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信州大学 理学部 ようこそ、探求の世界へ。理学クエスト
飯山 拓

飯山 拓

化学コース

講座:物理化学分野
略歴:
福島県出身。
1993年 千葉大学理学部化学科卒業
1998年 千葉大学大学院自然科学研究科物質科学専攻修了,博士(理学)
1998年 東京工業大学応用セラミックス研 学術振興会特別研究員
1999年 信州大学理学部助手
2007年 同助教
2007年 同准教授
2017年 同教授
キーワード:ナノスペース
ホームページ:http://science.shinshu-u.ac.jp/~tiiyama/
SOARリンク:SOARを見る

極微小空間中の分子の挙動を探る

現在の研究テーマ:X線と吸着測定による微小空間中の分子集団構造の解明

コップに入った水、消しゴム、鉛筆の芯、そしてあなた自身・・・など、身の回りにある全ての物質は「分子」または「原子」からできています。しかし、分子や原子の存在を感じることは普通ありません。それは分子が非常に小さいためです。例えば「水」を例にとると、18 gの水は\(6×10^{23}\)個(=100万の100万倍の100万倍の100万倍に近い数)の水分子によって構成されています。水分子はあまりにも小さく、そして私たちが普通目にする水は、あまりにも多くの水分子からできているために、私たちは「水」が分子という小さなつぶからできていることを感じとれないのです。

もしこのような分子を、分子数個分の大きさを持つ、とても小さな容器に入れることができたら、いったい何が起きるでしょうか? 分子のふるまいはその物質の性質を決めています。例えば、たくさんの分子がお互いに固く結びつけば、その物質は「固体」となります。分子同士がゆるく結びつき、互いの位置を入れ替える場合はその物質は「液体」に、分子が自由に動き回れる場合には「気体」になります。もし分子が1個しか存在していなければ? 固体や液体、気体の区別をつけることはできません。

水道水の浄化などに利用されている活性炭には幅1 nm (1ナノメートル =\(10^{-9}\)m) 程度の大きさの穴(細孔)が大量にあいています。これは水分子わずか3~4層に相当する大きさです。細孔の内部の固体表面と分子の間には強い引力が働くために、水やエタノールをはじめとする様々な分子が自発的に入っていきます。私たちはこのような多孔質固体を、分子を閉じこめる小さな容器として利用し、その内部の分子のふるまいを探っています。細孔はごく微小な空間である上、活性炭であればそれを構成する炭素原子に囲まれてしまっているので、顕微鏡などで内部をのぞくことはできません。そこで私たちはX線による回折測定とコンピュータによる数値計算を組み合わせて、細孔内部の分子の実体に迫っています。

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図1 微小空間にとじこめられる分子のイメージ図。大量の分子が存在し空間の制限がない通常の物質(左)に比べ、微小な空間内(右)では分子は数層しか存在できず、分子の数は極端に少ない。

活性炭中の水について行った実験では、微小空間中の水分子は、室温においても氷に近い構造を持つことがわかりました。通常の氷は水分子同士がしっかりと結びついてできていますが、「すきま」が多い構造であることが知られています。温度が上がって0 ℃以上になると、水分子同士の結合構造が次第に崩れて分子が自由に動き回るようになり、すきまもつぶれて体積が小さくなります。微小な空間の中では、水分子は本来液体である温度であっても、通常とは異なる構造を持っているのです。さらにこれを冷却していくと、0 ~ -130 ℃にわたる広い温度範囲で、構造が連続的に変わることもわかりました。通常、水は融点(0 ℃)で液体から固体へと構造が「突然」に変化し、それ以上冷却しても構造はほとんど変化しません。微小な空間中では、水分子の数が非常に少ないために、このような特殊な挙動が起きるのだと考えられます。他にもエタノール分子等でも、通常とは異なる微小空間独自の特殊なふるまいを確認しています。

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図2 スリット型の微小空間に閉じこめられたエタノール(上 上面図、 下 側面図)。球はエタノール中の炭素および酸素原子を示す。エタノールは表面に沿って2層構造を形成し(下図)、鎖状の水素結合ネットワーク(赤、青、緑)を作る。

細孔の中に捕らえられる分子は水やエタノールだけではなく、クリーンエネルギーとして期待される水素や、地球温暖化の原因となっている二酸化炭素、水道水中の有害物質であるクロロホルムなどがあります。私たちはこれらの分子のより効率的な貯蔵、あるいは除去を行える物質の開発に寄与するため、種々の分子の微小空間内のふるまいについて研究を進めています。

高校生へのメッセージ
化学の道に進んだ理由
 いくつかの法則や原理で微小な世界から宇宙全体の構造まで描き出す物理と、わずか100種類程度の元素とその結合であらゆる物質のなりたちを解き明かす化学に魅力を感じていました。高校2年の時、これらを組み合わせた「物理化学」という分野の存在を知り、化学を志望しました。

大学進学に向けてのアドバイス
 テストで点をとるためだけの勉強はつまらなく、味気ないものです。テストのための勉強ももちろん必要ですが、理想的にはその先の「勉強を楽しむ」レベルを是非目指してほしいと思います。私も高校時代には、特に英語や歴史が大嫌いでほとんど勉強もしておりませんでした。今なら英語も歴史も「おもしろい」と思えるのですが、当時は点を取るための丸暗記にうんざりしていたのです。(理科だけは当時から「おもしろ」かったのですが・・・。)

私の授業内容
 演習と実験を担当しています。演習(物理化学演習、2年生)の1回目の講義では、2xや3xなどのグラフを書いてもらっています。これらは高校では化学ではなく、数学で習うものですが、実は化学反応時の濃度の変化や、ガラスを通るときの光の減衰など、様々な現象がこの指数関数で表せるのです。グラフは「だいたい」書けるのでは不十分で、グラフの傾き等にも注意を払うセンスが必要です。一部には「覚えていたんだけど忘れました・・・」と、全く書けない人もいます。大学の授業は丸暗記だけでは太刀打ちできません。授業では物理化学を理解し、楽しむことを目指しています。