自由民主党も消費税の引上げを唱えて選挙に臨んでおり、消費税そのものについては、国民にもその引上げの必要性の認識はあったものの、なぜ唐突に消費税が争点になったのであろうか。

筆者らは、上記のような要因の背景には、菅首相の目指す国家・経済運営のベースとなる「増税を軸とする第3の道のシナリオ(イメージ)」が国民に理解されなかったという点と、その内容(骨子)と計画を首相が選挙期間中に「体系的かつ整合性ある形」で納得性のある説明ができなかったことにあると考えている。

7月1日時点において、菅首相の唱える第3の道とは何かが公式に発表されていないため、筆者らは首相の発言をキーワードとして第3の道のシナリオイメージ(グランドデザイン)を図1に示すようにとりまとめてみた。
(これは菅首相の発言をベースに分析を行いそのめざす方向を体系化し、シナリオイメージとしてとりまとめたものである。)

菅首相のめざす第3の道は、第1の道である「公共投資型」と第2の道である「規制緩和、構造改革型」の経済運営とは異なる新しい経済運営のあるべき道(シナリオ)として唱えられたといえよう。すなわち、第3の道は、

  • 財政の健全化をめざす。
  • 増税(消費税)を行い、これを財源として医療、介護関連の社会保障の充実と雇用を増やす。
  • 特化した成長分野(介護、医療等)に重点投資を行い、これによって成長と雇用増を実現する。

という3つの目標の具体化によって「強い財政」「強い経済」「強い社会保障」を実現するためのシナリオであると考えられる。
そこで、筆者らがまとめた第3の道のシナリオイメージの全体像をみながらどのような課題があるかを検討すると次のことが指摘できる。

第1は(図1-①参照)強い財政、強い経済、強い社会保障を目標としているが、これらを三位一体で本当に実現できるかという危惧とそれぞれの目標の間の「矛盾」が浮かびあがるからである。
例えば、
「硬直化した財政によって強い社会保障が実現できるのか」
「強い財政の下で強い経済成長が実現できるのか」
「財政の健全化と強い経済は併立できるのか」
といった疑問に明確に答えるのは難しいのではないか。と思われる。
現在の情勢を考えると結果的には、このような目標に取組んだとしても最終的には菅首相が首相就任会見で述べた「最小不幸社会の実現」の域に止まるのではないかと危惧する。

第2は(図1-②参照)シナリオの第1の柱である財政の健全化をどう進めるかは、先のG8での先進諸国の財政健全化の取組みにあわせて、わが国独自の(「中期財政フレームのあり方、基礎的財政収支バランスの黒字化の見通し」「税収や予算、国債残高のあり方」等を含めて)困難な財政運営戦略とその実行のための財政規律と政策が求められることになる。

第3は、(図1-③参照)増税、特に消費税引上げの時期、内容、手順が、今後の財政、成長、国民生活、景気等に大きく影響することになる。第3の道のシナリオでは、この消費税のもつ意味と位置付けが目標達成の推進力(エンジン)として大きなウエイトをもっているため、菅首相も消費税の引上げを前向きにならざるをえなかったと考えられる。
選挙戦の経過とともに首相自らが消費税の論議をトーンダウンさせてしまったが、このテーマは、経済、財政運営の重点戦略・施策として、今後あらためて本格的に論議されることになる。
一部に増税(消費税)は短期的な成長に結びつくとの議論があるが、増税分を何に使うのか、増税は経済にどのような影響を及ぼすかについては慎重な議論とコンセンサスづくりが必要である。

第4は、(図1-④参照)消費税の増収分を医療、介護等の社会保障分野に重点投資し、それによって雇用の増加と経済成長を図ろうとするシナリオの中核部分である。医療・介護の分野は政府の支援策と全体の雇用市場の低迷で確かにその雇用者数は増加しているものの、その分野の処遇条件や経済へ与える影響や乗数効果を勘案すると、この分野に財源をつぎこんでも大きな成果を期待はできまい。

社会保障分野(医療・介護等)への重点投資は少子高齢化が顕著になりつつある今後の社会を考えると重要な施策であるものの、既得権益の残る分野でもあるので、その規制緩和も必要になろう。更に、年金制度についてもあわせて考えていく必要もある。これからは、財源となる消費税をどのように位置付けていくかという基本方針と国民のコンセンサスも必要である。そうしたことから、今後の社会保障制度のあり方について基本コンセプトと合意をつくることが肝要となる。

第5は、(図1-⑤参照)成長戦略が明確にみえないということである。法人税率の引下げと成長分野への特化により経済成長と雇用増、企業収益の向上に結びつけたいとする意図が伺えるが、果して平均名目成長3%(20年度までに)が達成できるのかどうかは不安定要因が多く実現も危ぶまれると考えられる。

日本経済の活性化や生産性、国際競争力を向上させることによって成長力を取り戻すための環境と戦略をどう創り、実行していくかが最重要テーマであると筆者らは考えている。

また、雇用創出(図1-⑥参照)も重要テーマになっているが、新しい雇用創出・支援策については介護・医療分野以外での提案がはっきりとしていない。雇用情勢の悪化が依然続いている中で、国民の大きな関心事は雇用の安定と創出、就職・就業状況の安定的向上確保である。第3の道のシナリオでは、成長戦略と並んで実践的な雇用戦略を示す必要があったといえる。
これまで第3の道のシナリオを分析してきたが、もう1つ留意すべき重要なポイントは、第3の道のシナリオの中には、その国家ビジョンともいうべき「戦略の大綱が欠落していた」点である。これからの政治の重要な役割は「今後の国家ビジョン、戦略をどう描いていくのか」ということである。民主党は、昨年の衆院選で示した政権構想の中の「政治主導」を実現するために「国家戦略局(室)設置」を1つの政策立案・調整の「司令塔」として掲げていたが、これがこれまで十分機能しなかっただけでなく、今後もその機能を縮小し、首相への助言機関に格下げされる見通しである。

国家戦略の司令塔としての重要性と役割りについて、筆者らは昨年9月に論考「民主党政権における雇用、経済の課題を考える」の中で、国家戦略室(局)の重要性とそのあり方についてふれ、その役割りの遂行を期待していたが、今日までそれが機能したとは言い難い。初代国家戦略担当相を菅首相が務めたことは皮肉なめぐりあわせであるが、グローバル化が進み、激動する経済環境を考えると、わが国の国家戦略のもつ重要性はますます重くなってくる。統治責任を果たすだけでなく、国益を守り、国民の幸福を実現していくためには、国家戦略のグランドデザインとそれに対するコンセンサスをつくり、政策を具体的スケジュールにもとづいて党派をこえて政策の遂行に取組んでいくことが求められよう。

2. 新しいステージにおける道(イメージ)の提案

これまでの菅首相の第3の道についての分析を行ってきたが、一般に第3の道という言葉は様々に使われており、経済政策としてそれが定義されているわけではない。
「増税による経済成長を唱える考え方」
「財政再建と増税による成長の同時達成を軸とする考え方」
「社会保障や環境分野などの需要創造によって雇用や経済成長を実現するとする考え方」
「経済成長・民間活力をベースに需要創造を行っていくとする考え方」など様々である。

公共事業・投資主導型の「第1の道」市場原理・構造改革主導型の「第2の道」とは別の(あるいは、それらに変わる新しい概念にもとづく)新しい経済政策を「第3の道」という考えもあろう。
筆者らは、第3の道を時代区分をベースにした立場から模索するのではなく、「今後5年以内に予想される変化と重要課題に対応していくための処方箋(目標と戦略)が重要かつ喫緊のテーマである」との基礎認識にたち、それらを「新しいステージにおける道(イメージ)」(図2参照)としてとりまとめた。
以下、その中のポイントを紹介する。

① 基本目標

新しいステージにおける基本目標としては、次の4つが重要であると考える。
(イ)堅実で持続性ある経済成長の実現
(ロ)健全な財政、適正な税制
(ハ)民力(民間企業、国民の活力等)の維持・向上
(ニ)社会保障・国民生活の維持向上
これらは並列の関係ではなく、経済成長をベースとした次のような位置付けとなる。

筆者らは、潜在成長を高めるのは、その主役である民力(民間部門)を活性化させるための施策であると考える。適正な税制とは消費税や法人税引下げなどが対象となる。

② 基本戦略

基本目標を達成していくための骨子となる基本戦略として次の4つの戦略をあげたい。
第1は、成長戦略である。これが基本目標達成のカギとなる。成長戦略の代表的なものは次の5つである。
(イ)産業振興策・投資環境整備
(ロ)国家プロジェクトによる需要創造
(ハ)成長分野開拓支援
(ニ)新興事業創造支援
(ホ)海外のインフラ事業の受注
政府は成長分野への特化(環境、医療、介護等)を重視しているが、その他の新たな成長分野、新興事業の開拓支援や産業振興策なども重要テーマである。

財政硬直化の中でどのような支援策を実施できるかを国家戦略の立場から再度検討し、(各省バラバラの総花的な成長戦略の検証と優先度などの整理を行い)今後を見据えた成長戦略の大綱を策定すべきと考える。

第2は、新公的事業戦略である。公的としたのは過去の公共事業と区分する意味で用いている。特に次の3つの戦略を提案したい。
(イ)既存のインフラ整備と再投資

既存インフラの中で再整備が必要でかつ重要なものを仕訳けし(老朽化対応など)優先順位をつけて、再投資をする。その際には、従来型の新規公共投資のやり方と区分して取組むべきである。

また、少子高齢化の進展を考えると、これまでの住宅政策の見直しが必要である。2010年6月に国土交通省が発表した『住まい』に関するアンケートでは、「老後は田舎よりも都会に住みたい」と考えている人が74%にもなっている。公立の老人ホームや介護施設が少ないことや自動車がないと買物・病院に行けないなど従来とは異なった高齢化・過疎化の問題も顕著になりつつある。
このような変化をみても都市の住宅を含めた再開発のニーズは大きくなると思われる。地方のいわゆるシャター通りの再開発なども商店街のビルに公的施設(医療、介護、保育等)を併設するなどの工夫によって新しい途も開けてこよう。
その意味で
(ロ)新住宅政策
(ハ)都市再開発
を「公的」事業の新しいコンセプトと計画化によって推進していくことを提案したい。

民主党の「コンクリートから人へ」のスローガンは必要かつ重要なインフラ投資のあり方に影響を与えている。公的事業は疲弊している地方経済再生のカンフル剤の役割りをもっていることを考える必要があろう。

第3は雇用戦略である。これからは、
(イ)雇用創出・就業支援
(ロ)新雇用・処遇システムの導入
(ハ)新セーフティネットの構築
を軸とした新しい戦略と施策に取組むことが必要である。

「雇用の創出」は成長戦略とも密接に関わり、いかに民間企業の雇用吸収力を高めていくかの施策も重要となる。就職・就業支援についても新しいネットワークによる支援制度づくりが必要である。雇用に関する労働法制の見直しや、セーフティネットのあり方、更にハローワークの組織と職務内容や位置付けを整合的に再編成する必要がある。この再編成には失業保険、雇用調整金、年金、教育、職業訓練費などのあり方や関わり等も含まれる。特に今後は、雇用の形態、雇用契約、働き方だけでなく、従業員(正社員・非正規社員を含めた)の人事(職務や賃金・評価のあり方等)の再編成も重要となる。
筆者らは既に雇用については、これまでその考え方を発表しているが、順次具体的な対応を提案していくので、ここでは詳しくはふれない。

第4は、知価戦略(知財戦略ともいってよい)である。知(ナレッジ)、ノウハウ、技術等の生みだす知的財産・知的所有権等を更に蓄積・強化し、そこから生みだされる付加価値の最大化と保持のための戦略的対応に取組むことが重要となる。そのためには、「人材の投資や人材登用プラン」が重要となってくる。
最近の事業仕訳けの中で「次世代の技術・研究開発」の事業予算の削減が課題になっているが、これは財政再建のための「無駄削減優先論」とあわせ、慎重かつ将来の国家戦略的視点からも再考し、新ルールを早期に設定することも求められる。
これからは、知的付加価値と知財の拡大・蓄積のための戦略とその具体的対応を計画的かつ国家的視点にたって考え、そのルールと仕組みをつくっていくことが必要である。

なお、この方針と育成プランは日本の企業や教育研究機関のあり方、更には人材の育成と処遇のあり方にも関わってくるだけでなく、『国力・民力の原泉』にも通ずる重要な戦略である。

新しいステージにおける道のシナリオは、菅首相の第3の道(イメージ)の分析と併行して、その代替案としての視点から筆者らが(7月25日の時点で)とりまとめたものである。今回その一部を紹介したが、図中のビジョンや変化の要因については、諸情勢の不確定要因が多いため、本稿ではあえてキーワードとしての例示にとどめている。

臨時国会の招集以降、政治と経済運営は新たなステージに突入する。山積する課題に中長期的な立場をふまえながら、どう対処していくかが最重要テーマとなる。国家戦略の視点からの戦略立案とアプローチが必要となり、そのための英知を結集することが大切になる。新しいステージへの『戦略的対応のシナリオづくりとコンセンサスづくり』がポイントになろう。
*本稿は菅首相の第3の道(イメージ)が時間の経過に伴い風化することを危惧し、あえて執筆することにした。新たなステージにおける道(イメージ)は今後の政策論議に役立つことを願って掲載することにしたことをお断りしておきたい。


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